祝勝会
武術大会から二日後の夕方頃。
大会で好成績を残したシモンとルグ、全員が本戦進出を果たした学都騎士団の面々、そしてその友人枠として招待を受けたオマケの皆はG国王城にいくつも存在する大ホールの一つを訪れていました。
肩肘張らない立食パーティー形式とあって、会場内には豪勢な料理や銘酒が並んだ長テーブルが幾十と連なり、城の使用人達が忙しなく料理の補充をしています。
「では、このあとは自由行動ということで。俺達は先に陛下への挨拶を済ませてくるとしよう。よいな、ライム?」
「……ん。わかった」
祝勝会が開かれるという報せを受けて、実家に滞在していたライムも今日の午前のうちに首都に戻ってきていました。他の面々は単に王室の御用業者からパーティー向けの衣装をレンタルしただけですが、立場上ライムは国王陛下に直に会う機会があるだろうからと離宮勤めの侍女達の手によって浴室で念入りに洗われ、化粧や髪結いを施され、キメッキメのドレス姿に変身させられていました。
千キロ以上の道程を十数分で駆け抜けるよりよっぽど疲れたとライム本人は珍しく弱音を吐いていましたが、こればかりは仕方ありません。挨拶を済ませて会場に戻る頃には多分元気になっているでしょう。
「じゃあ、私達も適当に」
パーティーに招待されたのは本戦進出を果たした六十四名と、その家族や友人。多めに見ても、ざっと五百人といったところでしょうか。招待客とは別枠の参加者も数十名ばかりいるのですが、大きく参加人数が変わることはないはずです。
ですが、レンリが参加の意向を見せた昨日の時点で、シモンは賢明にも食材の仕入れおよび料理の皿数を大幅に増やすよう城の担当者に連絡していたのです。
そうして大幅増となった料理の総量は二千から三千人前ほど。流石にこれならお腹を空かせたレンリに城が齧られて、王城が地図から消えてなくなることは多分ないような気がしなくなくもありません。
「この牛肉料理はイケるね。薄切りの生肉に熱いスープをかけて火を通したのか。ああ、済まない。コレをあと五頭分ほどおかわりを頼むよ」
『我、おかわりを「頭」単位で頼む人初めて見たの』
流石にレンリほどの食べっぷりではありませんが、それでも参加者の多くが人一倍よく食べる武人だけあって、料理の消費ペースが並大抵ではありません。補充されたばかりの大皿がものの数分も持たずにカラになって次々と運び出されていきます。恐らく厨房は今頃戦場のような忙しさでしょう。
家族を連れてきた選手もいるため、会場内には幼い子供の姿も少なくありません。最近はあちこちで有名になってきた迷宮達も、さほど目立つことなく料理を楽しめていました。
「よう、ルー坊! ここにいたか」
「あ、師匠。もう怪我は治ったんですか?」
「おう、この通りピンピンしてらぁ!」
そうして料理に舌鼓を打っていると、ルグの姿を見つけたガルドが声をかけてきました。ほんの二日前に全身ズタズタの大怪我を負ったというのに、凄まじい回復力により怪我などどこにも残っていない様子です。
「それは何より。で、何か用すか?」
「ばっかオメェ、そりゃアレだよ。可愛い弟子の彼女を一目拝んでお前さんをからかいたいって野次馬根性……じゃなかった、弟子を想うお師匠様の親心的なやつだな。うん」
「もうちょい本音を隠せって。まあ普通に紹介するくらいならいいけど」
あれだけ壮絶な決勝戦を経ても、なお忘れていなかったようです。
ガルドはルグの周囲にいた知り合いと思しき女性陣を見渡しました。
「そっちのチビッ子共は流石に違うよな? ってことは、そっちのメチャクチャ食いまくってる嬢ちゃんか、それとも奥の……は、いや、マジで食いすぎだろ腹どうなってんだアレ?」
「ああ、あいつの食いっぷりに関しては深く気にしないほうがいいっす。ああいう種類の珍獣として割り切るしかないんで。あとあいつが彼女とかマジで勘弁してくださいお願いします」
「お、おう。じゃあ、そっちの前髪の長い……」
迷宮達やレンリに続いて、ガルドの視線はルカへと向かいました。
ルカは城の人間に用意してもらった椅子に腰かけて、最近いつもそうしているように膝の上に座らせたアイに、彼女でも食べられそうな柔らかい物を食べさせています。もうすっかり手慣れた堂々たる母親ぶりです。
「アイちゃん、あーん……ふふ、お芋を潰したの、おいしい?」
『あい! おいも、すき!』
「よかった……それじゃあ、次は……あの、えっと?」
ルカが視線を感じてふと前を向くと、彼女のことを見ていたガルドと目が合いました。試合はバッチリ見ていましたし、ルグからも話を聞いていたので目の前の人物が恋人のお師匠様だとは彼女も認識しています。
