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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十五章『新世界に至る道』

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地獄を問う鏡


 神器の鏡にマイナスの数字が出たら地獄行き。

 ですが、いくら神様の言うことだろうと、これに対して素直に「はい、分かりました」とは言いにくいものがあるでしょう。



「ゴゴ神よ、お言葉ですが何かの間違いではないでしょうか!」


「お、おい、不敬だぞ!」


「そんなことは分かっている! だが……わ、私はこれでも学者として世の為に尽くしてきたつもりです。それが何故!?」



 案の定、マイナスの数値が出た人物が抗議してきました。

 無理もありません。

 なにしろ、この神殿に辿り着くまでに散々地獄の恐ろしげな光景を見物してきたばかりなのです。今は痛みを感じない仮の肉体だから良いものの、そういった措置もなしにあの中に放り込まれると考えたら、不敬だろうが何だろうが手違いを疑いたくもなろうもの。



『ふふ、まあまあ落ち着いてください。ええと貴方は……たしか高名な学者さんでしたね。画期的なな研究成果をいくつも発表して、学問の進歩に貢献してこられたとお聞きしています。素晴らしい業績だと思いますよ』



 本日のゲストのプロフィールはあらかじめ迷宮達にも伝えられています。

 目の前で抗議している学者氏についても同様。ゴゴ達もその功績は高く評価していました。だからこそ、どうしてマイナス評価なのかが解せないわけですが。公明正大な地獄運営の為にも、そのあたりの疑問点にはきちんと答えておくべきでしょう。



『素晴らしい業績です。だからこそ、その程度のマイナスで済んでいるのでしょうね』



 ゴゴの言い方だと、多大なプラスを打ち消すほどのマイナス、すなわち悪行を重ねてきたように思えます。それはマイナスの学者氏も同じだったようで……。



「非礼を承知で申し上げます! この私がどのような罪を犯したというのですか? 納得の行く説明をお願いしたい!」


「そ、そうです。どうかご説明を!」



 矢面に立っている学者氏の他、同じくマイナス評価だった数名も同じ意見のようです。ゴゴ達としても、その要求が理不尽だとは思いません。



『ええ、いいですよ、説明ですね。では、とりあえず直近のケースを』



 なので、彼らが納得するよう証明することにしました。

 ゴゴが鏡の親機に手を触れて何やら操作すると、それまで数字が見える以外は普通に正面の像を映し出していた鏡に、何やら遠く離れた土地の映像が映し出されたのです。



『ふむ、これはどこの街でしょうね? ご存知ですか?』


「え、ええ、私が研究の拠点としている街のようですが……」



 鏡に映っていたのは学者氏が普段暮らしている街。

 今の時刻はまだお昼前のはずですが、鏡の中の景色は真っ暗。

 ほとんどの住人が寝静まった深夜帯のようです。



『おや、あれは貴方ですね。随分と厚着をしてらっしゃるようですが』


「えっ!?」



 次いで、鏡面に映し出されたのは今ここにいる学者氏。

 映し出されている景色は植物の茂り具合などからして夏場のようなのですが、奇妙なことに彼は真冬にしか着ないようなロングコートで全身を覆い隠しています。


 ここまで来れば学者氏にも分かったことでしょう。

 この神器の機能は過去視。

 実際に過去にあった出来事を映し出す道具なのです。

 それを悟った学者氏は急激に顔色を変えました。



『おや、お加減でも悪いのですか? 研究熱心なのは結構ですが、熱が入り過ぎて健康面を疎かにしてはいけませんよ。ふふ』


「ゴゴ神! ゴゴ様! 分かった、分かりました! もう止めて下さい!」



 しかし無常にも映像は流れ続けます。

 鏡の中の学者氏はキョロキョロと周囲を眺めて付近に誰もいないことを確認すると、おもむろにコートを脱ぎ捨てると、生まれたままの姿で無人の大通りを軽快に走り抜け……。



「ぎゃあっ!? やめて、見ないで!」



 神器の機能の一部でしょうか。ご丁寧にも大事な部分には濃いモザイクがかかって見えなくなっていますが、彼の「趣味」はもはや誰の目にも明らか。恐らくは度々、多大な研究成果によるプラスを帳消しにするほどの頻度で、こうした行為を繰り返していたのでしょう。



『ふふふ、結構なご趣味をお持ちのようで。まだ納得が行かないようでしたら、これ以前の事例をお見せすることもできますけど、どうします?』


「……研究が行き詰った時に、こうするとアイデアが浮かんでくるんです。ずっと誰にも見られないよう気を付けてたのに、酷い、こんなのあんまりだ……」



 しまいにはシクシクと泣き出してしまいました。

 まあ無理もないでしょう。見たのはこの場にいる面々だけとはいえ、これまで大事に作り上げた優秀な研究者というイメージは、全裸疾走が趣味の変態として完全に上書きされてしまったのです。



