技術の進歩と尊い犠牲
さて、それではネタバラシのお時間です。
「いやぁ、世の中にはまだまだ強い人がいるものだね。ルー君だけで戦ってたらみっともなく惨敗してるところだよ。うん、彼はもっと私に感謝するべきだと思うね」
厚かましいことこの上ない台詞を吐きながら、観客席の最前列に陣取ったレンリは手元の装置をカチャカチャと弄っていました。装置の形状は、縦二十センチ横三センチくらいの長方形の金属板が一つと、それよりも小さな金属板が複数。後者には一枚ごとにそれぞれ別種の魔法が刻まれているようです。
大きいほうの金属板(以下、大板)にはちょうど小さい金属板(以下、小板)がピッタリ嵌るくらいの窪みがあり、レンリは試合の戦況を見ながら何種類かの小板を差し込んだり抜いたりしていました。
『ねえねえ、お姉さん。我よく分かんないんだけど、何でその変な板を弄るとルグお兄さんの剣から別の魔法が出るの?』
「シィー……静かに! ウル君や、そういう質問は周りに聞こえないよう、もっと小さな声で頼むよ。今のは幸い歓声にかき消されてくれたみたいだけど、もう少し気を付けてくれないと!」
『この流れで我が怒られるの理不尽すぎないかしら!?』
ともあれ気を取り直したウルは、今度は小さなヒソヒソ声で同じ質問をしました。
ウルは魔法や魔剣の知識にさほど詳しいわけでもありませんが、それでも今目の前で起きている現象が既存の常識から逸脱したものであるくらいは何となく分かります。というか、これ見よがしに隣でカチャカチャやられていたら、気にするなというほうが無理というものでしょう。
「やれやれ、仕方ないなぁウル君は! 仕方ないなぁ、ウル君は! 幸い喋りながらでも操作に支障はないし、ここは親切な私が特別に説明してあげるとしよう」
『ねえ、なんで仕方ないって二回言ったの!?』
レンリも本音では装置を誰かに自慢したくて堪らなかったのでしょう。
試合と手元に視線を行き来させながら、張り切って解説を始めました。
「まず、この大きいほうの板ね。これがルー君が今持ってる剣と概念的に同じモノなんだけど」
『剣じゃなくて板なのよ? 目と頭は大丈夫?』
「いいんだよ、そういうモノなんだから……どうして頭まで聞いたんだい? とにかく、この板にはルー君の剣から採取・複製した概念を貼り付けてあってね。見た目は違っても実質的には同じモノなのだよ」
本来、普通の剣に魔法を刻み込むにはそれなりの時間を要します。
比較的簡単なモノでも数時間はかかるでしょう。
本戦開始前の休憩時間にパパっと済ませられるような作業ではありません。
しかし、今回レンリの使用した新技術ならお手軽かつスピーディー。もちろん相応に概念魔法の技術に習熟している必要はありますが、剣の概念を写し取って別の物体に貼り付けるだけなら一分もかかりません。
とはいえ、こうして剣と大板が概念的に同一の物体になったとしても、それだけではほとんど無意味。ここまでは単なる下準備、肝心なのはここからです。
「ウル君に分かりやすく例えるなら、この大きいほうがゲームハード。小さいのがそれぞれ別のゲームソフトみたいな感じかな? まあ、私は知識として知ってるだけで電源式のゲームはやったことないんだけど」
『あー……なんとなく分かってきたの。ソフトを入れ替えれば同じゲーム機で別々のゲームを遊べるってわけね。じゃあ、お兄さんの持ってる剣は映像を出力するモニターかしら?』
「うんうん、大まかには多分きっと大体そんな感じ」
ここから先は口で説明するよりも実際にやってみたほうが早いでしょう。
試合のほうもタイミング良く、間合いを広く取って隙を伺っていたルグが覚悟を決めて再度の突撃を仕掛けるところでした。
「よし、今度はコレにしてみよう」
レンリは素早く小板を差し込むと、大板に魔力を流します。
通常の魔剣であれば魔法はこの観客席で発動するはずですが、この交換方式の装置を使用した場合に魔法が出てくるのは先程の説明の通りにルグの剣から。発動タイミングを外したら明後日の方向に魔法が飛んで行ってしまいますが、今回は見事にガルドを直撃しました。
