流れ星と新たな友人
正真正銘、最後の力を振り絞って放った一撃。
最早、シモンは立っているだけで精一杯でした。
反撃どころか逃げることすらできそうにありません。
ここまでやって通用しないのならば、もう煮るなり焼くなり好きにしろ。
再生した流星剣の一撃を喰らってなお倒れないガルドを見た時には、悔しさよりも何よりも真っ先にそんな気持ちが湧いてきたものです。
全身の細かい傷はあれど、新たに傷が増えている様子はない。
さては、またもや流転法により流されてしまったか。
シモンがそう思ったのも無理はありませんでした……が。
「……ははっ! いやぁ、あの坊主が強くなったもんだ!」
直後、ガルドの胸から腹にかけて大きく傷が開き、噴水のように血が噴き出したのです。最後にシモンが放った斬撃があまりに鋭かったため、斬られてから傷が開くまでに数秒の遅れがあったのでしょう。
そして失血によりいよいよ身体を支えていられなくなったのか、ガルドは満足気な笑みを浮かべながら仰向けに、どう、と倒れ込みました。
「勝った、のか?」
シモン本人は、まるで勝った気がしないのでしょう。
次の瞬間にもガルドがガバっと起き上がって襲い掛かってくるのを心配している。むしろ、そうならないはずがないと思うくらい、散々に叩きのめされた試合でした。
しかし、それでも。
(ほら、ご主人! ちゃんと胸を張りなさいな。それが勝者の礼儀ってもんでしょ?)
「うむ、そうか……そうだな」
たとえ実感が伴わずとも、こうして勝者になった以上は勝者らしく振る舞うのが戦った相手へのせめてもの礼儀。流星剣からの言葉でそんな当たり前のことを思い出したシモンは、今にも倒れ込みたいのを我慢して意地と根性だけで震える足をどうにか抑え込みます。
「俺の、勝ちだ!」
そして剣を高々と掲げると、観客席から割れんばかりの歓声と拍手とが降り注ぎました。
◆◆◆
シモンが目を覚ましたのは翌日の昼過ぎのことでした。
決勝戦後の表彰式を終えて控え室に戻ると糸が切れたかのように熟睡してしまい、仲間達が呼びかけても揺すっても顔を引っ叩いても全然起きなかったのです。
幸い、運営側が手配した医師の見立てでは異常なし。
単に極度の疲労で意識を保っていられなくなっただけだったため、そのまま送迎の馬車に放り込んで寝泊まりしている離宮まで連れ帰ってきたというわけです。
「ほう、祝勝会とな?」
「うん、正確にはシモン君の祝勝会兼お疲れ様会ってところかな? さっきお城から遣いの人が来てね。本戦に出場した人には全員招待状が届いてるらしいよ。選手本人だけじゃなくて家族や友人も連れて来ていいってさ」
目を覚ましたシモンが離宮の使用人に用意してもらった食事を摂っている時に(何故だか、ついさっきまで他の皆と昼食を食べていたはずのレンリも一緒に食べていましたが)、そんな話題が出てきました。
祝勝会の開催は明日の夕方。
王城の大ホールの一つを貸し切っての立食パーティーとなるようです。
一応は招待を断っても構わない自由参加という名目ですが、パーティーの名目が祝勝会であるならば優勝者であるシモンが参加しないわけにもいきません。
「まあ、戦った皆と語り合う好機と思えばちょうどよい。皆も友人として出席する方向でよいのか? 別の用事があるなら無理して付き合う必要はないが」
「もちろん参加するとも! 城の食事も楽しみだし、何よりウル君への借金を返さないといけないからね」
「……借金? ああ、そういえば思い出した。レンリよ、お前たしかガルド殿に大金を賭けていた様子であったな」
「えっ、試合中に見えてたの? 賭け券の文字まで? キミ、どんな視力してるのさ?」
シモンが原因で大損させてしまったようですが、流石にこれは自業自得が過ぎるというもの。いくら人の好いシモンでも同情する気にはなりません。が、賭けの話題が出たことでレンリに聞きたいことがあったのを思い出しました。
「話は変わるが……実はな、昨日の決勝の最中にいきなり俺の剣が言葉を喋り始めたのだ」
「……ああ、そういえば随分と頭を強く打っていたみたいだね。うん、きっと大丈夫だよ。友人として協力は惜しまないからじっくり治していこう」
いつになく優しいのが逆に心にきました。どうやらシモンが頭を強打して、ちょっと可哀想なことになってしまったと思い込んでいるようです。
「いや、幻聴とかそういうのでなくて。ほら、ステラも何か言ってやってくれ!」
(……………………)
「あれぇー!?」
あらぬ誤解を解こうと流星剣自身に説明してもらおうとしましたが、まるで昨日のことがウソだったかのように、いくら呼びかけてもうんともすんとも言いません。まさか昨日の声は本当にシモンの脳が生み出した幻聴だったのか……。
(まあ、喋れるんだけど)
「そういう冗談は心に来るので止めて欲しいなぁ!?」
(ゴメンゴメン、ご主人の慌てぶりが面白くてついつい。でも、ワタシの言葉って思念を飛ばしての念話だから普通のヒトには聞こえないと思うわよ?)
