名刀・名湯丸
それからの数日は実に平和なものでした。
「では、団長。我々は一足先に学都に戻りますので」
まず祝勝会の翌朝にはシモンを除く学都騎士団が首都を出立。
学都に戻ったら居残り組と順次交代して早速治安維持の仕事に取り掛からねばなりません。まあシモンの優勝に加えて、残りの代表メンバーも全員が本戦に残るという活躍をしたわけです。気分的にはちょっとした凱旋みたいなものでしょう。
「じゃあな! 次に会う時にはシモンの坊主とルカ嬢ちゃんに勝てるように鍛え直しておくぜ!」
「おう、俺も同じくだ! 差し当たり、魔界まで逆立ちで走って帰ることにするぜ! リックもやるか?」
「ははは、私は遠慮しておきます。では皆様、お元気で」
続いてガルドや魔界組も出立。
彼らもあれでなかなか忙しい身なのです。
しばらくは依頼や職務に忙殺される日が続くことでしょう。
残りのメンバーは相変わらず首都の離宮に滞在していましたが、レンリは借金返済のために受けた魔剣制作に掛かり切りでほとんど自室にこもり切りですし、シモンとライムは城中の年末年始の行事やそのリハーサル、他の王族との挨拶や交流などで手一杯。
「……むぅ。シモン」
「気持ちは分かるが、もう数日の辛抱だ。これが終わったら組手でもデートでも何でも好きなだけ付き合って気が済むまで甘やかしてやるから、もう少しだけ辛抱してくれ。な?」
「……うん」
特にライムに関してはまだまだ粗の目立つ礼儀作法や社交方面の指導まで受けなくてはならないので、空き時間などまるでなく毎日朝から晩まで忙しくしています(結局は出場しませんでしたが、武術大会前は心身のコンディションを維持するためという理由で強引に指導を断っていたのです)。
『今日も楽しかったの! それにしてもヨミはどうして色んなお店に詳しいの? お城の人に聞いたのかしら?』
『回答。一部肯定。うん、お城に限らないけど幽霊の人達が色々教えてくれてね。まあ人によっては情報が古すぎて、教えてくれたお店がとっくに潰れてるパターンもあったけど』
残りの面々、迷宮達やルグやルカに関しては、特にこれといった急ぎの用事がなかったので平穏無事に観光を満喫することができました。
幽霊由来の情報通として活躍したヨミのおかげで、地元民しか知らないような穴場のお店や観光スポットを効率よく巡ることができたのも幸いしました。人口が多い大都市だけあってこの付近で死んだ故人も多く、暇を持て余して話し相手に飢えていた幽霊が沢山いたのでしょう。
と、このような具合に各々過ごし……そして年が明けました。
◆◆◆
「どうだい、ウル君! これでキッチリ完済さ!」
『ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、たしかに利子分含めて返してもらったの。ところで、これは我の純粋な親切で言うんだけど、お姉さんはもう一生ギャンブルやらないほうが良いと思うのよ?』
年明け早々に魔剣の納品と代金の受け取りを済ませ、ようやくレンリも借金を返して、ついでに今後に向けてのお小遣いも手に入れました。冬の旅行はまだまだ道半ば。これで残り半分は充実した時間を過ごせることでしょう。
『それで、お姉さんはあのおじさん達にどんな剣を造ってあげたの? さっき受け取りに来た時にすっごい喜んでたみたいだけど、そんな強い剣なのかしら?』
「ふっふっふ、聞いて驚きたまえ! 銘を付けるなら、そうだね『名湯丸』ってところかな?」
『名刀?』
「いいや? 名湯」
既に納品して手元にはありませんが、レンリはまたしても珍妙な剣を造ったようです。名刀ならぬ名湯。果たしてどんな剣かというと……。
「ベースの剣は武器屋で見栄えの良い剣を適当に見繕ってきただけだから、これといって特筆すべき点はないんだけど、私が刻んだ刻印に魔力を込めると……なんと! まるで温泉に浸かったかのように身体がじんわり温まるというね」
『ふむふむ……え、それだけ? それだけなの? ホントに?』
「いやいや、これがなかなか難しいんだよ。加減を間違えると高熱でうなされてる時みたいに苦しいばかりで全然気持ち良くないし、下手に出力を上げすぎると使った人間がこんがり焼ける呪いの武器みたいになるし」
『うわ、うっかり想像しちゃったの……でも造るのが難しいのは分かったけど、なんで皆そんなので喜んでくれたのかしら?』
「やれやれ、ウル君みたいなお子様にはまだ分からないかな」
レンリ作、名湯の魔剣。
その名の通り、魔力を通せば使い手の身体がじんわりと温まるという、一見地味なように見えて実際地味な効果があるのですが、これが身体の各所にガタが来始めた中高年には実に魅力的なのです。
その効能は肩こり・腰痛・冷え性などの改善に加え、新陳代謝の活発化による疲労回復促進や筋肉痛や神経痛の軽減、肌つやの改善や痩身効果にも期待できます。
普通に本物の温泉に入るほうが遥かに安上がりで似たような効果があるとはいえ、日々都会で忙しく働いている人間がいちいち休暇を取って遠方の温泉地へ足を運ぶとなると、スケジュールの調整やら何やらで色々と億劫なもの。
それが魔剣ならいつでもどこでも、剣さえ持ち歩いていれば同等の健康効果を得られるとなれば、これは相当にありがたい存在となるでしょう。冬場であれば単純に屋外での簡易暖房としても利用できます。元々は社交界でのコレクション自慢を主目的として買った者達としても、希少性に加えて実用品としての価値があって困るということはないでしょう。
「ま、見る人が見れば価値が分かるってことさ。ウル君も、もうちょっと審美眼というモノを養いたまえよアッハッハ!」
『うっわ! この女、隙あらばマウント取ってきやがるの!?』
さて、そんな間の抜けた会話をしていた二人ですが、それも部屋の扉をノックする音が聞こえるまででした。
「あの……シモンさん達、戻ってきた……よ」
「やあ、ルカ君ありがとう。こちらの準備も万端さ」
年が明けて早数日。
城中の新年行事にあれこれ奔走していたシモン達の用事も、今日でようやく終わりました。それすなわち、この首都を離れて次なる目的地への旅立ちを意味します。
「ウル君は今もあっちにいるようなものだろうけど、私は久しぶりの迷宮都市だなぁ。そうそう、ちょっと足を延ばしてライムさんの弟君の顔も拝みに行かないとね」
次なる旅の目的地はここG国首都から北の学都を通り越して更に北へ進んだ先、人間界と魔界の狭間に位置する迷宮都市。今回はヒナに全員まとめて運んでもらって一息に飛んでいく予定です。普通に徒歩や馬車や鉄道で移動したら六日から八日ほどもかかる道程ですが、これなら一時間もかかりません。
あえて時間をかけて旅情を楽しむ案もあったのですが、迂闊に『学都-迷宮都市』間の列車を使うと、世にも恐ろしい「怪奇・車窓覗き込み女」なる怪異が出るかもしれないと怖がるシモンの主張により、今回は空の旅が選ばれたという経緯があったりしたのですが、まあそれはどうでもいいとして。
「私は年末からこっち働き詰めだったからね、今度は普通にゆっくり観光を楽しみたいね」
『お姉さん、自業自得って言葉知ってるかしら?』
「ははは、何それ食べられるの?」
こうして長かったG国首都での滞在もようやく終わり、一行は懐かしき迷宮都市へと向けて飛び立ちました。




