流れ星はかく語りき
諦めるな。
立ち上がって。
地に倒れたシモンはそんな声を聞きました。
観客の声ではありません。
確かに観客席からは絶叫にも似た応援が届いているけれど、この声はそれとは違う。それよりももっと近い、物理的にではなく心情的に近しい、そんな親近感を覚えていました。
「……ライム、か?」
朦朧とする意識の中で、シモンは真っ先に思いついた名を呟きました。
故郷での用事を済ませた彼女が応援のために駆けつけてくれたのか、あるいは迷宮達の用いる念話のように不可思議な力で声が届けられているのか。
そういった原理について思考を巡らせる余力は残っていませんでしたが、どうやら相手方にもシモンの呟きが聞こえたようです。とはいえ、その返答は少しばかり予想外のものでしたが。
(え、違いますけど?)
「ん!? その、違うというと……ライムではない?」
(うん、人違い。アイアム、ノーライム、オーケイ? っていうか、コレこっちの声聞こえてる!? 独り言じゃないよね?)
「う、うむ……」
これにはシモンも驚きました。
驚きすぎて曖昧だった意識がちょっと明瞭になったりもしました。
頭の中に響いてくる声は、通常の空気の振動を介した声とは別物なのか、知り合いの誰かに似ているような気はするものの、それが誰かを当てるのは少々難しいかもしれません。
相手方も元々は一方的に応援をしているつもりだったようで、声が届いて会話が成立していること自体が予想外だったという風な反応です。
「ええと……ではレンリやルカ、とか?」
(ああ、あの子達? ぶっぶー、それもハズレ。あ、レンリちゃんは観客席でゲラゲラ大笑いしてるね。手に握ってるのは賭けの券かな? どうもアナタが負けるほうに大枚突っ込んだっぽいね)
「ううむ、レンリらしいといえばらしいが……このまま儲けさせるのは少しばかり癪だな。どうにか起きる努力はしてみるか、ぁ痛たた……」
(あ、ちょっと元気出た? 結果オーライ? で、あと一応言っとくとルカちゃんにしては喋りが流暢すぎるでしょ。ああ、でも念話に流暢とか関係あるのかな?)
「いや、知らんが」
未だ正体不明ではありますが、このままレンリを喜ばせるのは面白くないという気持ちで、シモンはどうにか身を起こしました。その不屈の闘志にはガルドや観客も大喜びです。
「にしても、そなたはいったい誰なのだ? ライムやレンリを知っているということは知り合いの誰かではあるのだろうが、ウル達姉妹にしては喋りに違和感があるしな」
(でもさ、ほら、口頭で喋るのと手紙とかでやり取りする時だと言葉遣いが全然違うってのは珍しくもないんじゃない? 案外、念話の時は意外なコがこんな喋り方だったりするかもしれないよ? 迷宮ちゃん達なら念話も使い慣れてるだろうし、姉妹以外のヒトにも声を届けられるように成長することもあるかもだし?)
「おお、それは確かに。では……」
(まあ、違うんだけど)
「違うのか!? なんで今ちょっと引っ張ったのだ!?」
謎の会話相手にツッコミを入れた弾みで、シモンは気付けば立ち上がっていました。愛剣を杖代わりにして、辛うじてではありますが。
「アリスやリサではないだろうし、コスモスならもっと俺の胃が痛んでるだろうし……ううむ、まるで分からん。降参だ」
声質からして(念話にそういう考えが当てはまるかはさておき)、なんとなく女性の声だという感じはするのですが、さっぱり正体が分かりません。シモンは正体当てを諦めて白旗を揚げました。
(ええっ!? 本当に分からないの!? しくしく……あんなに情熱的に愛してくれたのに、結局ワタシのカラダだけが目当てだったってワケなのね……)
「待て待て、人聞きの悪いことを言うな!? まるで身に覚えがないというか、ライムに妙な疑いを持たれたら殺されてしまうのでそういう冗談は頼むからやめて下さいお願いします!」
相手が誰かも、どこにいるのかも分かりませんが、身に覚えのない浮気の疑いで殺されては堪りません。ダメージでがくがくと震える足を無理矢理に動かして、あちこちをキョロキョロ見渡して声の主を探しますが、それらしき人物は見つかりません。
(あ、ちなみにこの会話ってアナタ以外のヒトには聞こえてないから、あんまり大声で返事すると空気とお喋りするのが趣味の可哀想な人に見られちゃうかも?)
