神器クリエイト
迷宮達が創っていた新たな地獄もようやく完成。
ひとまず学都近辺にいる友人知人、日本から出向してきている人々、伯爵を筆頭とした異世界交流事業の協力者達……といった面々を集め、そのお披露目が行われる運びとなりました。
残念ながらスケジュールの都合でどうしても来られなかった者もいましたが、同じ事業に携わっている人間同士の顔合わせの場も兼ねています。なにしろ社会への影響を鑑みて極めて慎重にコトを進めねばならないので、どこの誰が秘密を共有可能な味方なのか、その全貌をキチンと把握している者がこれまでほとんどいなかったのです。
「ややっ、卿も一枚噛んでおられましたか」
「ええ、光栄にも伯爵閣下より推薦をいただきまして」
こんな光景がそこかしこで見られます。
おかげで今後はより円滑なスケジューリングが可能となるでしょう。
ちなみに場所は学都西部の新市街区にある大学。
春からの開校に向け各地から招かれた教授陣や、併設されている寮に入る予定の学生の姿もだんだんと増えてはきたものの、まだまだ人気はさほどでもないため秘密裏に大勢を集めるのには何かと都合が良いのです。
本日のお披露目は、いわば身内を対象としたプレオープン。
不特定多数の社会全体へと向けたお披露目は、今日これからの反応を見て、それによって出てきた意見や不安、懸念を汲み上げて最終的な調整を加えてからのことになるでしょう。
地獄のお披露目。
今更ですが、なんとも恐ろし気な響きです。一部、新手のトレーニングジムと勘違いしている脳筋カップルもいましたが、世間一般的な感性では恐ろし気に感じるはず。
今日この場に集まった人々は、基本的に紹介者によって素行や経歴に問題ないことが保証された者ばかりですが、それでも内心では「もしかしたら死後に行くことになるかもしれない」という不安はなかなか拭い切れないことでしょう。
ただ脅かすだけ脅かして、善人を無駄に怖がらせたりすることもないような対策も打ってはいるのですが、そのあたりの説明についてはまた後程。
「そうそう。念の為、ウル君達が来る前に前提を確認しておこうか」
さて、約束の時間より少し前にレンリがそんなことを言い出しました。
高位の貴族や名の知れた豪商の集う場でも普段と変わらぬ大きな態度ですが、この場に集められた人々は既に世間的にも知名度を得たいわゆる「使途様」の正体が、女神によって創られた次代の神々だと知らされています。
その神々と対等の友人として付き合えている人間――ウルとレンリに関しては一緒に住んですらいるわけで――が若輩だろうと一目置かれるのは当然のこと。要するに偉い友達の威を借りて自分まで偉そうに振る舞っているだけなのですが、特に不都合はないのであえて訂正することもしていません。あまりにも調子に乗り過ぎたら、きっとルグあたりが止めてくれることでしょう。
さて、本題に戻ります。
「今日集まってもらった目的だけど、厳密には最近私達がやってる日本とのアレコレとは別物なんだよね。完全に無関係ってわけじゃないけど」
考えてみれば当たり前です。
かの勇者の故郷として知られる日本と行き来する手段が存在し、交易や旅行などを目的とした行き来が可能となる。それを社会全体に向け発信するという大事業のどこに地獄が関係あるというのか。
それによる治安の改善などプラス効果も見込めるとはいえ、わざわざその為に地獄を今あるそれとは別に新しく創るというのは迂遠に過ぎるというものでしょう。
「なんでもこの世界を外側に向けて開くのに合わせて、今の世界の仕組みそのものを作り変えるとかどうとか。例の地獄の他にも色々ね。ああ、別に私達が心配するようなことはないよ。今あるのを滅ぼしてゼロから新しいのを創るとかじゃなくて、あくまでメンテナンスの範疇みたいだから。多分ね」
レンリも大して詳しく知っているわけではありませんが、なにしろ女神から直接聞いた話なので信憑性はあるはずです。大物のくせに何かと小物臭い、小心者かつ秘密主義の女神のことは未だによく分かっていないことも多いのですが、急にヤケを起こして人類を全部滅ぼしたりはしないだろうという程度の信頼はあります。
いくら創造主、事実上の母親とはいえ、迷宮達が女神の手先として人類を粛清したりすることはもっとあり得ない。そんな目的で創造したのなら、最初からあれほど人間臭い人格を付与したりはしないでしょう。
総合的に考えて、世界がどう変わるにせよ悪いようにはならないだろう。
それが現時点におけるレンリの考えでした。
熱烈な信仰心を持っている世の人々は、そもそも最初から神を疑うという発想そのものがないでしょうし、大して信仰心など持たないレンリのような人間も基本的には今より生きやすい世界になるはずです。まあ、そもそも只人でしかない大多数の人々に拒否権などないのですが。
『時間ギリギリセーフ、なの! 間に合った? 間に合ったのよね?』
「やあ、ウル君。三分くらい遅刻だけど、私が、この私が! 適当なトークで場を繋いでおいてあげたから感謝したまえ。んん、ありがとうが聞こえないなぁ?」
『この女、すっごい恩に着せてきやがるの!?』
そうしてレンリの語りが一段落したところでウルがやってきました。
具体的には空間に穴が開いたと思ったら、そこから徒歩で出てきました。他の姉妹達の姿が見えない点からするに、どうやら残りの六人はプレゼンの都合によるものか地獄で待機中のようです。
『いやぁ、もっと早くに着いてるつもりだったのに、なかなか根性ボールの置き場所がしっくり来なくて皆で揉めに揉めてたの』
「根性ボール? 何、そのダサ……何だい?」
『ふっ、お姉さんも意外とモノを知らないのね。そういう名前の神器があるの……あれ? なんか違ったような……ま、大体合ってると思うから細かいことは別にいいの。ヒナが頑張って地面の下に埋めてあったのを回収してきてくれたから、それを新しい地獄に造った神殿に置くことになったのよ』
神器『魂浄玉』が『根性ボール』として世界に知られるキッカケになった瞬間でした。その独特すぎるネーミングには内心様々な想いがあるようでしたが……。
「神器『根性ボール』……これまで見てきた如何なる神話や聖典にも載っていなかった未知の神器とは。これは神学の歴史を塗り替える発見だぞ!」
「うむ、少々ダサ……ユニークなネーミングではあるが、なにしろ他でもないウル神が仰っておられるのだ。矮小な我ら人間には計り知れぬセンスによるものであろう」
はい、もう完全に訂正のタイミングを失いました。
仕方がないので根性ボールについてはもう諦めるとして。
『そうだ、神器つながりでついでに紹介しておくの。これ、創るのすっごく大変だったのよ?』
話のついでという風にウルは服のポケットから――明らかにサイズが合っていないのですが今更でしょう――縦横二メートルほどの大きな鏡を取り出しました。流麗な細工が施された金銀の縁に、一点の曇りもない鏡面。下面に脚が付いており、そのまま立てて置けるようです。
「口ぶりからするに、この鏡はウル君達が創った神器ってことかい? 完成したばかりの史上最新の神器……っていうと凄そうだけど、効果が分からないことには何ともね。で、これはどんな効果があるんだい?」
『口で説明するより実際やってみたほうが早いの。お姉さん、この鏡の前に立ってくれる?』
「うん。こうかい?」
『はい、どーん! なの』
突然、ウルがレンリの背中を押しました。
体幹の強さによる抵抗など望むべくもないレンリは、当然のように押されて鏡面へと身体を押し付け……なんと、そのまま鏡の中へ。どうやら一種の転移装置になっているようです。その行き先は。
『地獄行きツアー、一名様ご案内なの』