シモンが流星剣の声を聞けるのは、彼が目に見えないチカラや思念を鋭敏に感じ取る能力を持っているからこそでしょう。ですが、同じような能力を持っていない人間にどう説明するかと思うと、これがなかなか厄介そうです。
このままではシモンが物言わぬ(ように見える)剣とお喋りするちょっと可哀想な人という評判が広まってしまいかねません。
さて、その時です。
食堂の前をゴゴが通りかかりました。
「あ、聞いてよゴゴ君。シモン君ってば剣が喋るなんて言うんだよ? そんな非常識なことありっこないのにねぇ」
『……ええと、よく事情が呑み込めてないんですけど、我はどう答えるべきなんですかねコレ?』
「ああ、順を追って話すから少し付き合ってくれぬか」
よりにもよって喋る剣の実物であるゴゴに質問したせいで無駄にややこしくなっている気がしなくもありませんが、シモンが昨日の試合中からの出来事を丁寧に説明すると、彼女もようやく事情を理解してくれたようです。
『ふむふむ、なるほど。たしかステラさんでしたね? 我の声が聞こえてますか?』
(はいはい、聞こえてますよ。感度良好)
『ハッキリとは聞き取れませんが、たしかに思念の気配があるような? 姉さんや皆と遠隔で話す時とは少し違いますが、これくらいならラジオの波長を合わせる感じで……もしもし、もう一度いいですか?』
(はい、こちらステラちゃん。ゴゴちゃん先輩どうかしら?)
『ああ、聞こえました。先輩……ああ、剣仲間の先輩ってことですかね? では、よろしくお願いします、後輩のステラさん。これなら我の姉妹とは問題なく意思疎通できそうですね』
実験の結果は見事に成功。
普段から念話でのやり取りを日常的にしている迷宮達となら、赤ん坊のアイは例外としても、他の六人とは問題なくやり取りができそうだとゴゴからのお墨付きが出ました。シモンへのあらぬ疑いも晴れたようです。
(ねえねえ、レンリちゃん。他の人とも気軽にお喋りできるように改造とかできないかしら? あとはねぇ、自由に動き回れるようになったりとか……あっ、食べ物の味とか匂いっていうのも興味あるかも!)
『……と言ってますね。我々が通訳すれば意思疎通はできますけど、毎度そばにいるというわけにもいきませんし、どうにかしてあげられませんか?』
「そうだね、ステラ君の頭脳はゴーレムに使うのと同種の疑似的な思考能力を付与したものなんだけど、それがここまで高度に人間的に発達した例っていうのが他に思い当たらないからね。考えられるとすれば、あり得ない量の魔力を何度も注ぎ込まれて異常発達したとか……ま、そっち方面の技術から何か参考になりそうな事例がないか当たってみるから気長に待っててよ」
(うん、待ってる!)
まだまだ通訳を介してのぎこちないやり取りながらも、新たな友人として受け入れられたステラ。彼女がこの先どこまで進化を続けるのか、それはこれからのお楽しみということで。
無機物であり本来は無性であるステラの人格が女性的なのは、シモンの周囲にいる面々を人格の学習モデルとしていた為に、人数比的にそっち(女性)側に寄ってしまったという感じです。




