彼らは『剣』が欲しいんじゃない、『情報』が欲しいんだ
レンリとシモンはパーティー会場に遅れて現れた一団、より具体的には身なりと金回りが良さそうな一団へと近付いていきました。
「ふむ。レンリも彼らの用件が何か分かっていたのだな」
「まあね。他に取られる前に一足早くスカウトしようって腹だろう?」
裕福そうな一団の目的は、シモン達が察した通りスカウトでしょう。
大会で好成績を残した選手を、例えば自分自身の護衛や屋敷の警護役として雇用したり、スポンサーとして他の大会へ出る際の後援をしたり、少し変わったところだと子息の武術の師としての指導を望んでいることもあるでしょうか。
大陸でも有数の大国であるG国の王家が主催しただけあって、先の武術大会の話題性やレベルの高さは大変なものでした。
そこで活躍した選手を雇い入れたとなれば、多少ギャラを奮発したとしても雇用主の権勢にとって大きなプラスになることでしょう。選手の側にもそうした就職活動目的で大会に参加した選手は少なからずいましたし、上手く条件が嚙み合えばお互いにとって良い取引ができるはずです。
「ほっほっほ、大会中に目ぼしい選手には目を付けていたつもりですが、こうして間近で見るとまた印象が違って目移りしてしまいますなぁ」
「なるべく上位に残った選手が望ましいといえ、流石に魔界からの御二方をお誘いするのは無理があるか」
「とはいえ、顔つなぎだけでもしておけば今後の商取引で役に立つやもしれぬぞ? かく言う当家の商会でも魔界との取引で随分と儲けさせてもら……やや! これはこれはシモン殿下、この度はおめでとうございまする!」
遠巻きに眺めながら選手達を物色していた金持ち集団も、王弟にして本日の主役でもあるシモンが近寄ってきたのに気付くと、流石に思考を切り替えて次々と祝福や賛辞の言葉を口にしていました。
「ははは、卿らの気持ちはありがたく受け取っておくとしよう。今宵は楽しんでいかれるがよい」
「ははっ、殿下のお心遣い感謝いたします……ところで、そちらのお嬢様は?」
シモンへの挨拶を終えた面々は、少し遅れて隣にいるレンリにも気付いたようです。次に思うことは「彼女は誰?」であるに決まっています。
シモンの婚約者がエルフ族であることは大々的に発表されていました。
こうして人前で堂々と連れているからには悪しからぬ仲であると解釈するのが普通の反応でしょうが、しかしレンリはどう見てもエルフではありません。
ならば、未発表の第二夫人候補ではないか?
彼らがそんな風に考えてしまうのも自然な流れ。
今夜のレンリは借りたパーティードレスを着ている上に、今は用事のために猫を被っているので、如何にも由緒正しい貴族家の令嬢といった雰囲気です。実際それ自体は間違っていないのが少々ややこしいのですが。
もしどこか名のある貴族家の令嬢なら、世間よりも一足早くその情報を得た利を用いて自分達の商売に活かせないか。祝い品の名目であれこれ贈って王族絡みの商売の利権に食い込めないか……などと一瞬で計算していた彼らの考えは、まあ当然ながら全くの皮算用でしかないのですが、彼らにとってのメリットを提示しにきたという点ではある意味的を外してもいなかった、かもしれません。
「ほう! 殿下の名剣をこのお嬢さんが!」
「いやはや、お若いのに素晴らしい才覚をお持ちですな」
「もちろん殿下の武才あってこそではありますが、レンリ殿は殿下の勝利を支えた陰の立役者というわけですな」
「いえいえ、それほどでもありますわ。おほほ」
猫被りモードで返答するレンリをシモンは不気味そうに見ていましたが、彼女が手掛けた流星剣がなければ優勝できなかったのも事実。今のところ嘘は言っていないのでそのまま流すしかありません。
「シモン様の剣は私が手掛けた中でも一番の傑作でして、殿下にも大変気に入っていただいておりますの。ね、シモン様?」
「う、うむ。気に入っている、が……」
普段の振る舞いを知っているだけに非常に不気味ではありますが、これまた首肯するしかありません。いったいレンリが何を企んでこんな茶番に付き合わせてくるのか、ただただ不安が募ります。
ですが、シモンの不安をよそにレンリは穏当に流星剣の話を続けるばかり。
こんな希少な素材を使ったとか、こういう珍しい魔法を使っているとか。
つまりは自慢話の類です。聞き手の面々も、お世辞も込みではあるのでしょうが、時折相槌を打ったりわざとらしく驚いたりなどしていました。
そうして話が一段落した頃。
ようやくレンリの狙いが見え始めました。
「やはり一流の武人にはそれ相応の武器がありませんとな。流石に殿下の佩剣に比べたら幾分見劣りするやもしれませんが、当家にも先祖伝来の宝剣がございまして」
「ほほう? でしたら我が家にもドワーフの名工が叩き上げた家宝のミスリル剣がありましてな。三代前の当主が手に入れた物ですが、実に依頼から完成まで十年もかかったのですよ」
「おやおや、皆さん武器自慢ですかな? ならば私も古龍の牙を削り上げて造った秘蔵の龍牙剣を持ち出さねばなりますまい。これがあまりに硬すぎて完成までに新品の砥石を二十個も使い潰したというシロモノで」
