魔法と科学の技術革新
ちょっぴり時間が飛んでその日の午後。
学都西部、新市街区に位置する大学にて。
「つまり、この眼鏡は一種のスマートグラスになっておりまして……ううむ、まずこちらの方に対してスマートグラスをどう説明したものでしょうね?」
「眼鏡型のゴーレムとでも説明するのが分かりやすいんじゃないかな? 実際、コレにはそっちの科学だけじゃなくて、その手の魔法も使われてるみたいだし?」
外村氏やレンリは、現地協力者の候補である老博士達……以前の短期講座で一緒だったレンリの知人……に対して、本日の午前中にエスメラルダ伯爵に対してしたのと同じような説明をしていました。
あの時の講師陣が全員いるわけではないのですが、春からの開校に備えて学都に早入りしていたり元々近場に居を構えていたりで、スケジュールの都合が合った人物だけが集められた格好です。
なにしろレンリと同じく知的好奇心にかけては人後に落ちない変人、もとい賢人揃い。その知識や技術、個人的に所有する蔵書の数々など、味方に引き入れるメリットは決して少なくありません。
さて、眼鏡の説明に戻りましょう。
日本側のメンバーが身に着けている眼鏡やイヤホンなどの正体は、最新の科学技術と魔法技術を融合させた高性能翻訳機。内蔵された指向性マイクとスピーカーにより、拾われた外国語を日本語に翻訳して聞こえるように。もしくは逆に装着者が日本語で喋った言葉を、外国語に翻訳して会話相手に届くように、など。
もちろん日本語とこの世界の言葉だけでなく様々な言語に対応可能です。
十分なデータが集まらないと誤訳の恐れがある。実際の口の動きと発される音声とに僅かなタイムラグが生じるなどいくつかの課題は残るものの、その有用性に関しては、ここまでの数時間で十分以上に実証されていると言えるでしょう。
「ほう、ゴーレムの疑似知能の応用か! たしかに、この耳のやつを着けたら、この動く絵が何言っとるか聞き取れるようになったわい!」
「こっちの眼鏡もすごいぞ! ふむ、視線での操作に少々コツが要るが……レンズに翻訳された文章が浮き出てニホン語の文字がスラスラ読め……おい、待てジジイ! 人が掛けてるモンを取ろうとするな。順番だ、順番!」
「ジジイはお前も同じだろうが。いつまでも独り占めする奴が悪い!」
現在面会している博士達は性格的にはなかなかの曲者揃いではありますが、紛れもなくこの世界における知的トップ層。その並外れた知性により、この世界の技術体系からは大きく外れたスマートグラスやその他諸々の価値をあっという間に理解して、大人げない奪い合いが発生しています。まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のような大ハシャギです。
地球において魔法という技術が公のものとなって早数年。
魔法単体での活用のみならず既存の科学技術との融合についても、様々な試行錯誤がされてきました。その成果物は様々な形で社会に恩恵をもたらしてきたわけですが、この翻訳機はその中でも最近になって完成したばかりの傑作です。
電気だけでなく装着者の魔力も動力源としているため、一か月くらいの連続使用ではバッテリー切れの心配も無用。その分、魔力量の少ない人間は慣れるまで肉体的に疲れやすくなるというデメリットもあるのですが、魔力は体力と同じく普段からよく使っていれば自然と鍛えられて総量が増えていくもの。
実は日本人チームの面々もこの世界に来る前に二週間ほど翻訳機を装着しながら生活して、翻訳機の使用に必要な魔力を賄えるよう訓練していたりします。その程度の訓練で不自由がなくなるのなら実質デメリットはないも同然でしょう。
「とはいえ、コレ実はまだ表に出せない非売品でして。魔法が関わる部分が一つ一つ手作業になるので大量生産が難しいというのもありますが、こんなSF映画のガジェットみたいな物が市販されたら、日本中の英会話学校が軒並み倒産すること間違いなしですから」
外村氏の懸念も決して大袈裟ではないのでしょう。
その利便性に疑いはありませんが、世間への出し方を一つ間違えたら企業の大量倒産や失業者の増加など甚大なトラブルを招く可能性大。いずれは公表するにしても、最初のうちはあえて生産量を絞った高価格品として売り出し、社会的な影響をなるべく抑えるような形になるのではないでしょうか。
「人工知能と、その……確かゴーレムと言いましたか? 私は技術畑のことには明るくないのですが、その手のメーカー勤めの友人に聞いた話だと、この二つの相性が随分と良かったそうで」
「どちらも人工的に作られた頭脳という点では共通しているからね。ゴーレムは機械的な人工知能が苦手な曖昧な命令の解釈も得意だし、逆に機械の処理速度や膨大な記憶容量はゴーレムの苦手を埋め得る、みたいな感じかな?」
