魔物撮影アドベンチャー
「そういえばさ」
訓練場での馬術訓練の見学中、レンリはふと思い出したように言いました。
「あんまり細かいことは聞いてなかったけど、ライムさんも騎士団で何か手伝ってるんだっけ? パッと見たところ姿が見当たらないというか、そもそも人に教えられるほど馬の扱いに慣れてるイメージがないけど、どこで何をしてるんだい?」
レンリの印象通り、ライムは特に馬術に長けているわけではありません。
乗ろうと思えば乗れなくはない程度。技術的なことを言うなら平均的な兵士以下。どちらかというと、馬に乗るのではなく馬を担いで自分で走るほうが(実際やるかはさておき)彼女のイメージに合致しそうです。初心者に毛が生えた程度の技量では、素人相手の馬術教官という仕事は荷が重いというものでしょう。
「ああ、ライムには別の訓練を任せていてな。そなたら相手に隠すようなことではないから言ってしまうが、日本から来た皆を連れて迷宮に行っておる」
「へえ。まあライムさんが一緒なら命の心配はないだろうけど」
「うむ。俺もそこは心配しておらぬ。命以外の諸々については若干怪しいが……おっと、噂をすればちょうど帰ってきたところのようだ」
シモン曰く、ライムが任された仕事は神造迷宮の引率役。
馬術組と同じように日本の警察や自衛隊から出向してきた人員を、迷宮に連れて行っていたのだとか。そこで何をしていたのかについては……本人達に説明させたほうが手っ取り早そうです。
「ただいま」
「うむ、おかえり。ふむ、見たところ誰も大きな怪我はしていないようだな」
「ん。みんな元気」
学都のちょうど真ん中にある聖杖から、馬車や通行人を避けつつ街の南端にある訓練場まで走ってきたのでしょう。ほんの数キロのジョギング程度、普段から仕事で体力作りをしている人間からすれば大して苦でもないはずなのですが……。
「……っひ、ヒィィィ!? 化け物がこっちを見て、やっ、やめ、来るなァァ!?」
「レンジャー……レンジャー……れ、れんじゃ……」
「はっ、教官殿。自分は大丈夫であります……はっ、教官殿。自分は大丈夫であります……教官殿。じじ自分は大丈夫であります……じ自分はだだだ大丈夫でありますすすす」
ライムの後から走ってきた二十人ほどの日本人達は、よほど怖い目にでもあったのかなかなかイイ具合の仕上がり方をしていました。何でもない虫の鳴き声や風の音に異様に怯えたり、レンジャー教育課程のトラウマが蘇ってレンジャーとしか喋れなくなっていたり、一見普通でも言葉の端々に狂気が見え隠れしていたり。
よほど激しく消耗したであろうことが窺えます。細かな傷や泥汚れは無数にあるものの、少なくとも全員自分の足で立って走れる程度の体力は残っているはずなのですが。
「ええと、ライムさん? この人達どうしたんだい?」
「魔物に慣れてもらった」
この世界の生物についての情報。
特に魔物と呼称される人を襲う可能性のある危険生物についての情報収集は、日本から来た彼らにとって重要な任務の一つです。識者から話を聞いたり書物を紐解いたり、可能であれば実際に観察して写真や動画など詳細な記録に残せればなお望ましい。そんな希望をシモンに伝えて、その話をライムが耳にしてしまったのが彼らの運の尽きでした。
「魔物慣れ……そういえば、私達も知り合ったばかりの頃にやらされたっけ」
まだレンリ達が第二迷宮を攻略していた頃だったでしょうか。
あまりに危なっかしい様子を見かねて、まだ知り合って間もなかったシモンやライムが魔物や迷宮に慣れるための訓練をしてくれたことがありました。
具体的には巨大な魔物の前に連れていき、次の瞬間には丸呑みされかねない状況を何度も何度も何度も何度でも執拗に繰り返す。どれほど危険な状況でも、パニックを起こして平静を失ったり目を閉じてしゃがみこんだりせず、冷静にやるべきことを判断できるようにする。それができるまでは決して解放してもらえない。
大体そんな感じの内容です。
レンリ達もあの特訓のおかげで随分と度胸がついた、あるいは本来働くべき心の中の何かが麻痺したような感覚もありますが、まあ細かいことを気にしてはいけません。
ライムはあの時と同じような指導をしたようです。
拳銃どころか小銃やLAM(携行式対戦車ロケット弾)の直撃ですら致命傷とならない生物の存在、そして小柄な少女が素手素足でそれらを易々と退治する光景は、日本から来た彼らにさぞや大きな衝撃を与えたことでしょう。
パンッ、とライムが一つ拍手を打ちました。
「魔物怖い魔物怖い魔物怖い……はっ、俺は何を! あれ、いつの間に外に?」
「れ、れんじゃあ? レンジャ、レン……レンジャー!」
「だだだ大丈夫ぶぶぶ……え、あ? もしかして生きて出られた、のか? ははは、生きてる! 俺は生きてるぞ!」
拍手の音に反応してか、精神がイイ具合に仕上がっていた面々も正気を取り戻したようです。
そうなれば元々は異世界での重要任務のために選抜された優秀な隊員達。
迷宮に持ち込んでいたデジカメのデータを確認して、正気がアチラ側に行きそうになりながらも半ば無意識で撮影していたと思しき画像や動画を見たり、装備や弾薬の消耗度合いをチェックしたり。このあたりは流石に手慣れたものです。
こうして命懸けで撮影した写真データは、実際に観察して判明した習性や対処法などの情報や隊員からの意見、感想等々と合わせてレポートとして纏められて日本に送られ、生物学者による更なる分析にかけられる予定となっています。
終わってみれば今回の任務はバッチリ達成。誰一人として脱落者を出すこともなく心身を大いに鍛えられたわけで、ライムの引率役としての手腕はなかなか見事なものだったと言えるでしょう。
そうしてデータや機材に不備がないことを一通り確認したところで。
「そう。良かった。じゃあ続きは明日」
「教官殿、つ、続き……ですか?」
「当然」
ですが、ライムの知る限りでも何千何万種と存在する神造迷宮の魔物を、たった一回や二回の探索行だけでカバーできるはずがありません。より充実したレポート作成のためには十回、百回、千回と、幾度となく冒険を繰り返す必要があるのです。
とはいえ、ライムも鬼ではありません。
彼らの安全を確保するための策は既に考えていました。
「今度は自分達で倒せるようになってもらう」
「じ、自分達で、ですか……? あの、教官殿。あいつら銃弾を撃ち込んでも全然効いてなかったのですが……」
「大丈夫。銃より強くなれるまで鍛える」
「そ、そうですか。嬉しいなぁ……はは、ははは」
ライムは一度任された仕事を途中で放り出すような無責任な女ではありません。今はまだ頼りない教え子達ですが、ライムの地獄の特訓を潜り抜ければ、きっと素手でヒグマやゾウやティラノサウルスに勝てるくらいには強くなってくれることでしょう。本人達の意思に関わらず。




