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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十五章『新世界に至る道』

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武器の役割、普通の役割


かなめだ何だと持ち上げてくれたけど、つまりは体の良い使い走りだよね」


 日本からのゲストと合流したレンリ達は、流しの辻馬車を捕まえて本日最初の目的地へと移動していました。その間の話題は、女神から押し付けられたこの仕事について。

 日本旅行の最終日にサプライズで外務省まで連れて行かれ、各国の王が勢揃いした中で両世界の友好の鍵となり得る重要人物として紹介されたら、内心はどうあれノーと言えるわけがありません。


 あの状況を仕掛けた側の女神やコスモスは、多分そこまで計算して直前まで黙っていたのでしょう。コスモスに関しては、単に皆の驚く顔が見たかったという私情も大いにありそうですが。



「ま、決まったことは仕方ない。計画を成功させた暁には、せいぜい神様に報酬を吹っかけてやるさ。オリハルコンのインゴットをダース単位で用意させるか、古今東西の名剣のコレクションか、いっそ私専用の神器でも造らせようかな?」


「ははは、何と申しますか、この世界は人間と神様の距離が随分と近いのですね。信仰対象と信者の関係というよりは、まるで対等なビジネスパートナーであるかのような。カルチャーショックを感じますねぇ」


「あ、いや、ソトムラさん。それはレンがおかしいだけなんで。あんまりコイツを基準に考えないほうが良いと思うっす」


「なんだいルー君ってば、まるで人を変人みたいにさ」


「お前が変人じゃなかったら、この世に変人は一人もいないっての」



 早速、この世界について生じかけた外村氏の誤解を、ルグが慌てて解きました。良くも悪くも思考と言動がぶっ飛んでいるレンリを、この世界の人間の平均だとでも誤解されたりしたら一大事。

 この集団におけるルグの役割は、そうしたレンリ由来の誤解をその都度訂正していくことなのかもしれません。世界の命運がルグのツッコミに委ねられているという状況自体が悪い冗談のようですが、困ったことに冗談とも言い切れないのが困りものです。


 とはいえ、必要なことには違いありません。必要ついでに、ルグは口を開いた流れで気になったことをこのタイミングで聞いておくことにしました。



「そういえば護衛役の人達のことで、ちょっと気になった点があるんすけど、えっと……すんません、まだ名前と顔が覚えきれてなくて」



 ルグの問いかけには日本側のメンバーで最年長の短髪の男性が答えました。



「いや、お気になさらず。陸上自衛隊からの出向で参りました軍司三尉です。そこの彼女は同じく弓場一曹。護衛役ということなら、所属は我々と違いますがそちらの新畑警部もですね。それで我々が何か?」


「皆さんに不満があるってわけじゃないんですけど、護衛って割には武器を持ってないのが不思議だなって。服の中に銃やナイフを隠してるとか?」



 ルグが指摘したのは護衛の面々の武装について。

 腰に剣を提げているルグやレンリと違って、日本人チームは全員丸腰のように見えます。使い慣れていない剣など持って逆に身動きが阻害されるリスクを考慮した結果なのでしょうか。だとしたら、一概に誤りだとも言い切れませんが。

 ルグの疑問に対して軍司氏は僅かに思案。この程度は答えても問題ないだろうと判断したのか、同じく護衛の弓場・新畑両氏に視線で合図をしてから答えました。



「ええ、お察しの通り服の下に拳銃のホルスターと、我々陸自組はこちらの背嚢はいのうに入れた小銃を持ち込んでおります。流石にコレでドラゴンやなんかと戦うのは遠慮願いたいところですが」



 実際にはそれ以外の装備も持ち込んでいるかもしれませんが、少なくともその言葉に嘘はないようです。魔物と戦うには心許ない火力ですが、街中で行動する分にはこれだけでも問題ないだろう……という考え方には、ルグは異議がある様子。正確には、単純な武器の威力やそれを使いこなす技量は十分だとしても、それ以外の面で不安があるようです。



「あ、私はルー君の言いたいこと分かったかも! たとえばガラの悪いチンピラにでも絡まれた時に、銃を突き付けてホールドアップと叫んでも、相手がソレが何かを理解してなければ抑止力にはならないからね。この街は治安が良いから問題ないとは思うけど、ゆくゆくは他の街や国に出向くこともあるかもだし。これで合ってる?」


「ああ、解説どうもな。ええと、つまり実際には使わなくてもいいから、こっちの人間が見ても一目で武器と分かるような武器を持つのに慣れておいたほうが良いんじゃないかなって。こういう剣とかって、普段から持ち慣れてないと素人っぽさが雰囲気に出たりするし。いや、なんか生意気言ってスミマセン……」



