流星剣ステラ
流星剣ステラ。
ライムが命名したその銘は、砕け散った刃が元通りに再生する過程で、飛来する破片が流星群のように見えたことに由来します。
たとえ砕かれても、より強靭な剣として幾度でも蘇る。
今や並大抵の剣では筋力に耐え切れず、一振りも持たずに壊してしまうようになってしまったシモンにとっては最良とも言えるでしょう。
また敵の攻撃の威力を殺して使い手の力へと変換する機能も、相手が強敵であればあるほど有用な、いざという時の切り札になり得る強力な能力です。
普通に使っているだけでどんどんと強くなっていく。
まるで聖剣の自己進化機能を彷彿とさせるような傑作……ではありますが、シモンは、もしかしたら製作者のレンリですらも、この剣の伸びしろについてまだまだ低く見積もりすぎていたのでしょう。
「さて、ガルド殿。名残りは惜しいが、これが正真正銘こちらの最後の手札だ。流れ星の味、とくと堪能していただこう」
無数の破片となった流星剣は、しばし舞台上を旋回していましたが、シモンの言葉を合図に一斉にガルドへ向けて襲い掛かりました。何千何万という細かな刃が煌めきながら飛来する様は、まさに銘の由来となった流星群の如し。
従来の修復過程の逆、および応用といったところでしょうか。元々はシモンの手元に残した柄へと向けて、ほぼ一直線に戻ってくる破片が不規則な曲線軌道を描いて縦横無尽に飛び交うわけです。
例えるなら砂嵐を構成する砂粒や豪雨の雨粒すべてが、鋭い切れ味を伴う凶器に変わったようなもの。一度展開されたが最後、とても避けきれるものではありません。見た目の美しさに惑わされていたら一瞬で全身がズタズタに切り裂かれてしまうでしょう。
「そういや流れ星はまだ食ったことがなかったな! って、イテ、イテテ!?」
いくらガルドでも降りしきる雨の全てを避けるなど、できるかできないか以前に考えたことすらありません。それと同じような数が降り注ぐ刃の雨も、確実にその姿を捉えていました。
新たな切り傷が瞬く間に幾筋も刻まれていきます。
一つ一つは絹糸のように細く浅い傷だろうとその数が積み重なれば、そして試合序盤に負った傷と合わせれば、かなりの出血量になるはずです。準決勝のガルガリオンではありませんが、このままの展開が続けば失血での意識不明もあり得るでしょう。
「手で払ってもチクチクしやがる。あちこち痒くなってきたな」
が、恐るべきことにガルドは早くもこの攻撃に慣れ始めていたのです。開いた両手を顔の前に構えて目とノドだけは絶対に守れるように備え、その上で全身の身体強化の度合いを上げて皮膚を硬化。
鉄板のように硬くした手で飛来する刃を打ち払い、また破片同士をぶつけて軌道を逸らし、手足の腱や太い血管が通っている部位を的確に守ります。
それで全てのダメージを防げるわけではありませんが、大量出血による戦闘不能を狙うのは最早難しいでしょう。恐らくは先にシモンの魔力が尽きてしまいます。
「……でも、それじゃあつまらねぇよな?」
このまま我慢比べを続ければ十中八九ガルドの有利。
しかし彼はそんな消極的な勝利を狙うつもりはありませんでした。
あちこちに細かい刃片が刺さったハリネズミのような姿のまま、ジリジリと刃の雨の中を前進し始めたのです。
「なるほど、なるほどな。こう……いや、こんな感じか?」
しかも驚くべきことに、ガルドが全身に負う傷の量は歩を進めるごとにどんどんと減っている様子。単に彼の身体に刺さったことで、空間を飛び交う刃の総量が減っているというわけでもありません。硬化した手で打ち払われる度に、また刃同士がぶつかったり床面に激突した際に砕けることで、刃の数はむしろどんどんと増えているくらいです。
にも関わらず傷を負う頻度が減っている理由は単純明快。
流転法。
かの極意をこの危地に対応すべく進化させ、降りしきる雨にも等しい数の攻撃の威力を受け流しつつありました。信じ難いことですが、一歩、また一歩と、歩みを進めるごとに驚異的な速度で技の完成度が増していくのです。頭上からに限らず前後左右上下あらゆる方向からの攻撃である点を考慮すると、豪雨や砂嵐といった自然現象をねじ伏せる以上のまさに神技。
「ありがとよ。おかげでもっと強くなれたぜ」
いよいよシモンに手が届く間合いにまで到達すると、流転法によって蓄えた力と最大限の敬意を乗せて、この試合最後となる拳を放ちました。
◆◆◆
刃の雨ではガルドを倒せない。
それはシモンも最初から承知していました。
なにしろ細かく散った無数の刃は、いくら鋭くとも小さい分だけ重さに欠けています。皮膚には刺さっても肉や骨までは届かない。出血による消耗狙いの戦術も、多少のダメージを覚悟で速攻を仕掛けられたらシモンが殴り飛ばされるほうが早いでしょう。
そこでシモンと流星剣は罠を仕掛けることにしました。
キーワードは「チクチク」です。
「なあ、流星剣よ」