「うおっ!? 臭っ、臭っせぇ!?」
余裕の表情でルグの攻撃を待ち構えていた豪傑が、突然鼻を押さえて涙目で悶絶しています。急に生まれた隙にルグも困惑していましたが、ガルドが態勢を立て直す前にどうにか気を取り直して横斬り一閃。
腰の入っていない咄嗟の攻撃では鍛え抜かれた筋肉の守りまでは貫けませんでしたが、ガルドの二の腕には薄っすらと赤い筋が一本。怪我の程度は軽いものの切り傷を負わせることに成功しました。
「どうだい、『悪臭』の魔法の威力は? 具体的には、夏場に十日放置した生ゴミ入りのバケツに頭を突っ込んだくらいの臭気だね。ちなみに脳に直接作用するから息を止めてても防げないよ」
『最悪! 最悪なのこの女!?』
いくら達人と言えども、そんなモノを不意討ちで喰らえば隙の一つや二つできるのもやむなし。
以前にレンリが作った『五感殺し』の魔剣と違って、交換方式では一度に効果を発揮できるのは一つの感覚までという制限はありますが、威力過多でオーバーキルになってしまう『五感殺し』よりも、魔力の消耗が抑えられる分だけ、使い勝手はむしろ上かもしれません。
「さて、次は何にしようかな? よし、コレだ!」
『次は何の魔法なの?』
「ああ、『ツルツル』だよ」
『「ツルツル」……変な名前ね? よく分かんないけど、絶対ロクな魔法じゃないの』
「ふふふ、まあ見ていれば分かるさ」
次にレンリが選んだのは『ツルツル』の魔法。折よくルグが下段に構えて切っ先がガルドの足下を向いたタイミングで発動させると、
「おわっと!?」
いきなりガルドが滑って転んで尻餅をついたではありませんか。
極めて高度なバランス感覚を持つであろう達人が、何もないところでいきなり転ぶなど明らかな異常事態。しかも異常はそれだけで終わりません。
「うおぉぉ!?」
ガルドが転んだ隙に攻撃を仕掛けようとしたルグまでもが、近くに駆け寄った途端に足を滑らせて転んでしまったのです。しかも、そのまま師弟揃って立ち上がろうともがいてはバランスを崩して再び転げる始末。事情を知らない観客はその様子を見て戸惑い半分、残りの半分はお腹を抱えてゲラゲラ笑っています。
「しまった、『ツルツル』は失敗だったか。可能性は感じないこともないけど、まだまだ再調整の余地がありそうだ」
『ねえねえ、結局アレってどんな魔法なの?』
「ああ、付近の地面から『摩擦』の概念を奪い取る効果があるんだ。結果については見ての通りだね。いきなり喰らったら、まず立ってはいられないよ」
残念ながら今度は失敗。
術の効果範囲が広すぎたせいかルグまで巻き込んでしまいました。
「ふっ、技術の進歩には犠牲が付き物なのさ。きっと尊い犠牲になった彼らも本望だろう。さてさて、気を取り直して次は何の魔法にしようか?」
『お姉さんが最悪なのは今更だから別に良いとして、ちょっと楽しそうに見えてきたの。我もやってみていいかしら?』
「ふむ、あえて装置の扱いに不慣れな他人に使わせてみるのも実験のうちか。あれこれ魔法を使ったせいか、私もちょっと疲れてきたし。いいとも、それじゃあウル君やってみたまえ」
『うん! こっちの小さいのを差して魔力を流せばいいのね?』
「そうそう。剣の切っ先から魔法が出るから、ルー君の動きをよく見ながらやるんだよ」
気を取り直して今度はウルが魔法を選んでセットしました。
レンリはこの試合に少なくないお金を賭けてもいるのですが、ついつい研究心が出てしまったのでしょう。加えて、本人も言うように魔力の消耗に伴う疲労もありました。
戦う本人ではなく後方でサポートする人員が魔力の負担する仕組みは、発動タイミングを選べないデメリットを考慮しても、それはそれで有用かもしれません。
『こっちの「火弾」はさっき見たし、「電撃」も前の試合で出したやつね。あっ、この「雑草」っていうのはどういう魔法なの?』
「ああ、それは今は使えないね。元から植物の多い草原とかで、生えてる雑草を急成長させて敵の身体とか武器を絡め取るみたいな感じ」
『なるほど、場所を選ぶやつもあるのね』
