魔法世紀ジャパン
さて、まずは前提のおさらいを。
今現在、地球において異世界や魔法といった存在や技術は既知のモノとなり、交流のある異世界から仕事や観光で訪れる異世界人も珍しくありません。中には生活の主軸を半ば地球に移して、テレビ番組のレギュラー枠を持っていたり動画投稿サイトで自分のチャンネルを運営している者すらいるほどです。
そうした時代の変化に対する受け取り方は人や国や宗教観によって様々ですが、ここ日本においては概ね好意的な見方が主流でしょうか。地球では絶対に手に入らない品目の輸入、あるいはその逆による貿易の活性化は、直接的・間接的に様々な業界に好景気の連鎖を発生させていました。
そうして懐が温かくなれば心に余裕が生まれるのが人情というもの。
もちろん日本のルールをキチンと守るのが前提ではありますが、周囲に迷惑をかけずに楽しむ分には大いに歓迎。異世界からの旅行者には気分良く観光してジャンジャンお金を落としてもらいたいというのが、多くの日本人の認識ではないでしょうか。
と、おさらいも済んだところで楽しい楽しい職質タイム。
日本に到着してから僅か数十秒で二人組の警察官に呼び止められた一行でしたが、
「ははぁ、瞬間移動? 魔法ってな便利だねぇ」
「一昔前は漫画かアニメだけの話だったのにねぇ。あ、パスポート拝見しました。問題ないっす。お手間取らせました」
「いえいえ、お仕事ご苦労さまです」
いきなり車道の真ん中に出たりしないよう注意してはいたのですが、もう少し移動先の選定には慎重になるべきだったかもしれません。コスモス達がいきなり都内某所の運動公園に現れたせいで、少なくない注目を浴びる羽目になってしまいました。ちょうどそこにパトロール中のお巡りさんが居合わせたなら、立場上、話を聞かないわけにもいかないのでしょう。
昨今の社会情勢の例に漏れず、警察もまた急激な変化を余儀なくされています。
例えば、物体としては影も形もないのに、それらと同等以上の破壊力を容易に生み出せる魔法という技術は非常に厄介。銃器や刃物であれば金属探知機や身体検査で見つけることもできますが、ある人物が危険な魔法を使えるかどうか、あるいは実際に使ったかどうかの判断は非常に難しいものとなってしまうのです。
これまで地球に存在しなかった、少なくとも表舞台では無いものとされていた「魔法」の法的解釈については、当然ながら世界各国で議論が盛んに行われました。異世界側の「技術者」を招いて意見を聞きつつ連日連夜の大激論。
制限など設けずにどんどん取り入れて各方面で有効活用すべきだ。
いや、安全の為に我が国における魔法使用は全面的に禁止すべきだ。
既存の科学技術と組み合わせたら面白いことができそうだ。
我が宗派ではそういった怪しげな技術の存在を認めることはできない。
完璧に万人が納得する結論を出すのは不可能ですが、ひとまず日本国においては「魔法でヒトを死傷させたりモノを壊してはいけない」だとか「魔法を用いて金銭や物品を盗んだり詐取してはいけない」といった禁止事項が設けられ、それ以外の魔法行使については認められることになりました。
その決まりに違反すれば即時の強制送還および再入国の無期限禁止といった厳しい処分が下されますが、決まりを破らない限りは問題なし。
「入国の時にも聞いたと思うけど、ヒトとかモノを壊すような魔法は使わんでくださいね。それ以外は問題ないってことになっとりますんで」
「ま、大丈夫でしょ。それじゃあ良い旅を」
今回コスモス達がすぐ解放されたのも、使ったのが瞬間移動(厳密には「瞬間」ではありませんし、正規の入国窓口を通っていない世界間移動という黒寄りのグレー行為ですが)という殺傷能力の伴わない魔法だったからでしょう。
「さて、それでは時間も押していますし移動しますか」
「しかし、コスモスよ。今更ではあるが、この人数で電車やバスで移動するのはなかなか大変なのではないか? かといって飛んだり跳ねたりで移動しては、またこの国の警察に無駄な手間を取らせることになりそうだが」
ようやく職質から解放されたばかりではありますが、なにしろ現れ方の異常性を抜きにしても十五人もの大集団。うち半数は小さい子供だとしても、混雑具合によっては電車やバスに乗るのはそれだけで一苦労。タクシーを何台も呼んで分乗するというのも非効率です。
「ふふふ、シモンさま。ご安心ください。ちゃんと移動手段の確保については考えがありますので。実を言うと、この場所に出たのも目的地から近いからでして」
「ほう?」
ですが、そこは流石のコスモス。
移動手段についてはきっちり考えがあるようです。
ひとまず彼女を信じて運動公園からぞろぞろ歩いて移動すること数分。
一行が辿り着いたのは、広い敷地内に多くの車両が並んでいる大手のレンタカー店でした。もちろんレンタカーを使うにしても、普通の乗用車やワゴン車では流石に十五人は厳しいものがありますが……。
「ふふふ、どうですかな? このキャンピングカーは」
コスモスが指差した先にあったのは、日本の公道を走れる車両としてはほぼ最大サイズの大型キャンピングカー。キッチンや複数のベッドまで備え付けられている、まさに走る家といったシロモノでした。
それでも本来なら十五人はギリギリですが、約半分が子供サイズなら恐らくそこまで狭苦しくなりはしないはず。旅行の途中であれこれ買い物をしても荷物置き場に困ることはないでしょう。
『ねえねえ、コスモスさん。一応聞くんだけど免許は……あ、やっぱいいの』
そもそも誰が運転できるのかというウルの疑問も、コスモスが「種類」欄をフルコンプした運転免許を見せるとすぐに解消されました。国籍やら何やらの疑問点は多々ありますが、意外と教習所に通ってコツコツ地道に取ったのかもしれません。
「それではどこから参りましょうか? 何か音楽聞きます? あっ、カラオケもあるみたいですよ」
「コスモスよ。色々言っていたが、実はこの車を運転してみたかっただけなのではないか?」
「ふふふ、さあ? ご想像にお任せしますとも」
レンタカー店の近くにあったコンビニで大量のお菓子や飲み物も買って準備万端。
備え付けの冷蔵庫は早くもジュースやアイスでぎっしりです。
こうして走るパーティー会場と化したゴキゲンなキャンピングカーは、異世界からやってきた面々を乗せて軽快に走り出しました。