『そういえば他のマイナスだった皆さんはどうします? この方と同じように、ご納得いくまで説明することもできますが』


「いえ、結構です! 勘弁してください!」



 他のマイナスだった数名も、これで心が折れました。

 それぞれ何かしらの心当たりがあったのでしょう。

 たとえ世間的には露呈していなくとも、神の目を誤魔化すことは不可能。

 どんな言い逃れも通用しないということを理解したようです。



「はぁ、死んだら地獄行きか……」


「なんてことだ……」



 彼らの落ち込みようといったら大変なものでした。

 まあ無理もありません。

 なにしろ、このまま死んだら地獄行き確定なのです。



『まあまあ、そう落ち込まないでください』


「ゴゴ神、そう仰られましても……」


『むしろ、本題はここから。この神器の最大の利点は生前から、今からでもリカバリーが利くことにあるんです』



 ですが、ここまでの流れはゴゴの予想通り。

 彼女達もなるべくなら地獄行きになる人間を減らしたいのです。



『画面が元通りに切り替わりましたね。ええと、貴方の数字はさっきまでは「-12」だったと記憶していますが「-13」になっているようです。これはさっき心当たりがありつつも黙って言い逃れようとしたからでしょうね』



 神に対しての偽証。

 それはまあ当然ですが罪として数えられるようです。

 むしろ、たった「1」のマイナスだけで済んでいるのを慈悲と考えるべきでしょう。



『ふむ、その程度のマイナスであれば、例えば目下の相手にもちゃんと挨拶やお礼をする、困っているお年寄りや子供に親切にする、道端にゴミが落ちていたら率先して拾うとか、そういったことを半年も続ければすぐイーブンまで戻せると思いますよ。もちろん例のご趣味を控えたならば、ですけれど』


「そ、それだけ? それだけで許していただけるのですか……?」


『それだけとは仰いますが、これまでキチンとそうしたことをしてきたのですか? たとえば学者としての功績を鼻にかけて、ご家族や周りでサポートしてくれている方への感謝を忘れたり。目上相手や人目がある場所では礼儀正しく振る舞っているのに、そうでない方が相手には偉そうに振る舞ってきた覚えなどは?』


「……返す言葉もございません」



 学者氏にも身に覚えはあるのか、すっかり恐縮しています。ですが同時に希望も出てきました。これまでの横柄な振る舞いを改めて謙虚かつ誠実に生きれば、遠からず地獄行きを免れるようになるはず。

 他のマイナス判定の面々も同様。これが三桁や四桁の大台に乗るようなマイナスなら、小さな善行をいくら積み重ねても手遅れでしょうが、少なくともこの場に居合わせた人々は問題なさそうです。


 今後、大きなマイナスを抱えた人間が出てきたケースでは、それを綺麗さっぱり打ち消すくらいの、あるいは地獄での扱いが幾分マシになるような、リスクの大きい命懸けの人命救助や多大な時間や金銭コストを要するような大きなプラスを見込める慈善活動を斡旋する仕組みも必要でしょうか。



『ご納得いただけて何よりです。しかし、この鏡を活用する際は、今度からもうちょっと個人のプライバシーに配慮するような方法を考えたほうが良かったかもしれませんね。色々と見られたくない、見たくない場面も多々ありそうですし。それについては今後の課題としておきましょう』


「それはもう少し早く考えていただきたかったです……!」



 ともあれ、この過去視の鏡があれば冤罪の心配などもなく、確実な裁きが保証できるわけです。なんなら現世の犯罪捜査や裁判にも活用できるよう、既存の捜査機関や司法組織からの使用申請の道筋を整えておくべきかもしれません。



 そういった使い道を検討するのは今後の課題として。



「そういえば、ゴゴ君。ちょっと気になったんだけど」


『なんですか、レンリさん?』


「さっきから鏡と、あと親機と子機とだけしか呼んでないけど、この神器に名前ってあるのかい? 例の根性ボールみたいな。ただの鏡じゃあイマイチ不便というものだろう」


『根性……? ご心配なく。ちゃんとありますよ』



 地獄を問う鏡。すなわち。



『獄問鏡と』




最近は短編をよく書いてるので良かったらそちらもどうぞ

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― 新着の感想 ―
外野〉おーし、前衛、そこ代われ 多分、ペナルティでかくなる案件 獄問鏡 多分地獄問巡り終わる頃には全員悶えるような質問責めを食らうはず あと嘘や誤魔化しは舌を抜かれそう。
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