シモンの手前、表面上は穏やかに聞いていましたが、他人の自慢話を一方的に聞かされ続けるほど面白くないものはありません。それまで大人しく聞き手に回っていた面々が、今度はお返しとばかりに自慢話を始めたのです。
これがレンリの狙いでした。
なにしろ、実際に自慢の武器を振るって戦うならともかく、こうして言葉を交わすだけで一体どうして優劣が決められましょうか。珍しい素材や興味深い来歴など、家柄や財産に恵まれた彼らが自慢とするほどの逸品ならあって当然。いくら熱烈にアピールしようとも決着など絶対に付きません。
「おほほ、皆様素敵なコレクションをお持ちでいらっしゃいますのね。ところで話は変わるのですが……」
そうして彼らの頭がほどよく熱くなったタイミングを見計らって、いよいよレンリが本当の狙いを切り出しました。本日の彼女の狙いはあくまでお金。金貨をたっぷりお腹に溜め込んだ魚が針にかかったのなら、あとは一息に釣り上げるのみ。
「首都を離れる前に、新しいアイデアを試した新作の魔剣をいくつか形にしようと思っているのですが……なんと今回限り! 殿下のお口添えがある方だけにッ! 特別価格で! 購入の優先権をお譲りしようかと!」
◆◆◆
「……いや、詐欺では?」
「おやおや、人聞きが悪いねシモン君? 私はサービスの内容と価格を提示して、彼らはそれに納得して対価を支払う。いったいどこが詐欺だと言うんだい?」
いくつもの商談を成立させた後、カモの集団から離れたシモンとレンリはそのような会話をしていました。
「だいたいアレだ、あの特別価格って特別に高く売りつけるって意味だろう? 彼らの剣幕に押されてつい口添えをしてしまった俺も俺だが」
「はっはっは、私は特別と言っただけで別に安くするとは一言も口にしていないからね。向こうが勝手に勘違いしただけさ」
一応、嘘は言っていません。
「それに多少値段が高いの低いのなんて、この際オマケみたいなものなのだよ。いや、むしろ手が届く範囲で値段が高いほうが嬉しいんじゃないかな」
「ふむ、その心は?」
「くくく……彼らは『剣』が欲しいんじゃない、『情報』が欲しいんだ」
そもそもの話をすると、裕福な貴族や豪商が名剣を手に入れたところで、それを手に取って戦う機会などまずないでしょう。シモンのように戦闘大好きな奇人の貴人など、そう滅多にいるものではないのです。
ならば彼らは使い道のない置物のためだけに、目のくらむような大金を注ぎ込んでいるのでしょうか?
いいえ、それも違います。
武器の使い道というのは何も手に持って振り回すだけではないのです。
武器に限った話ではありませんが、より珍しく、より高価で、より羨む人間が多い物品を所有しているという事実。それ自体が彼らの所属するコミュニティ内での権威や発言力を増す役に立つのです。
レンリが口にした『情報』を欲しがっているという言葉。
この場合の『情報』は『自慢のタネ』と言い換えてもいいでしょう。
話題性バツグンの「武術大会の優勝者」で「国民の人気が高い王族」が持っている武器と「同じ作者」が手掛けた剣など、人に自慢するにはもってこい。大会で好成績を残した選手をスカウトしようというのと根本的には同じです。
少しばかり出費が高くついたとしても、彼らの今後の立ち回り次第で遠からず回収できる範囲の投資になるのではないでしょうか。
まあ冷静になったら同じモノを所持している先程のメンバー同士では、自慢が成立しないことに気付くでしょうが。所持していない大多数に自慢できるなら些細な問題です。多分。
「こちらにも技術者としてのプライドはあるからね。キミの顔を潰すのも悪いし、粗悪品をでっち上げてハイ終わりじゃなくて、ちゃんと剣自体はそれなりの物を仕上げてみせるさ」
「ううむ……まあ、それなら問題ない、か」
「たしかキミはお城の新年行事が終わるまでこっちにいるんだろう? その間になんとか全部終わらせるよ。遊び歩く時間が減るのは惜しいけどね」
こうしてレンリのG国の残りの滞在日は突貫作業に追われることが決定しましたが、これでどうにか借金を返すこともできるでしょう。
◆◆◆
さて、レンリ達が金策をしている間にパーティー会場の別の場所では、ちょっとした余興が始まっていました。
『あっはっは! 我のパワーを見せてあげるの!』
「ん。負けない……っ!」
いったい誰が言い出したのかはもう本人達にも分かりませんが、料理の皿をどけて広くなった長テーブルを丸々一つ使っての腕相撲大会が開かれていました。国内外から腕力自慢が集まっているだけに、こうなるのは自然な流れだったのかもしれません。
諸事情で武術大会に出場できなかったウルやライムも、ここぞとばかりに大柄な選手達をコテンパンに負かせて周りを驚かせています。
しかし、いくら彼女達でも一筋縄ではいきません。
「おお、なんか面白そうなことやってんな!」
「これ、俺ぁどうやって手ぇ組めばいいんだ? うーん、相手に台か何かに乗って貰って……」
楽しげな気配に寄ってきたガルドやガルガリオンといった力自慢も参加して、祝勝会はちょっとばかり異様な方向への盛り上がりを見せていました。