「人工知能が人間の知性を追い越すとかいう、いわゆるシンギュラリティ(技術的特異点)の到来も、量子コンピュータの実用化を待つまでもなく十年以上早まったなんて話もあるそうですね。まあ、これは科学雑誌の受け売りなので肝心の中身については正直さっぱりなのですが」
要するに、これまで様々な世界で別々に発展してきた技術体系が結びつくことで、革新的な発見や発明がどんどん起きているというわけです。
「ふむ、えーあい……とか言ったか? 察するに金属のカラクリでゴーレムの疑似知能のようなものを作り上げたモノと見た。おい、お前さんらはニホンの役人だったな。協力はしてやるからそっちの技術畑の者と話をさせておくれ」
「あっ、一人だけズルいぞ! ワシも! ワシも協力してやるから、そっちの学問に詳しい奴を寄越せ!」
「ワシぁそっちの本を読んでみたいぞ。そっちから取り寄せて……いや、こっちから出向くから上に掛け合って許可を取ってくれ」
こんな面白そうな話を聞いた博士達が、自分達にも一枚噛ませろと言ってくるのは最早必然。ともあれ、これで日本側にとって有用な知識や人脈の提供にもスムーズに応じてくれることでしょう。
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「おや? この片眼鏡、よく見たらフレームのところに小さなボタンが付いているね。これは?」
博士達から協力の約束を取り付けて以降は、日本側が持ち込んだアレコレを使って遊ぶ事実上の自由時間。大学の構内でラジコンカーを走らせたり、各々気に入ったデザインの翻訳機を着けて日本語の映像作品を鑑賞したり。
そんな中でレンリが、片眼鏡タイプの翻訳機だけに他のモノにはないボタンが存在することに気が付きました。試しに押してみたら、レンズ上に何やら数字が表示されます。これは一体何を意味する数字なのでしょうか?
「ああ、そいつですか。何でもその機能をオンにするとレンズを通して見た人の魔力の量が分かるそうですよ。本当は魔力じゃなくて戦いの強さが分かるようにしたかったって話ですが。どうも開発者がとある漫画の熱烈なファンだったらしくて」
レンリの疑問には、たまたま近くにいた新畑警部が答えました。
日本では知らぬ者のほうが少ないであろう大人気漫画に登場する、見た相手の戦闘力を計測する有名なアイテム。恐らく開発者はそれを再現したかったのでしょう。
「へえ、魔力量が数字で分かるのか」
レンリは試しに周囲の人間を見てみました。
まず日本組は八から十程度。すぐ近くでラジコンのコントローラーを奪い合いながら騒いでいる博士達が三〇〇から五〇〇。魔法らしい魔法など身体強化くらいしか使えないルグでも一〇〇以上はある点を考えると、やはり普段からどれだけ魔力を使い慣れているかが魔力量の伸びに大きく影響するものと思われます。
「後で私のも誰かに見てもらおうかな。おっと、その前にルカ君がまだだったか」
レンリは軽い気持ちでルカのほうに視線を向けました。
結論から言うと、それが失敗でした。
「レンリちゃん……どうか、した?」
「ああ、気にしないで。そのままじっとしていてくれたまえ。千、五千……一万……え、これどこまで上がって……うわ!?」
魔力量を示す数字がどんどん勢いよく上昇していき、それが二万を超えたあたりで、いきなり片眼鏡がボンっと爆発音を出しました。
「だ、だ、だだ、大丈夫……!?」
「うわ、ビックリしたぁ!? って、あれ? 爆発は……してない? 怪我もしてない。レンズにはエラーの表示が出てるね。ええと、ただ爆発音が再生されただけ?」
恐らく一定以上の数値を計測すると、内蔵スピーカーから爆発音が流れる設定になっていたのでしょう。元ネタの再現度を考えれば本当に爆発させるべきなのでしょうが、流石に爆発物を仕込むのは危険だという開発者の理性が働いたのか、こういった隠し設定をジョーク的に仕込むだけで我慢したものと思われます。
本来であればまずあり得ないであろう高い数字を計測した時のみ再生される、多分開発者も本当に鳴らされる機会があるとは思っていなかった設定なのでしょうが、一度こうして明るみに出た以上は知らないフリもできません。
「ええと、アラハタさん。コレなんだけど……」
「ええ、こいつは回収しといたほうが良さそうですね。ファン活動に熱心なのは結構ですけど、公私混同はいただけませんな」
かくして某人気漫画の大ファンである開発者氏は、この報告を受けて大目玉を喰らい、苦労して実装された計測機能は翻訳機から削除される運びとなったのでありました。
それはそれとして懲りない同氏が後年独立して会社を興し、諸々の権利関係をクリアした上で完成版の戦闘力計測器を発売。元ネタの根強い人気もあって一財産築いたりもしたのですが、まあそのあたりは流石に余談が過ぎるというものでしょう。
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≪おまけ≫