 元々この世界にも銃は存在します。

 しかし遠距離攻撃手段として競合の関係に当たる魔法の存在もあって、ただでさえマイナー武器な上に未発達。日本史で言ったら戦国時代の火縄銃のようなモノでしかありません。

 現代地球で製造された拳銃や小銃を見ても、相手がソレが何かを理解できない可能性。抑止力として機能しない恐れは確かに考慮すべきでしょう。両世界の友好をこれから深めようとするタイミングで、こちらの世界の人間相手にその威力を身をもって思い知らせるような事態は、是が非でも避けたいところでもあります。


 武器を持っていることを誰の目にも明らかなよう示して、実際に戦う以前の段階から「こちらはその気になればお前を攻撃できるぞ」と言外に伝えて相手の戦意を挫く。これもまた武器というモノの重要な役割なのです。



「ふむ、確かに。私は戦いについては門外漢ですけれど、ルグさんの意見には一理あるように思えますね。護衛のお三方はどうです?」


「同感ですね。他の場所で行動している隊にも共有しておくべき意見かと。本日の定時連絡の際に無線で伝えておきますか」



 ルグの意見は外村氏や護衛の面々にも、大きな説得力をもって受け入れられたようです。むしろ言った当人であるルグが恐縮してしまうくらいの真剣さがありました。

 ヒグマやライオンよりも遥かに危険な魔物が野山をうろつき、武器や魔法を扱う人間が当たり前にそこいらに存在するこの世界で、安全確保の可能性を少しでも高めることは彼らにとってかなり優先度が高い課題なのでしょう。



「この後は伯爵閣下との面会が控えていますが、午後に大学で学者先生方とお会いする前に少しくらいは寄り道できそうですね。お手数ですが、武器屋さんへの案内をお願いしても?」


「我々からもお願いします。なにしろ剣の良し悪しなんぞサッパリなもので」


「はっはっは、それなら私に任せておきたまえ! 夜明けまで休みなしで目利きのイロハを仕込んであげようじゃないか!」


「だから予定があるって言ってるだろうが。あ~……適当に聞き流していいっすよ。コイツ、剣について喋らせると本当に止まらないんで」



 銃を知らない相手は銃を恐れることもない。

 常識だと思い込んでいた物事が別の場所では通用しない。

 同じ世界でも国や地域や世代を跨げば当たり前に起こり得ることですが、それが異世界ともなれば、その違いは一層顕著なものとなるでしょう。


 日本は現時点ですでに他の複数の世界との交流を持っているわけですが、それぞれの世界に別々の常識が存在するわけで、慣れや応用が利かない部分というのは決して少なくありません。

 ある世界での日常的な習慣が別の世界でのタブーになるのも当たり前。むしろ「あの世界では大丈夫だったから、こっちの世界でもイケるだろう」という油断から大きな不和が生まれる危険性すらあり得ます。



「ルグさん、貴重なご意見をありがとうございました。これからもお気付きの点がございましたら、いつでも遠慮なく仰ってくださいね」


「うす……責任重大だなぁ」



 お互いの常識や価値観を丁寧にすり合わせていく。

 個人と個人。

 国家と国家。

 世界と世界。

 規模は変わっても重要性は変わりません。

 地味ではありますが、良好な関係を築くには絶対に必要なことです。この世界で生まれ育ちながらも、一足先に地球の文化に触れてきたルグ達にはもってこいの役目でしょう。


 ついでに言えば、国を動かすような権力者でも世界屈指の強者でもなく、世界の大多数を占める普通の一般人と同じ目線から彼我の世界を見られる者というのは、今回の計画に携わっている人々の中にも今はまだほとんどいません。


 いずれは増えていくにせよ、現在はまだ各国の指導者層とごく限られた側近、そして迷宮関係の秘密を知る少数の人員だけで慎重にコトが進められている段階。これから少しずつ信頼できる味方を増やしていく予定ですが、今しばらくの間は普通人のほうが希少となっている奇妙な逆転現象が解消されることはないはずです。


 普通の視点。

 普通の価値観。

 普通だからこそ役に立てることもある。


 レンリは体の良い使い走りだなんて言っていましたが、もしかしたら女神が自分たちに期待したのはこういうことなのかもしれない。ルグはふとそんな風に思いました。




◆◆◆◆◆◆



≪おまけ≫


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点] コスモスの次に常識がぶっ飛んだ女(ヒロイン?)のレンリ [気になる点] まずは女神の神殿をアトランティスかムー大陸に作って本人は変装でグルメツアーですね。 あとお菓子な兄貴はここに支店こさ…
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