「そういうことはもっと最初のほうに言っておいて欲しかったな!? ああ、大丈夫だガルド殿。ちょっと頭を強く打って幻聴が出ていただけだから。もう治まってきたから! うむ、だから罪悪感とか覚えずともよい。ほれ、俺はこの通りピンピンしているぞ!」
ガルドが「気の毒なことをしちまった……」と言いたげな表情を向けてきましたが、シモンは必死で訂正します。頭を強く打ってから急にこうなったわけですから、そういった誤解をするのも無理のないことではありますが。
ともあれ、結果的にではありますが謎の相手と会話をしている間に意識も多少ハッキリとして、どうにか自力で立ち上がれるくらいまでは回復しました。もう少し状態が良くなれば『ダメージ』を斬って回復することもできるでしょう。試合もなんとか続行できそうです。
試合を再開する前に、シモンは今度はなるべく小声で聞いてみました。
「で、結局そなたは誰なのだ」
(ここ見て、ここ。ほら、アナタが持ってる)
「持っている? ……ま、まさか!?」
シモンが視線を落とすと、その手の中には愛剣の姿がありました。
◆◆◆
剣が喋る。普通に考えたらあり得ない現象ですが、シモンの知り合いにも喋る剣が二振りほど存在します。一つは勇者リサの持つ聖剣・変幻剣。そして、もう一つの聖剣である第二迷宮『金剛星殻』のゴゴ。
神造の聖剣でもない人の造った剣にこうして意思が宿るというのは初耳ですが、こうして本人(本剣)が言っているのだから認めるほかありません。
「まあ、おかげで助かったようだ。礼を言うぞ」
(いえいえ、どういたしまして。で、あのヒトに勝てる見込みはあるワケ?)
「うむ、とりあえずは逃げ回ってもう幾らか回復したら、先程のように『ダメージ』を斬って全快を狙うのが良いのではと」
(はい、ダウト! 簡単に言うけどさ、立つのが精一杯の状態であのヒトから逃げ回れるわけないでしょ。やっぱりまだ本調子じゃないんじゃない?)
「む、それは確かに。まだ頭の巡りが鈍っていたようだ」
剣が喋るだけでは直接的な戦力アップにはならずとも、こうして冷静な意見を出してくるアドバイザーとしてはなかなか優秀であるようです。未だ怪我と体力の消耗で本調子ではないシモンも、作戦変更の必要性を素直に受け入れました。
しかし、逃げ回ることができないとして他にどうするべきか?
一か八か破れかぶれの攻撃を仕掛けてみても、また倒されるのが一段と早まるだけでしょう。もし再び倒れたら今度こそ敗北は決定的です。
逃げても駄目。
攻めても駄目。
そのどちらも駄目となると、もうシモンに選択肢はありません。
(いやいや、それが案外そうでもなかったり? 多分だけどね)
「ほう?」
ですが、シモンには案がなくとも彼の愛剣はそうではない様子。
他にアイデアがないのなら、最早そこに賭けるしかないでしょう。
(手短に説明するよ。まず――――で、それから――――)
「承知した。懸念は俺の魔力と体力が持つかどうかだな。ま、ここは男の意地を見せるしかあるまい」
短い作戦会議を終えると、シモンは抜き身の剣を中段に構えました。
これから彼が、いえ彼らがやろうとしているのは初めての試みですが、原理としては以前にもやったことの逆。ちょっとした応用みたいなものです。
既に剣に充填されていた魔力は使い切り、残り少ないシモンの自前の魔力だけで賄えるかが懸念点となりますが、それはもう実際に試してみるしかありません。
シモンの放つ気配の質が変わったことを察したのか、親切にも準備が整うまで待っていてくれたガルドも再び構えを取りました。
これがこの試合最後の攻防となる。
恐らくは、それを本能的に感じ取っているのでしょう。
これからシモンの繰り出す技を流転法によって凌げればガルドの勝ち。力を受け流し切れずに押し切られたらガルドの負け。なんとも単純な構図です。
(じゃあ、ご主人。ワタシの名前を呼んで。それが合図)
「名前……ああ、そういえばそなたの銘もライムが付けてくれたのだったな。今まではわざわざ声に出して呼ぶ機会はなかったが。もしかして、それがそなたの機能を解放するための条件だったりしたのか?」
(別にそういうわけじゃないんだけど、ほら、そっちのほうがアガるでしょ? ヒーローは武器とか必殺技の名前を声高く叫ぶのがお約束ってね)
「うむ、そういう浪漫は分からんでもない。いや、むしろ大好きだ」
シモンは一つ大きく息を吸うと、残り少ない魔力の全てを手にした剣に注ぎ込み、その銘を声も高らかに叫びました。
「では行くぞ……流星剣・ステラ!」
その銘を告げた次の瞬間、流星剣の刀身は何の攻撃を受けるまでもなく自ら無数の細片へと砕け散りました。残ったのは柄より下の握りの部分のみ。そして砕け散った刃は、まさに夜空を駆ける流星群のようにキラキラ光り輝きながら猛烈なスピードで舞台上を飛び回りだしたのです。