魔法の種類によっては場所を選ぶモノもあります。『雑草』だけでなく自然界に存在する川や海や砂地などに干渉するモノは、今回のような試合場で使っても何の効果もありません。
そうでなくとも常に状況が変化する試合展開に合わせて適切な魔法を選択するというのは、それなりの経験やセンスを要するモノなのです。
『こっちもまだ見てない魔法ね。ええと、「ステーキ」に「ビーフシチュー」に「イチゴショート」……これって魔法なの?』
「ああ、食べ物の風味の概念を封じ込めておいて、発動させたらいつでも味を楽しめないかと試してみたやつだね。まあ将来的な可能性は感じないこともないんだけど、いくら使ってもお腹は膨れないし、というか使えば使うほどお腹が空くしで私的にはイマイチだったけど」
発動させたら食べ物の味を楽しめる魔剣。
いくらなんでも斬新すぎて需要は皆無でしょう。そもそも魔剣を購入できるほどの資金があるなら、元の食べ物を何百人前と食べたほうがよっぽど賢いというものです。
『うーん、ヘンテコだけど物は試しね。じゃあ、この「イチゴショート」をセットして、っと』
ウルはルグが剣を振った際の切っ先がガルドのほうを向く瞬間に魔力を流してみました。戦闘中にいきなり口内に甘酸っぱい果実やクリームの味が現れたら、それはそれで混乱して隙ができるかもしれない。そんな軽い考えで実行した作戦でしたが、残念ながら今回ばかりは相手が悪かったようです。
ガリィッ。
試合場に硬質な音が鳴り響きました。
「は?」
その様子を見ていたレンリも他の観客も、戦っているルグですらも、一瞬何が起きたか分かりません。が、全員すぐに事態を把握しました。歯型の形に先端が噛み千切られた剣を見れば嫌でも理解しないわけにはいきません。
ボリボリボリ、と。
まるで堅焼き煎餅でも、いえレンガか石ころでも食べているかのような咀嚼音が一段落すると、ようやくガルドが口を開きました。
「悪ッ、食っちまった! なんか、急にその剣が美味そうに見えてよ」
甘党恐るべし。
ルグやレンリも剣をパンチやキックで叩き折られる可能性は警戒していましたが、まさか噛み砕かれるとは夢にも思っていませんでした。
「ウワーッ、こっちも壊れてる!」
そして概念的に同一である剣が破損したことで、ウルに持たせていた大板もダメージのフィードバックを受けて真っ二つに割れてしまいました。これでは少なくとも準決勝の間に修理するのは不可能でしょう。このあたりの性質にも、まだまだ改良の余地がありそうです。
「くっ、まだだ! ルー君、今こそ隠された真の力的な都合の良いパワーを目覚めさせて、その折れた普通の剣でお師匠さんを倒すんだ! そうじゃないと私のお金が!? 手持ち全部突っ込んだのに!」
『お姉さん、流石にそれは無理があると思うの。それに色んな実験もできたから完全に無駄ってわけじゃないんでしょ? ほら、技術の進歩のために犠牲になるのは本望だって自分でも言ってたの』
「はぁぁ!? そんなの他人がなるうちは良いけど、自分が犠牲になるのは嫌に決まってるだろう!」
『こ、この女……メチャクチャ情けないことを堂々と言い切りやがったの!?』
「ところでウル君、物は相談なんだけど、お小遣いからお金貸してくれない? へへへ、次の決勝で倍にして返すからさぁ」
『一応、まだルグお兄さんの試合終わってないのよ? ちなみに利息は一日一割から検討するの』
レンリは声も涸れんばかりに必死にルグを応援しましたが、元々どこも壊れていない剣を使って、更に魔法でのインチキまで駆使しても勝ち切れないほどの実力差があったのです。そうそう都合の良い逆転劇などあるはずもなし。
「はっはっは、思ったより楽しかったぜ、ルー坊! 俺の身体に傷を付けるたぁ大したもんだ。自慢してもいいぜ?」
「うす……感謝っした」
ガルドはもういくらか様子見をしてルグに残っている引き出しがないと見るや、後に残る怪我をさせない程度の、しかし数分は起き上がれない程度の威力で軽打を繰り出し、その一発であっさり決着。
世に悪の栄えた試し無し。レンリの邪悪な野望はこれにて潰え、前大会の覇者“竜殺し”ガルドが決勝戦へと駒を進めました。




