ケンカをしよう
長かった武術大会もいよいよ決勝戦。
それも人気・実力共に国内ナンバーワンのシモンによる、前大会の覇者であるガルドへの一年越しのリベンジマッチ。この上なく盛り上がるシチュエーションです。
まだ両選手が舞台に姿を現す前から、贔屓の選手への応援や試合展開を予想する声で観客席は大盛り上がり。シモンの親しい友人であるレンリ達ももちろん例外ではありません。
「いやぁ、私も反省したよ。まさか長い経験を積んだ達人があれほどの強さとはね。もちろんパワーとか技術も凄いんだけど、ベテランならではの強かさっていうのかな? ルー君のお師匠さんはまったく大したモノだったよ」
「なぁ、レン。俺はコレをどういう感情で聞けばいいの?」
準決勝で惜しくも敗退となったルグも、観客席の仲間達と合流しました。剣は破損してしまいましたが、幸い肉体的なダメージはほとんど残っていません。決勝戦の後に上位入賞者として表彰されることになっていますが、それまでは試合見物をしていても問題ないでしょう。
「私もシモン君やライムさんやウル君達みたいな強い人達を沢山見てきたけど、そのせいで無意識に他の人の実力を低く見積もるようになってたみたいだ。『侮る』とまでいくと言葉が強すぎるけど、自分の知らないところに彼らに匹敵するほどの猛者なんて本当にいるのかな……みたいな?」
「ああ、その気持ちは分からなくもないか。師匠もそうだけど魔族の人達も凄かったし、俺が知らないだけで世界にはまだまだ強い人がいるんだろうな」
実際、レンリが今挙げたような者達が世界でも指折りの強者揃いなのは間違いありません。仮にこの世界の全人類および神や魔物まで含めた総当たり戦をやって『世界最強ランキング』を作ったならば軒並み二十位、いえ十五位以内には入ってくるでしょう。逆に言えば、彼ら彼女らでさえ確実に上位一桁に入れる保証はないということですが。
実際の戦いには能力の相性やコンディションによる有利不利もありますし、恐らくは試合かルール無用の実戦かによっても勝率は少なからず変わってくるでしょう。
「で、私が思うにだね、若い天才よりもキャリアの長いベテランのほうが、色々な経験を積んでるおかげで、未知の状況や知らない技への対応にも慣れているし戦いに安定感があるんじゃないかと思うんだ」
「それは、まあ……分からんでもない。それで、レン。結論は?」
流石にルグは慣れているだけあって、レンリが何を言いたいかに薄々見当が付き始めたようです。普段は強さ比べに大した興味を示さない彼女が、ここまで持論を展開した理由は……。
「つまり、次の決勝はルー君のお師匠さんに全力賭けが正解ってこと! 私の計算によれば、これでウル君への借金を余裕で完済した上で大きく黒字が出るはずさ。たしかにシモン君は良い友人だけどね、私はそんな情には惑わされず実利を取るクールでドライな女なのだよ、ふっふっふ……っ!」
「…………そっか」
ルグは何故だか無性にダメそうな予感がしましたが、こうなったレンリを言葉で説得できるはずもなし。肯定とも否定とも取れない曖昧な笑みを返すばかりでした。
◆◆◆
しょうもない観客席の一幕はさておいて、いよいよ決勝の舞台に勝ち上がった両選手が姿を現しました。両者とも前試合で多少のダメージを負ったはずですが、運営側が手配した治癒術師の腕が良かったおかげか、あるいは本人達の並外れた回復力ゆえか一切の消耗を感じさせません。
どちらも完全なる絶好調。
コンディションの差による有利不利が生じないのならば、後は純粋に鍛えられた肉体と技量のみが勝敗を分けることになるでしょう。
「一年ぶりだな、ガルド殿。この機を待ちわびたぞ」
「おお、一目で分かったぜ! 去年とは桁違いに腕を上げたみてぇだな」
自分を下した強敵と一年ぶりに再会したシモンが真っ先に抱いた気持ちは、リベンジを成功させようという意気込みでも、敵意でも、ましてや怒りや恐怖でもありません。しいて言うならば納得感でしょうか。
「なるほどな、これは勝てんわけだ。一年前の俺では、な」
「おいおい、『今なら勝てる』と言ってるみたいに聞こえるぜ?」
「みたいも何も、そう言ったつもりなのでな」
一年前のシモンでは、ライムや他の選手と共闘してもなお勝てなかった。
形の上では上位入賞ではありますが、実質的には惨敗と言ってもいい結果でしょう。
当時の自分と目の前の怪物との力量差が、今現在のシモンにはよく分かります。これでは逆立ちしても勝てるはずがない。去年はその差を見抜くことすらできませんでした。
「言っておくが、今の俺は去年より倍は強ぇぞ?」
しかも本人が言うようにガルドはこの一年で更に鍛え上げてきたようです。
肉体、精神、技量、あるいは他の何もかもが去年とは別物。
老いてなお成長期真っ只中。倍強いという言もハッタリではなさそうです。
「ほう、奇遇だな。俺も去年の俺よりも……そうだな、十倍ほど腕を上げたつもりだ。これなら少しはマトモな勝負になるのではないかな?」
しかし、シモンに負けるつもりは毛頭ありません。
老境に至ってなお大きく伸びる成長率は驚異的としか言えませんが、この一年間の成長の度合いで言えば大幅にガルドを上回っているという自負がありました。
「おっと、間違えた! 二倍じゃなくて二十倍だったぜ! いや、昔から細かい計算はどうも苦手でよ」
「そこを張り合ってくるのか……うむ、そういえば俺も本当は百倍くらい強くなった気がしてきたぞ?」
「なんだとぉ? じゃあ、俺は二百倍だ!」
「ならば、こっちは千倍でどうだ! ……っく、ははは! 子供か、俺達は!」
「ははっ、実際ガキみてぇなモンだろ? どっちのほうがケンカが強い。どうすればケンカに勝てる。そんなしょうもねぇことが幾つになっても楽しくて楽しくて仕方がねぇ。だろ?」
「うむ、違いない! 我らは共に図体ばかり大きくなった子供であったか。はっはっは、これは愉快!」
子供じみた意地の張り合いをしていると思ったら、今度は二人揃って愉快そうに大笑いしています。ゴングが鳴らされる前の舌戦にしては奇妙な内容ですが、両選手の戦意は最高潮。
「では、ガルド殿。楽しいケンカをしよう」
「おう、期待してるぜ!」
前大会のリベンジ、あるいはタイトル防衛。
もしくは面子、賞金、名誉、名声。ここが大きな大会の決勝の舞台だとか、勝ったほうが四千人の頂点だとか、そんなものはどれもこれもケンカの純度を濁らせるだけの不純物。
余計なことは全部忘れて、似た者同士、童心に還って楽しくケンカをしよう。
二人が考えているのは今やそれだけです。
直後、ゴングが鳴らされ最後の決勝戦が始まりました。




