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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十五章『新世界に至る道』

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世界を繋げる第一歩

お待たせしました。

十五章スタートです。


 年越し年明けで浮足立った空気もどこへやら。

 住民の帰省や旅行で少しばかり広く寂しく感じられた学都の空気も、年が変わってから二十日近くも経つと、すっかり普段のそれへと戻っていました。


 まだまだ冬の盛りにも関わらず、通りを忙しなく行き交う馬車や通行人、呼び込みの声を上げる商店群の熱気は決して寒さに負けていません。ようやく、いつもの学都が帰ってきた。誰しもがそんな空気を感じていたのではないでしょうか。



「ふわ、眠ぅ……」



 そんな学都の街中で、レンリはまだ眠たげな目をこすりながら待ち合わせ場所に向けて歩いていました。旅行を終えてからの彼女は、ちょっとの暇を見つけてはスマホやタブレットを起動して読書三昧。昨夜も遅くまで読書に励んでいたようです。


 本当なら温かいベッドの中で日が高くなるまで眠っていたいところでしょうが、待ち合わせの時間が迫っているとなるとおちおち寝坊もしていられません。居候先のマールス邸から街の中心方面へと向け、大通りを北進することしばし。どうにかこうにか待ち合わせ時間ギリギリに、約束の中央広場までやってきました。



「やあ、おはよう諸君!」


「おう、おはよ。時間ギリギリだったな」


「おはよう、レンリちゃん……ふふ、この三人だけって……久しぶり、かも」



 待ち合わせ場所に先に到着していたのはルグとルカの二人。

 ここ最近は大人数での行動が多かったせいか、ルカの言うようにこの「いつもの三人」だけで集まるのは随分と懐かしく感じられました。前にこのメンバーだけで集まったのは去年の秋以前の頃だったでしょうか。時間にすればほんの二、三か月のことなのでしょうが、まるで何年も前であったかのような気がします。


 欲を言えば、このまま近場のカフェにでも入って旅行の思い出話に花を咲かせたり、温暖な気候の第三か第五あたりの神造迷宮にでもお邪魔してのんびり寛ぎたいところです。


 が、残念ながらそういうわけにもいきません。

 今日は、というか当分は、ぎっしりスケジュールが埋まっているのです。

 いつもの三人だけの時間は、ほんの数分で終わりを告げました。



「お。なあ、たしかあの人達……でよかった、よな?」


「ああ、そうそう。前に顔を合わせた時はあっちの服だったから、こっちの人との見分けが付きやすかったけど。そういえば私達も日本に行って最初に似たようなことをしてたっけ」



 日中はほとんど常に大勢の人々が行き交い続ける学都の中央区画。

 事前に待ち合わせをしていても土地勘のない相手だと合流するのも一苦労でしょうが、無数の人影の中からルグが目当ての人間を見事探し当てました。これも狩りや武術で鍛えられた観察力の賜物でしょうか。もっとも以前に一度会った時とは相手方の雰囲気が随分変わっていた為か、人違いの可能性を完全に否定できない様子でしたが。

 旅行中にレンリ達がしたのと同じように、彼らもこの世界で活動するに当たって、この世界で都合した衣服を着用しているのでしょう。単純な工夫ですが、それだけで随分と印象が変わってくるものです。元々、様々な国や地域の出身者が多くいる学都の土地柄もあって、顔立ちや肌の色合いについても「そういう個性」として違和感なく周囲に溶け込んでいます。



 待ち合わせ相手は男女入り混じった六人組。

 レンリ達も知っているのは顔と名前くらいで詳しいプロフィールまでは知りませんが、容貌からして最年少のメンバーでも恐らくは二十代の半ば以上。年長のメンバーは五十前後といったところでしょうか。全員が十六歳のレンリ達と比べたら随分と年上のグループです。


 これまでに深い付き合いのあった友人の多くが年長でも二十歳前後。

 人間と同じ物差しで測るのが適切かはさておき、まだ幼児と称しても通りそうな迷宮達との交流が特に多かっただけに、逆方向に年の差がある年長者相手というのはどうにも必要以上に緊張してしまいそうです。緊張しているのはルグとルカだけで、レンリは誰が相手だろうとマイペースな調子を崩す素振りもありませんが。



