つくって遊ぼう。地獄を
地獄。
地の獄。
天国の反対。
現世で悪行を犯した魂が死後に行き着き罰を受ける場所。
その名称や内容に関しては様々ですが、そういった天国と地獄、死後に生前の清算がされる場という概念を内包した神話・宗教は珍しいものではありません。恐らくは無いほうが少ないくらいでしょう。
罪には罰を。
善行には救済を。
生きている時に最期までバレずに逃げ切った、あるいは露見していながらも権力や暴力を用いて正当な裁きを受けずに済んだ。そんな、いわゆる「死に逃げ」など決して許されない。
そうした死後の裁きという機構は、ある種の願いでもあったのでしょう。どれほどの狡猾さや強大なチカラを誇ろうとも、決して逃れることのできない絶対的かつ公正な報い。どうしようとも限界に縛られてしまう人の法とは異なる、完全なる神の法による裁き。
生前相応しい報いを受けなかった悪人に、せめて死んでから罰を受けて欲しい。
国や文化や人種は違えど、たとえ世界が違おうとも、そう望んだ人は過去いくらでもいたはずです。きっと、これから先の未来においても。
つまるところ、地獄とは善き人々の祈りの結晶。
間違えず、見逃すこともない、絶対的な正義。
どうか、そういうものがあって欲しい。
善く生きようとする意志が肯定される世界であって欲しい。
その気持ちは尊重されるべきものでしょう。
なので、今回作ることにしました。
地獄を。
◆◆◆
地獄の上空。
地球においては大気圏ギリギリに相当する高度五百キロメートルもの高高度から、雷雲轟く黒雲を吹き散らしながら大ムカデが一直線に迫ってきました。
推定速度マッハ六十。
スペースシャトルが大気圏に突入する際の速度がおよそマッハ二十というのを考慮すれば、これが如何にデタラメな速さか分かるでしょうか。
高密度に圧縮された空気が発熱する断熱圧縮――多くの隕石が地表に到達する前に燃え尽きるのと同じ現象――により超高音に熱せられた甲殻表面には無数の水蒸気爆発が断続的に発生するも一切の損傷なし。
自らが突き破った雷雲と灼熱と衝撃波。それらをドレスの如く纏った大怪蟲は、突撃を開始してからものの数秒で地獄の大地に立つモモの目前にまで接近し……。
『ふむふむ。ま、こんなとこなのです』
衝突の直前。幼い体躯のモモが手を伸ばせば触れられるくらいの至近距離で、ぴたり、と停止していました。たとえ急停止しようとも、これだけ巨大な物体が超音速で大気内を移動すれば発生した衝撃波だけで付近一帯が吹き飛ぶに違いないのですが、特にそういった被害もありません。
よくよく見れば、停止したムカデの肢や胴体の節には、ところどころピンク色の糸のようなものが絡んでいます。正しくは糸ではなく髪ですが。
モモは接近に気付いてからの一瞬で、髪の毛の何割かを十万キロメートル以上も伸長。相手のマッハ六十がナメクジの歩みに思えるほどの超々高速で髪の毛を巻き付けて、ムカデを空中に磔にしたというわけです。
『戦力インフレがすっかり進んでから登場する再生怪人なんて大体こんなもんなのです、よっと』
モモが軽く髪を動かすと、それだけで停止していたムカデの首や肢や胴がバラバラに切断されました。模倣元の破壊神が持っていたであろう狡猾さや戦闘経験はないとはいえ、その分パワーやスピードに関してはオリジナルの五割増し程度に設定してるので、恐らく総合的な戦力はトントン程度。
戦闘により発生した余波も『強弱』により完全に抑え込めました。
今なら本物が相手でも被害ゼロで簡単に対処できることでしょう。
『いやいや、再生怪人だからってナメちゃいけないのよ。アニメだとたまに終盤で出てきて活躍するのだっているの。やっぱり悪役でも元から視聴者人気が高くて顔と心がイケメンだと唐突に復活しても不評が少ないのね』
『死ぬ前に改心してたりすると味方入りもスムーズにいくのですよね。でも、その場合はどうやって戦力インフレに追いつかせるかって理由付けの問題が……いやモモは別に再生怪人談義がしたいわけではないのですけど』
『じゃあ、それはまた今度するの。で、今のはどうだったかしら?』
バラバラになった再生怪人、もといムカデのパーツは空中で融合して人型に変形。普段のウルの姿へと戻りました。破壊神も生き物といえば生き物。色々な世界で修行を積んで(※十三・五章参照)急激に強くなりつつあるウルにとっては、今やお手軽に再現可能な変身レパートリーの一つでしかありません。
今のは大してコストを注ぎ込んでいなかったのでモモに瞬殺されてしまいましたが、その気になれば互角程度に強化することも可能。まあ、普通に普段の姿で戦ったほうが慣れている分だけ強いのですが。
『あと、さっきのムカデ。ゴゴお姉ちゃんがいる時だと、滅茶苦茶いい笑顔で他の仕事放っぽり出してバラバラに斬り刻みに来るじゃないですか? いちいち作業が止まるのもなんですし、円滑な運営という観点からするとやっぱりボツのほうがいいと思うのですよ?』
『うーん、我としては怪獣ゴッコの怪獣役って感じで結構楽しいんだけど。普段ゴゴってあんまり甘えてくれないから、ついつい甘やかしちゃうのよね。こう、お姉ちゃん的に?』
『見た目のインパクト重視にしても、もうちょい小さいほうがビビらせやすいと思うのですよ。あれだけ大きすぎるのが近くにいると単に動いてデカいだけの壁、実質ぬりかべでしかないですし。いっそのこと、普通サイズの蟲が何千何万とウジャウジャ這いよってくるほうが嫌じゃないです?』
『あ、その蟲責めはかなり地獄っぽいの。ムカデの他にもゴキとかアリとか芋虫とかも。そうそう、寄生虫系で体内からお腹を突き破ってこんにちは……とかもホラー映画で観たことあるのよ』
『うわぁ、それはエグいのです……今度それ観せてもらってもいいです?』
『うん、たしかリサ様の入ってる映画サブスクのラインナップにあったはずなの。年齢制限のあるやつは我がこっそり観てるのバレたら叱られちゃうし、お留守の時に呼ぶからこっそり来るといいの』
ウルとモモは何とも物騒な会話をしていますが、これもより良い地獄作りには必要なアイデア出し。一見無意味そうな雑談といえど疎かにはできません。クリエイティブのヒントはどこに隠れているか分からないものなのです。
しかし、そもそもどうして彼女達が「地獄」なんて作ることになったのか。
いくら相手が悪人だろうとも、ウル達が人間に残酷な罰を与えて愉しむ嗜虐趣味に目覚めたはずもありません。正義感は大いにありますが、正義を成すなら他にもっとやりようがあるというものでしょう。
これには深いような浅いような、それともやっぱり深そうな気がしなくなくもないような複雑な理由があったのです。




