ハロー・ブラザー
兎にも角にも迷宮都市に辿り着いたレンリ達。あらかじめ予約していた宿に荷物を置いて、これからの予定を話し合いました。
長い歴史のある街のような文化の積み重ねはまだまだありませんが、新興の街ならではの活気や賑わいでは決して負けていません。ショッピングやグルメやレジャーなど旅行客の選択肢も多々あるわけですが、まず最初にやることと言ったらもちろんアレに決まっています。
「では、そろそろ帰るか?」
「うん」
アレと言ったらもちろん「帰宅」。
いえ、それだけでは少々誤解を生みかねないので補足をしますと、厳密にはライムにとっての帰宅。つまりは彼女の実家に皆でお邪魔して赤ちゃんの顔を拝もうというわけです。
別に迷宮都市を満喫してからお邪魔する順番でも構わないといえばそうなのですが、あえてエルフの村行きを先に回したいのには、単なる赤ん坊への興味以外にもちょっとした理由がありました。
「俺の都合で予定を決めてしまってすまぬ。陛下からアレもコレもと色々持たされてしまってな」
その理由というのが、シモンが兄王から持たされた大荷物。
ライムの弟が産まれたことに対しての、大量の祝いの品にありました。
その内訳は、王室御用達の職人の手による絹織物や、小ぶりながらもよく透き通った宝石をあしらった上品なアクセサリ。普通に買おうと思ったら予約で数年待ちにもなる老舗の酒蔵の銘酒。食卓を彩る金銀の食器に、花を生けるための陶器の花瓶など。このあたりが保護者に向けての品物でしょうか。
もちろん赤ちゃん本人に対しても、将来大きくなった時に使うであろうボールや刃のついていないオモチャの剣など男の子が好みそうな遊具や、様々な物語の絵本に文字や計算を覚えるための書籍類。お絵描き用の絵筆や文房具のセットなど。こちらは比較的普通の品々ですが、それでも王族が使うのと同等の最上級品ばかり。
全部の贈答品を合わせると、一般的なタンス二つか三つがパンパンになるくらいのボリュームはあるでしょうか。重さに関してはシモン達には問題になりませんが、割れ物もあるので運搬にはなかなか気を遣います。
「城の担当者に聞いたら、これでも候補の中から限界まで絞ったらしいのだが……」
なにしろ事は王室に縁のある家における慶事。本来であればもっと贈り物の量が何倍も多くなり、また正式な使節団を何十人と送って祝福の意を示すのが通例です。
が、今回は相手がエルフ族とあって、通常の対応ではかえって迷惑になる可能性がありました。可能性というか、まず間違いなくなるでしょう。それ以前に目的地まで辿り着けず使節団が森の中で遭難する危険もありますが(迷宮都市にあるエルフの里直通の転移魔法陣は、エルフ族および術者の許可を得た者しか使えないのです)。
そこで国王は賢明にも特例の略式としてシモン一人のみを使節に任じ、彼と友人達だけで運べる程度の贈り物を持たせたというわけです。
「ううむ、かえって迷惑にならねば良いのだが」
「大丈夫。皆、喜ぶ」
シモンは心配していましたが、もし持て余しそうならライムの実家だけでなく、出産の際にお世話になった村の人々に贈ればちょうどお礼にもなって一石二鳥。一行は大荷物を手分けして持つと、エルフの村へと出発しました。
◆◆◆
「寝てる。静かに」
ライムの両親に挨拶を済ませた皆は、早速生まれたばかりの赤ん坊を拝ませてもらうことにしました。今はぐっすり眠っていたので、起こさないよう声や足音に注意して家の中を進みます。
『あぅ、あかちゃん?』
『くすくす。ええ、赤ちゃんですよ。アイはお姉ちゃんだから、赤ちゃんを起こさないように、しーってできますね?』
『あい! しー……』
同じく赤ん坊のアイが騒ぎ出さないかが心配でしたが、そこは意外にもネムが上手く説得してくれました。ちゃんと意図が通じているのか、アイは声を出さないように両手で自分の口をギュッと押さえています。
「うんうん、アイ君の時も思ったけど赤ん坊というのは存外に愛らしいものだね。ライムさん、もう弟君の名前は決まっているのかい? あ、やっぱり待って、当ててみるから。上の二人がタイム、ライム、と来てるから次も何イムかだとは思うんだけど」
「ううん。そういうルールじゃない」
レンリも珍妙かつ的外れな命名規則を見出していましたが、彼女なりに赤ん坊を可愛らしく思う気持ちはある様子。
「なに、何イムでもない? ああ、そうか女の子と男の子では命名のルールが違う可能性もあるか。こういうジャンルは言語学、いや文化人類学の範疇になるのかな。エルフの文化風習に関しての資料は実家にもほとんどなかったんだよね……ううん、ヒント! ヒントお願い!」
「普通に教える」
「いやいや、ライムさん。それじゃつまらないだろう?」
何やら一人で盛り上がっていますが、それでも一応レンリなりに気を遣っているのか、赤ちゃんを起こさないよう声の大きさは控えめです。
「ていうか、レン。上の二人はたまたま植物の名前から取っただけで、別に法則とかそういうのは無いんじゃないか?」
「ちっちっち。甘いね、ルー君。ここは一見単純そうに思わせての引っ掛け問題と見た!」
「いや、お前が一人で勝手に引っ掛かってるだけだと思うけど」
「ん。深読みしすぎ」
いったい人名を何だと思っているのやら。
ライム本人も言っていますが、上の姉二人はハーブや果物の名前から語感が良さそうなモノを選んだだけで、「イム」が重なったのもただの偶然です。
「じゃあ単に植物の名前か。話に聞いたコスモスさんのところの兄弟姉妹と同じパターンだね。だとすると……ウツボカズラ君とかハエトリソウ君、モウセンゴケ君という可能性もあるか」
「いや、無いから。可能性ゼロだから。なんで食虫植物縛りなんだよ?」
「そこはほら、強く逞しい子に育ってほしいとか、そんな感じで? 人生の困難にぶつかったら頭からバリバリムシャムシャと食べるくらい逞しく」
「いくらなんでも逞しすぎるだろ……」
植物縛りにまで選択肢を限定しても、レンリの独特すぎるセンスでは、とても正解を当てられそうにありません。当てずっぽうで正解を引き当てるまで待っていては日が暮れてしまいます。
「セージ。弟」
「あ、そっちかー……うん、私も今言おうと思ってたんだよねホントホント。いやぁ、惜しかったね。なるほどセージ君か。はっはっは、良い名前じゃあないか」
呆れたライムが弟の名前を教えると、レンリは調子良く軽口を叩いていましたが、良い名前だと思っているのは本当なのでしょう。すやすやと寝息を立てているセージにらしくもなく慈しむような眼差しを向けています。
「そうだ! セージ君が物心つくくらい大きくなったら、私から剣を進呈しようかな。すくすく大きくなるように、巨人の巨大化の仕組みを解明して持ち主が剣ごと大きくなる剣とかどうだろう? 危ないから刃先は丸めておくか、それとも木剣を加工するのがいいかな?」
「むぅ。困る」
レンリなら冗談ではなく本気でやりそうなのが恐ろしいところ。
珍しく純粋な善意ではあるようですが、もし実行しそうになったら巨大な幼児が家屋や畑を踏み潰す前に止める必要がありそうです。
ともあれ一行は赤ん坊の顔を満足するまで拝ませてもらい、贈り物のお礼にと村の人々が持ち寄った料理での歓待を受け、充実した時間を過ごすことができました。




