表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十五章『新世界に至る道』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

930/1053

ニュー地獄メーカーズ


 人は生前に良いことをしたら天国に行く。

 逆に、生前悪いことをしたら地獄に行く。

 良いだけ悪いだけの人生などというのは、よっぽど例外的な聖人か生まれついての悪魔的人物でもなければあり得ないですし、人類の大部分を占める普通人は最終的なトータルがプラスマイナスのどちらに偏ったかで判断されると見るべきでしょうか。


 その際の評価基準が現世における人間の倫理や法とどの程度の差異があるのかとか、幸運や不運、生まれ持った才能や環境の差などに起因する情状酌量の余地は認められるのかなど、細かく考えていけば疑問は尽きませんが、まあ一旦そのあたりは置いておくとして。



“死んだ後で地獄に落ちたくないから現世で悪いことを我慢する”

 


 現世において地獄の存在がもたらす第一の役割とは、こうした予防効果。

 善悪の狭間で揺れている人間に将来のリスクを提示することで引き留める。

 そういうモノがあるかもしれないと知らしめるだけで、決して少なくない数の人々がどうにか善の側に踏みとどまることができる。それだけでも地獄というモノの存在意義に疑問を挟む余地はありません。


 が、しかし。



『あるかもしれない、では不十分と申しますか』



 少し前のことです。

 タイミング的には日本から帰って直後。

 女神は迷宮達にそんな話をしていました。



『地獄に行くのはイヤだから悪いことをするのは止めておこう。本気でそんな風に考えるのって、そもそも最初からある程度のモラルを備えた人ばかりですし? どうしても取り零しは出てしまうというか。いやまあ、わたくしが言うのもなんですが』



 お話のテーマは現行の地獄の不完全性について。

 女神を信奉する宗教においても、死後の世界という概念については語られています。数多ある宗派や地域や言語によって、その名称は「地獄」だったり「冥府」や「霊界」だったり様々ですが、現世で成した善行悪行によって行く場所や魂の扱いが違ってくるといった内容は概ね一緒(かつては「魔界」もその枠に入っていたのですが、実際に行き来できる場所となった昨今では魔界を死後の世界と見做す説は既にほぼ廃れています)。


 こういった教えを広く知らしめることは、現世における治安の改善や子供への教育効果という現実的メリットもあってか基本的にどの国でも推奨されてきたわけですが、世の中の全員が全員「はい、そうですか」と素直に受け入れるわけではありません。

 あるいは小さな子供の時は怖がっても、大人になるにつれてそんな教えは単なる子供騙しだと考えるようになることもあるでしょう。



 結果、本気で地獄生きを恐れるのは高い信仰心や倫理観を備えた、元より大して罪を犯す恐れのない人ばかり。本当に地獄を恐れるべき悪党ほど、どうせそんなモノはあるはずないと高を括って犯罪抑止の効果を得られない。


 現行の「地獄」はそんな構造的欠陥を抱えていました。



『ああ、女神様(あるじさま)の言いたいことが分かってきたかもしれません。現行の「あるかもしれない」地獄では不足。だったら誰もが「あると確信できる」地獄があればその欠点は改善できる、と』


『ええ、ゴゴの言った通りです。これまではリソース不足で手を入れるのが難しかったのですけれど、皆が頑張っているおかげで少しは余裕が出てきましたから』



 まだ生きているうちから現世の誰もが実在を確信できる地獄。

 もしそうしたモノがあれば、現「地獄」の欠点の多くが改善できることでしょう。



『疑問。実在性。そもそもの疑問なのだけど、地獄って本当にあるのかな? 我の城にいる皆に聞いても知らないみたいだし』


『良い質問ですね、ヨミ。あると言えばあると言えなくはない、くらいの答えになってしまいますが。人間の脳で知覚可能な形をしていないので、信徒の皆さんへの説明はどうしても方便を交えたものになってしまうんですよねぇ』



 この世界において機能する現「地獄」。

 その正体は痛み、苦しみ、恨み、憎しみ、悲しみ、絶望……等々といった、悪性情報の処理場です。そうした負の想念は放っておくと次第に現世を蝕み、生者の精神状態に悪影響を及ぼしたり、場合によってはアンデッド系の魔物としてより直接的な被害をもたらすこともあるのです。


