安全安心! 恐怖の地獄体験ツアー
そうしてレンリは地獄行きになりました。
まあ、時にはそういうこともあるでしょう。
『おっ、ちゃんと映ってるの』
レンリが鏡の中に突き落とされた直後、ウルが取り出した大鏡がどこか別の場所を映し出したのです。荒涼とした大地に峻険な岩山、流れるマグマ、闊歩する宇宙怪獣。誰がどう見ても一目で地獄だと分かります。
その地獄の大地で今しがた送り込まれたレンリが大いに憤慨していました。
「こらっ、殺す気かい!? ていうか、何で死んでないの私?」
地獄の大気は吹き荒れる酸の嵐と毒素を含んだ水や空気の影響で、常人ならば十秒と持たずに死亡。仮に生き延びても身体の内外から焼け爛れ、皮膚や肉がドロドロに溶けて見るも無惨な姿になってしまうでしょう。
いくら必死で身体強化に努めようとも、元々貧弱なレンリのボディが耐えられるわけがない……はずなのですが、何故か全然平気そうです。特に苦痛を感じている様子もありません。
「なんだ意外と大したことないじゃあないか。地獄といっても見た目だけのコケ脅しかな? それとも私の中に秘められた都合の良いパワー的なやつが、命の危機に瀕して目覚めて身体が頑丈になったとか?」
『そんなもんねぇの』
いつの間にやらウルもレンリの隣に映っています。
神器の鏡を通って地獄へと移動したようです。
『今のお姉さんの身体は我とヨミの力で創ったニセモノの身体、みたいな感じ? だったと思うの。本物はさっきの鏡の中に保存してあって魂だけがその身体に乗り移ってる、的な?』
「ふふふ、ウル君や。未知の技術に対して疑問符を多用されると不安になるから、そこは自信満々に言い切って欲しいかな?」
『まったくもう、注文の多いお姉さんなの』
一抹の不安は残りますが、レンリが無事でいられる理由も分かりました。
そもそも痛みや苦しみを感じる機能をカットした仮の肉体に魂だけが乗り移った状態。酸や毒やマグマやその他諸々についても、ちょっとやそっとでは壊れないよう頑丈に創ってあるのでしょう。
『ちなみに任意で痛みをオンにすることもできるの。試しに本来の1%くらいの痛みに……』
「ぎゃあぁぁぁ!? ギリギリ耐えられなくはないくらいの痛みが全身に!? 大体タンスの角に小指をぶつけた時くらい!」
『ボケる余裕があるなら意外と大丈夫そうなの』
どうやら任意で細かい調整もできるようです。
一時的に痛覚を僅かに知覚できるように、耐久力を常人レベルまで下げられたレンリは、ギリギリ耐えられなくはないくらいの痛みにのたうち回っています。皮膚もちょっと溶けていましたが、どうやら再生能力があるのか溶けた端から治りつつありました。
「はぁ……はぁ……やれやれ、実験するなら最初に言ってくれたまえ。そして出来れば私以外を実験台にしてくれたまえ」
『ごめんごめん。ま、ちょっとしたサプライズってやつなの』
「嫌がらせ方向でのサプライズって、それはもう純然たる悪意じゃない?」
『我、お姉さんにちょくちょくその手のサプライズやられてる気がするのよ?』
要するに、命を危険に晒すことなく地獄の恐ろしさを体験できる。
それがウル達が新しく創った鏡の神器の効果なのでしょう。
将来、この神器の制作に用いた権能を応用する形でウルがゲーム開発に携わったりもするのですが(※『幼い女神の迷宮遊戯』参照)、それについては今は関係ないので置いておくとして。
「ま、まあ、危険がないのなら……」
百聞は一見に如かず。
そして見るだけよりも体験するのが手っ取り早い。
というわけで、集まった人々も順次地獄を味わうことになりました。
安全性については今レンリが実証したばかりです。
ウルや他の姉妹が何かミスをしない限りは問題ないはず。
「だから不安なんだ」という意見もあるかもしれませんが、神様のやることに堂々と文句をつけられるのは、それこそレンリくらいのもの。内心はどうあれ従うほかありません。
