騎士団に夜露死苦
そんなこんなでレンリ達の忙しい日々が始まりました。
この世界と地球との平和的な交流開始に向け、朝から晩まで大忙し。
初日は以前から面識があった相手との面会だけだったので幾分か気楽でしたが、レンリ達も初対面の人物が相手となると一切気が抜けません。もちろん実際に交渉に臨むのは地球から派遣されてきた面々なのですが、責任の重さを考えると案内役とはいえ安穏と構えてはいられません。
国家の重鎮たる国王や伯爵からの紹介を元に面会相手を決めていくため、ロクに話も聞かずに門前払いという事態は避けられていますが、逆に実質的な国王からの使者と見なされて過度に丁重に扱われるのも困りものです。
山のような美酒美食に始まる様々な接待攻勢は当たり前。
まあ食事くらいなら大した問題はないのですが、お土産の名目で差し出される金品の数々や、会議の合間の自由時間に偶然の出会いを装って男性陣に近付いてくる美女となると、色々な意味でありがたく頂戴してしまうわけにもいきません。
かといって迂闊な断り方をすれば相手の面子を潰してしまうことになりかねないので、大いに気を遣わされました。これでも王や伯爵が厳選した聡明な相手ばかりなので、そういった過度の接待は逆効果だとすぐに察してくれる人物が少なくなかったのがまだしもの救いでしょうか。
「……と、まあ毎日そんな感じさ。こっちは普段の訓練とあんまり変わらない感じ? ラクそうで羨ましいよ」
「ははは、そう言ってくれるな。これでも何かと気を遣うのだぞ?」
本日レンリ達は騎士団の訓練場へと顔を出していました。
紹介者によりリストアップされた有力者・有識者のうち、学都から日帰りで行って帰ってこれる範囲の街や村に住んでいる相手には、昨日までで一通り面会を済ませています。
そうして協力を取り付けた人々から、また新たな協力者候補が紹介されるまでの一時の安息でしょうが、とりあえず今日は学都の中だけで比較的のんびり過ごせそうです。
「団長! 只今、市壁外での騎馬訓練より戻りました!」
「うむ、ご苦労。噂をすれば、ちょうど戻ってきたところのようだな。レンリや皆も訓練の成果を見て行ってくれ」
レンリ達が毎日忙しく飛び回っている間、シモンが手慣れた騎士団の業務だけをのんびりやっていたかというと、もちろんそんなことはありません。彼も彼で慣れない仕事に忙殺される毎日を送っていました。
「今日は脱落者無しか。日本の皆もかなり馬の扱いに慣れてきたようだな」
その特別な仕事にも色々あるのですが、特に重要なのが日本側の人員に対しての馬術指導。現代の地球において乗馬はスポーツやレクリエーションの一種としての側面が強いのですが、なにしろこの世界においては未だ現役の交通の要。鉄道の登場により物流の世界に革命が発生した今もなお、多くの場面で活躍しています。
日本から高機動車でも持ち込んで乗り回せれば手っ取り早いのですが、秘密裏に計画を進めている現段階においてはそうもいきません。学都のような大きな街であれば既存の乗合馬車や辻馬車だけで用が足りるかもしれませんが、今後訪れる場所によってはそういうわけにもいかないでしょう。
日本でも田舎ではバスの本数が一日に二、三本だけという過疎地はありますが、この世界の交通事情だと場合によっては馬車待ちで数日単位の立ち往生が発生する可能性も否定できません。
というわけで円滑なる任務遂行のためにも、様々なチームに護衛として派遣される自衛官や警察官に、交代制で馬術を習得してもらう流れになったわけです。レンリ達がこうして見学に来ているのも、同チームの護衛である軍司、弓場、新畑の三名が、これまで教育を受けていた組と交代で今日から新しく乗馬訓練を始めるからだったりします。
「へえ、なかなか上手いものじゃあないか。まだ乗り始めて数日ってところだろう?」
「いや、それが全員が初めてというわけでもないらしいぞ。俺も彼らを引き受けてから知ったのだが、たしか警視庁騎馬隊とか言ったかな? 向こうの警察にも馬を扱う部門があるらしい。あとは学生時代にクラブ活動でやっていた者もか。こちらの負担を軽減する意図でもあるのか、この第一陣にはそういった経験者がそれなりにいてな」
乗馬訓練の受講生第一陣の人数は二十名ほど。
その全員が練度にバラつきはあるものの、騎馬での歩行と走行、馬車の牽引や馬具の装着に関して、数日でどうにか形になるところまでは到達したようです。
全員が全員ではないものの、元々乗馬経験がある者がシモンや騎士団の指導員と一緒に未経験者のサポートに回っていたからという面が大きいのでしょう。
その経験者にしても日本の乗馬で慣れている馬具との形状の違いや、こちらの馬の体格や気性へ慣れるために多少の時間は要したものの、まったくの未経験者に比べたら大きなアドバンテージがあることに疑いはありません。
「じゃあ、今日からの第二陣からがある意味本番ってことだね。ま、教える側のキミ達も慣れてきた頃だろうし、お手並み拝見ってところかな?」
「うむ、期待に沿えるよう努めるつもりだ」
初心者が大半を占めるようになる本日からの第二陣こそが、本当の訓練と言えるのかもしれません。シモン達騎士団にしても、これまで以上に指導力が試されそうです。
「そうそう。しばらくしたら、今とは反対に俺達が彼らから自動車やバイクの運転を教わるという話も出ていてな。正式に日本やあちらの国々と交流が始まったら、俺達の騎士団もクルマに乗りながら剣や槍を振る訓練をするようになるようになるかもしれんな」
そんな話を聞いたレンリの脳裏には、自動車の窓から上半身を乗り出した箱乗り状態で槍を振り回す騎士の姿や、騎士団の軍旗をバッサバッサと翻しながら走るバイクの図が浮かびました。
先日の日本旅行で手当たり次第に仕入れた書物の中に含まれていたある種の絵物語、ハッキリ言ってしまうとバイクで暴走する若者達がケンカに明け暮れるタイプのヤンキー漫画にそっくりです。
「それは、なんというか……考え直したほうが良いかもしれないね」
「そうか? 俺はちょっと楽しみなのだが」
いったいどのように説明してシモンを思い留まらせるべきか。
訓練の様子をぼんやり眺めながら、レンリはそんなことを考えていました。