 そうした被害を完全にゼロにはできないまでも、その大部分を回収して分解するシステムが女神の用意した現「地獄」。生者の放つ負の感情や死者が遺した妄執、そして多くの人々から恨みを向けられるような人物の魂。

 そういったアレコレを現世への影響が最小限となるよう回収して、浄化して綺麗にできるようなら再利用を、それさえ無理なら廃棄を。イメージとしては濁った泥水を丁寧に濾過して透明な水に近付けていくような具合でしょうか。


 その過程で悪人の魂は自他の境界を融かされ、同じく世界のあちこちから集められた苦痛や絶望を全て我がことのように感じて苦しみ抜き、最後には自我の全てを失って純粋な魔力のエネルギーとして霊脈を通じ世界へと還って行く。



『地表から大体二千キロくらいですかね。惑星地下のマントル層に魂浄玉(こんじょうぎょく)というボール型の神器がありまして。それが今言ったような機能を持ってるんですよ。存在を知ってるのはわたくしくらいですけど』


『こ、こんじょう玉……なんだかガッツに溢れてそうな名前なの』


『ウル、根性ではないです。魂の浄化で魂浄です』



 それがこの世界における地獄の正体。

 魂や想念といった情報だけの場ゆえ、それらを知覚する脳機能が備わっていない人間には観測不可能。そのあたりが前述の現「地獄」の実在性を証明する上でのネックにもなっているわけですが。



『そこで今回皆さんには、次世代の神々として現状の課題をクリアできるような新しい地獄を創ってもらおうかなと。まあ神様らしく創世の練習も兼ねてって感じで、気楽にチャレンジしてみましょう』



 はい、いよいよ本題に入ります。






 ◆◆◆






『ねぇ、ゴゴ。あっちの山の麓にもう二百台くらいユンボ回して欲しいの』


『二百ですか。とりあえず、すぐ動ける六十くらい向かわせますね。残りは三十分くらい待ってもらえます?』


 良い地獄作りはまず土から。

 聖剣(ゴゴ)が分裂・変身した聖油圧式ショベル(ユンボ)や聖ブルドーザー、聖バケットホイールエクスカベーターなどが忙しなく走り周り、これまた分身して数を増やした姉妹達が操縦して地面を均したり穴を掘ったりと大忙しです。


 姉妹の神力を合わせての創世、通常の世界に隣接する世界の創造は呆気ないほどすんなりいったのですが、その時にうっかり強酸まじりの突風が常時吹き荒れるような設定にしてしまったので、普通のスコップやツルハシを持ち込んでもすぐに錆びて使い物にならなくなってしまうのです。


 かといって、素手素足で地面を掘ったり埋めたりというのも気が乗らない。

 世界に対する設定変更は神力のコストが少なからずかかってしまう。

 結果、錆びたり欠けたりする心配のないゴゴが活躍することになりました。


 いっそ、どうせ変身するならということで、スコップやツルハシよりも大規模かつ効率的に作業できる各種重機に。もちろん自動車の運転なんてしたことのないウル達でしたが、そこは習うより慣れろの精神で。

 どうせ無免許を咎められる心配はありません。何度も車体をぶつけたり倒れたり轢かれたりしながらも運転に慣れ、早くもいっぱしの土木作業員の風格が出てきました。



『創世って思ったより大変なの……ゴゴ、コレなんかちょっと違わない?』


『実は我もそんな気がしてたんですけど、まあ神力でパパっとイメージ通りにするより手作業のほうがコストがずっと軽く済みますからね』


『結局は予算がモノを言うのね。神様稼業も案外世知辛いの』



 創世。

 地獄の創造。

 そんな神話的言葉とは裏腹に、あまりにも泥臭く地道な作業の日々。


 ともあれ、こんな具合に地獄作りは順調に進んでいきました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 土建会社迷宮組合 とりあえずテーマパーク化 [気になる点] 迷宮たちは安全ヘルメットにヨシ!の姿勢のポスターで社員公募していそう [一言] 地獄は魔界の管轄では? 魔界も地獄もご近所か僻地…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