知らない人は相変わらず苦手ですが、ルグの師匠ならば悪い人間ではないだろうし、ここは立ち上がってちゃんと挨拶をすべきだろうか……などと考えていると。
「彼女がどうこうって、おまっ、それどころか子供できてんじゃねぇか!? ルー坊この野郎、言う順番が色々おかしいだろうが!? いや、マジか、超ビックリ……あのちっこいルー坊が親父になぁ、俺も年取るわけだわ……」
「……オーケー、師匠。アンタは今デカめの誤解をしている。順を負って事情を話すから大人しくだな」
「はーい、可愛い赤ちゃんでちゅね~。そこはかとなくおじいちゃんっぽい気がしなくもないポジションのおじさんでちゅよ~」
「それって要は赤の他人だろうが! いや、それ以前に勘違いがあるんだけど……あ、こら、ちゃんと話聞けっ言ってんだろうがジジイ!」
弟子の話を聞かない師匠の勘違いを解くのには、それから一時間ほどを要しました。
◆◆◆
「皆、戻ったぞ。おお、ガルド殿も一緒だったか」
「よう、チャンピオン! ライムの嬢ちゃんも一緒か。ほれほれ、二人ともたっぷり飲んで食え!」
兄王への挨拶を済ませたシモンとライムが戻ってくる頃には、主にアルコールの助けによるものか会場内の雰囲気は一段と砕けたものになっていました。お城に足を踏み入れるのが初めてで緊張していた者達も、ほどよくリラックスして楽しめるようになってきたようです。
「はは、チャンピオンは勘弁してくれ。貴殿に勝てたのはマグレもいいところだ。その気になれば俺にトドメを刺せるチャンスが何度もあったろう?」
「おいおい、今日はお前さんを祝うための集まりだぜ? その主役がお客の前で水を差すようなこたぁ言うもんじゃねぇっての」
「む、それは確かに。ならば来年はこの居心地の悪さを感じずとも構わぬよう、更に鍛えておくとしよう」
「おう、そうしろそうしろ」
未だに勝利の実感が薄いシモンとしては決して居心地の良い状況ではないのですが、そうした諸々も含めて今の実力ということなのでしょう。これが面白くないのと言うのならば、次の機会こそは堂々圧勝して勝利の実感を得られるよう精進するしかありません。
優勝者と準優勝者が二人並んで喋っていると、自然と会場内の耳目を引き付けてしまうようです。多くの者の想像を遥かに超える戦いを披露した強者二人が、果たしてどのような会話をするのか気になっているのでしょう。
敵意や悪意の気配はないので二人とも特に気にすることなく会話を続けていましたが、次第に向けられる視線の数が増えつつあることにガルドが気付きました。
「あん? なんだか見慣れねぇ顔が増えてきたな? 遅刻してきた選手の誰かのツレ……って感じでもねぇが」
大ホールには、いつの間にやら随分と人数が増えていました。
それもパーティーの最初からいた選手の身内という風ではない、見るからに高価そうな衣服や装飾品を纏った身なりの良い者が多いようです。年齢は青年と言ってよい若者から老人まで様々ですが、恐らくは裕福な貴族や豪商の類でしょう。
「うん? ああ、あの者達か。あれは――――」
シモンは遅れてやってきた彼らの正体と、その来訪理由について心当たりがありました。
ガルドにそれを教えようと口を開こうとして……。
「やあ、シモン君! やっと戻ってきたかい、待ちかねたよ!」
「ど、どうしたのだ、レンリ?」
しかし、答えを言う前に横からレンリが割り込んできました。
「もしや、もう料理を全部喰い尽くしてしまったとかだろうか?」
「いいや? ただ食事の続きに取り掛かる前に、済ませておかなきゃいけない用事があってね。シモン君、ちょっとツラを貸したまえ。ライムさん、それとガルドさんだったね。悪いけど、ちょっと彼を借りていくよ」
いつにも増して身勝手な言い分ですが、とても断ることなどできそうにない剣幕です。ここで下手にレンリの頼みを断って、ヤケ食いでテーブルや城の壁を齧られても困ります。シモンは早々に抵抗を諦めて付いていくことにしました。
「顔を貸すのは構わんが、一応理由くらい聞かせてくれ」
「ああ、理由、理由ね。まず、今の私はとある理由で金銭的に苦しい状況にあるのだけど。具体的にはウル君による一日一割という法外な利息の借金に苦しんでいるのだけど」
「先に言っておくがカネなら貸さんぞ?」
シモンは一足先に釘を刺しておきました。
借金を借金で返すなど不毛にも程があります。
「大丈夫、貸すのは顔だけで構わないよ。あと、名前もかな? まあ、いいからいいから。ほら、さっさと付いてきたまえ!」
ですが、どうやらレンリの思惑は別のところにあったようで。
二人は先程ガルドが疑問を口にしかけていた、身なりの良い一団のほうへと向かっていきました。