「なるほど、なるほど。これは何とも恐ろし気な」
「とはいえ、痛みや傷を負うことがないのなら観察に集中できるというもの」
「たしかに、この光景を見ては我が身の行いを改めようという気にもなる」
そうして大学の構内に集められた人々は、続々と鏡を通じて地獄へと移動してきました。身体を動かす感覚や見た目に違和感はないものの、試しにほっぺたを抓ったりしてみると本当に痛くない。それで彼らもようやく実感が出てきたようです。
もし生前に悪いことをしたら将来ここに来ることになる。
しかも、その時は痛みの軽減などあるはずもなし。
それを思えば自然と善良に生きようという気にもなるでしょう。
「ワシはこの仮初の肉体に可能性を感じるな。正直、腰痛持ちの身としては普段より調子が良いくらいだ。現世に帰った後も、ずっとこの身体でいさせてもらえはせんだろうか」
「うむ、命の危険がある高所や鉱山なんかの仕事に応用できれば、事故の危険をうんと減らせそうだ。ウル神よ、そういった応用について考えていただくことはできますまいか?」
『うーん、できるできないで言えばできるとは思うけど……我だけじゃなくて他の子の力も使ってるから、我の一存で決めるのはちょっと難しいの。まあ、一応話すだけ話してみるけど』
疑似的な不死身の肉体とあって、地獄そのものよりも仮初の肉体のほうに注目が行っているメンバーも少なくないようです。神器の再調整をすれば現世での活用も不可能ではなさそうですが、来たばっかりで横道に逸れては一向に本題が進みません。それについては一旦棚上げして、地獄ツアーを再開することにしました。
「ウル君、あのでっかい生き物は?」
『あれ? アイが拾ってきた宇宙怪獣なの。煮込みだとお肉が縮んじゃうからステーキがオススメよ。食べたい人にはあとで試食させてあげるの』
「それは楽しみだね。それじゃあ海のアレは?」
『あの泳いでるのかしら? アレなら毒の海でも生きられるように創った人喰いザメね。すり身を蒸したカマボコが美味しかったの。他にもマグマの海を泳ぐサメとか、雲の中に住んでる空飛ぶサメとか色々いるのよ。地球の映画を参考に、こう色々と』
「その参考資料、ちょっと偏り大きくない?」
ウル達の能力も昔より随分と成長してきました。
各々の得意分野に応じてできることに差はありますが、たとえばウルの場合は既知の生物への変身や創造のみならず、これまで如何なる生態系にも存在しなかった完全に新しい生物をゼロから創造することすら可能になっています。この地獄にいる生物の多くは、外から持ち込まれた一部を除くと、この過酷な地獄の環境に適応できるよう生み出されたものなのでしょう。
「言われてみれば、こんな環境なのに案外生き物が多いんだね。」
一見すると草一本生えない大地に見えますが、殻が岩石のように見える斬殺巨大ガニや、飛ばした胞子を吸い込んだ生き物の肺に生える寄生キノコ、刃物状に変形して踏んづけた者の足を両断するメタリックなスライムなど、実は殺意高めの豊かな生態系が広がっているのです。
今は創造主の一角であるウルが一緒なので襲ってくることはありませんが、もし一人で迷子になったらたちまちボロ雑巾のようになってしまうでしょう。
ここまで酷い世界だと、まだ大きな罪を犯していない善人は良いとしても、明らかにアウトであろう重犯罪者。もしくはセーフかどうか危ういラインにいる人間が、ヤケになって現世で最後に大きなやらかしをしないとも限りません。
『もちろん、そのあたりもちゃんと考えてあるのよ。さあ、到着したの。他の子達が歓迎の準備をしてくれてるのよ』
ウルの後を追ってテクテク歩くこと十数分。
一行は地獄の光景には似つかわしくない荘厳な神殿へと辿り着きました。