(……その呼び方はイマイチ可愛さが足りないわね。ワタシを呼ぶ時は「そなた」か「ステラ」でヨロシク)
「う、うむ、こんな時にする話ではないような気もするが承知した。で、ステラよ。実際のところ本当にできそうだと思うか?」
(さあ? だって、練習ナシのぶっつけ本番だし。多分やってできなくはないと思うんだけど)
ジリジリと前進してくるガルドを前に、ずいぶんと悠長な会話をしています。すでに仕込みはしていますが、ガルドに気付かれたらそれでお終い。なおかつ、気付かれずとも成功するとは限りません。
流星剣の元来の機能として、こうして刃が砕けて飛散した状態からでもすぐに引き戻して剣の形に再生できる。今回の作戦の成否は、その再生の仕方を如何に飛躍させられるか、あるいは曲解を押し通せるかに懸かっています。
砕けた流星剣が再生する際、工程としては一瞬で完了するためシモンも意識したことはありませんでしたが、超高難度の上級者向けパズルのピースを一つ一つ正しい位置に当てはめるように組み合わせている……わけではありません、実は。
実際にはバラバラにした粘土細工を全部まとめて捏ね合わせて、元の形に作り直しているほうが近いでしょうか。これも多少の手間はかかりますが、立体パズルを地道に完成させるよりはよっぽど簡単です。
シモンとステラが企んでいるのは、その粘土細工の完成図を書き換えるようなものなのですが、それについては実物を見たほうが早いでしょう。
(じゃあ、お互いベストを尽くしましょ。大丈夫、もし失敗してもご主人がブッ飛ばされるだけだから)
「気軽に言ってくれるなぁ……」
いよいよガルドが攻撃の届く間合いにまで迫ってきました。
驚くべきことに僅か十数歩の間に無数の刃片への流転法での対応をほぼ完成させ、最早ほとんどダメージが通らなくなっています。そこで受け流した力を集約させた打撃を喰らえば、未だ回復が追いついていないシモンに立ち上がる力は残らないでしょう。
そして、その瞬間が来ました。
ガルドの狙いはシモンの顔面ド真ん中。
右の拳を軽く引き、ただ打つ。
フェイントも駆け引きも何もない、本人の生き様そのものを打ち込むかの如き真っ直ぐな正拳突きです。とはいえ決して侮るなかれ。最短距離を真っ直ぐ打ち込むが故の最短・最速・最強の一撃は、生半な防御など容易く粉砕してのけるでしょう。
このまま喰らえば消耗著しいシモンは足を踏ん張ることもできず、一撃で場外まで叩き出されてしまうのは確実。拳の始動から接触までの刹那の間が、シモンには永遠にも等しく感じられるほど永く感じられ……そして、いよいよその瞬間がやってきました。
「っ!? な」
拳は確かにシモンの身体に触れました。
ただし狙いの顔中心から大きく外れ、頬を僅かに掠めるように。
打ち込んだガルド自身にもこの結果は完全に予想外だったらしく、驚愕に目を見開いています。そして「何が起きた?」と疑問を最後まで口にすることもできませんでした。
シモン達が利用したのは、無数の細かい切り傷・刺し傷によって生じた全身のチクチクとした痛みとそれに伴う搔痒感。重要な急所を除くありとあらゆる部位に傷を負ったガルドは、それが敗北に直結するような重傷ではなかったにせよ、相当の痛みと痒みに耐えながら戦っていたはずです。
とはいえ、それだけでトドメの一撃を外すようなガルドではないでしょう。ただ痛いだけ、ただ痒いだけで技の精度が鈍るような男であるはずもなし。痛み痒みは本命に向けての下準備でしかありません。
流石の経験豊富なベテランも、まさか夢にも思わなかったはずです。
いきなり自身の両足首が鎖付きの足枷で拘束されるなどとは。
無数の破片が集合して、しかし元の剣の姿ではなく強固な足枷を形作ったのです。それこそ神造の聖剣であるかのような変幻自在。
全身の痛痒に紛れ込ませるようにして、あらかじめ足首周辺に破片を集中させておき、また床を削り取って巻き上げた埃や、決め手にはならないと承知で飛ばしていた多くの刃も本命を隠すための目晦まし。
切り裂いたズボンの中にもなるべく多くの破片を潜ませて、ガルドが最後の一撃を放つ直前に変形を試みたのです。両足を不意に拘束されては、打撃の狙いが逸れるのも仕方のないことでしょう。
「どうやら、賭けは……!」
(ワタシ達の勝ちみたいね!)
最後の一撃を打ち込む直前、ガルドが視線を自身の足下に向けていたら勝負の行方は違ったはず。またガルドの怪力ならば、事態さえ認識すればほんの数秒で足枷を引き千切ることもできたでしょう。
しかし、その数秒の猶予を与えるシモンではありません。
枷を構成している分を除く全ての破片を柄へと瞬時に引き戻し、元々の姿よりも幾分細く短い刀身を形成。そこに正真正銘残された最後の力をありったけ注ぎ込み、渾身の一撃を外した直後で姿勢を崩した、恐らくこの一瞬だけは流転法も封じられたガルドへと叩きこんだのです。