「おや、向こうも気付いたようだね」



 ある程度の距離を詰めたところで待ち合わせ相手もレンリ達に気付いた様子。

 それなりに人通りがある場所とはいえ、観光名所としても有名な渋谷駅近くのスクランブル交差点の混雑ぶりに比べたら可愛いもの。広さはかの交差点の数倍ほどもあるとはいえ、普段から満員電車などで人混み慣れした国の人間にとっては、さして難しい人探しではなかったのかもしれません。



「やあ、どうもどうも、おはようございます! 昨晩はこっちの宿に泊まったんでしょう? 異世界の夜は如何でしたか? おっと、機密保持を考えるなら日本語で喋ったほうが良かったですか?」


「お気遣いありがとうございます。レンリさん、でしたね? ですが、ご心配なく。そちらの言葉で大丈夫ですよ。我々への敬語も結構ですので。どうぞ友人に対するように気楽に話していただければ」


「では、お言葉に甘えて。たしか外務省の……ソトムラさんで良かったかな? 前回は口頭での挨拶だけだったから漢字は知らないけど、外すの『外』にビレッジの『村』で合ってる?」


「ええ、ご名答です。一ツ橋さんからお話は伺っておりましたが、本当に日本語がお上手でいらっしゃる」



 最初に話しかけたのはレンリから。

 彼女の言葉に対して相手の人物、推定三十代後半くらいの日本人男性ソトムラ氏――やや太めのフレームの眼鏡をかけている中肉中背――は、この世界の言葉で、つまり彼にとっては異世界の言葉で返しました。


 レンリだって日本語を流暢に操っているのだから、その逆のことをできる人間がいても不思議はないのでしょうけれど、そこはかとなく違和感が感じられます。

 他言語圏の人間の喋りに違和感があるのはある意味当然ですが、この場合は上手すぎるのがかえって奇妙に感じられるとでも申しましょうか。もちろん、単に個人の資質や努力で説明できるものという可能性もありますが。



「ヒトツバシ? ……ああ、リサさんか! そういえば、そんな家名だったっけ。あの人のネームバリューを使えたら、私達ももう少しラクができたんだろうけどね」


「ははは、この世界ではあの方は大人気みたいですからねぇ。とはいえ、流石に妊婦さんを酷使するわけにもいきませんから。まあ勇者様ほどとはいかずとも、我々もできる限りのことは致しますので」



 ソトムラ氏は二十歳近く年下のレンリ達にも、丁寧な態度と柔和そうな笑顔を崩しません。単にそういう性格だからというだけでなく、こういう印象作りや身に纏う雰囲気そのものがある種の武器、彼なりの処世術なのでしょう。


 レンリ自身と直接の交流があったわけではありませんが、まだ故郷を出る前の頃に城勤めの官僚の中に同じようなタイプを見たことが、あるいは父親や姉から話を聞いた覚えがありました。

 穏やかそうな雰囲気に惑わされて甘く見ると痛い目を見る。うっかり心を許してしまうと、交渉事でいつの間にやら重要な言質を取られかねない、など。無論、個人差はあるにせよ総じて敵に回すと厄介な人種と言えます。その分、味方についたなら頼もしい……かどうかは今の時点では判じかねますが。



「まあ面倒だけど私にも利がある話ではあるし、せいぜい労働に勤しむとしようか。 じゃあ、まずは……改めて自己紹介でもする?」



 何はともあれ、異なる世界同士の交流を無事に成功させるには、どちらか一方ではなく両世界の人間による協力と努力が不可欠なことは間違いありません。ひとまず、その第一歩を順調に踏み出した、と言っておきましょう。




◆◆◆◆◆◆


≪おまけ≫


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 逆異世界交流 [気になる点] 都心なら、観光はビッグサイトシティと三笠公園に あとは中華繁華街 新宿なら有名人いそうなのでコスモスがスカウトで目を付けていそう いや、もう事務所開いている可…
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