びっくり! 魔剣の常識・非常識
兎にも角にも試合開始のゴングはもう鳴ってしまいました。
言いたいことは山ほどあるが、ここまで来たらやるしかない。
ルグも腹を括って剣を構えました。
彼がこの大会に臨むに当たって用意した、何かの魔法が込められていたり特別な素材が使われているわけでもない、ごく普通の鉄剣です。
大会で上位を狙うなら最初からレンリに頼んで強力な魔剣を借りる手もありましたが、自己評価低めの彼は元より上位入賞などできるとも思っていませんでした。目的はあくまで腕試し。今の自身の実力を知るために、あえて特別な効果のない普通の武器を選んだのです。
武器屋に並んでいた同じような剣の中から、目利きの勉強の成果を活かしてルグなりになるべく良い物を選んだつもりではありますが、それでも他の剣と大した差があるとも思えません。別にナマクラというわけではないにせよ、特に珍しくもない、どこにでもある普通の剣。
そのはずだったのです。
少なくとも予選が終わる頃までは。
恐らく、この剣が普通ではなくなったのは本戦が始まる直前の昼休憩の間。ルグが席を外してレンリに手入れを頼んだ時でしょう。
あの時はルグも深く考えずに受け入れてしまいましたが、“あの”レンリが純粋な親切心で手助けを申し出たという状況の不審さについて、もう少し疑問を抱くべきでした。
「ふぅ……行きます!」
「おう、いつでも来な」
ルグは「元」普通の剣を右手に構えると、対面に立つガルドに向けて走って間合いを詰めました。最短距離を一直線に行くのではなく、細かい加減速を繰り返しながら左右へのステップを織り交ぜて少しでもタイミングを計りにくいように。
ガルドは武器を持たぬ無手ではありますが、肉体強化の度合いを考えるとその手足の危険度は並の武器など比較対象にすらなりません。まともに激突したら拳の一撃でルグの鉄剣など軽々と砕かれてしまうでしょう。
「もっと速く……!」
手を伸ばせば互いに触れる至近距離で、ルグはいきなりの急加速と方向転換。大きく弧を描いてガルドの背面に回り込もうと試みます。それと同時に、ほとんどスライディングのような姿勢で大きく身体を沈み込ませました。
体格において大きく劣るルグですが、間合いの近い超至近戦においては必ずしも不利とは限りません。人間の目というのは左右の動きには敏感ですが、上下の動きには幾らか対応が遅れる性質があるのです。多少なりとも興奮で視野が狭まりやすい戦闘中ともなれば、その傾向は一段と強まります。
傍から見ると冗談のようですが、ボクシングの試合などでも急にしゃがみ込んだ相手選手を見失って混乱した選手が、その隙に痛烈な打撃を喰らうというのも無い話ではないのです。
ルグの狙いは概ねそのような戦法でした。
小柄を利点へと変えた、なかなかの発想力です。
対するガルドはというと、ルグの狙い通りに姿を見失ってはいませんでした。というか、後ろに回り込まれたというのに未だ振り向く素振りすらありません。
「……?」
想定とは違いますが、相手の視界に捉えられていないのならば同じこと。ルグは予定通りに深く身を沈めた姿勢から、まるでアッパーカットのような急角度の突き上げを放ち……。
「よっと」
「な、なっ!?」
ガルドは後ろを振り向くことすらなく腕だけを背中側に回し、剣の切っ先を親指と人差し指で摘まんでピタリと止めてしまったのです。
まるで万力に挟まれたような凄まじい力でした。
ルグは全身の力を込めて剣を押し込んでいるというのに、ピクリとも動く様子がありません。逆に、体重をかけて下に向けて引こうとしても同様。ルグの全筋力よりもガルドの指二本分のほうが、圧倒的にパワーで勝っているということなのでしょう。
いえ、それよりも真に驚くべきは後ろを見ることすらなく剣の軌道を完璧に見切っていた点でしょうか。なにしろほんの数ミリでも見切り損なっていたら、指が切り落とされていても不思議ではないのです。
僅かな音や地面の振動、空気の揺れ方、魔力や殺気。それだけの情報があれば視覚に頼る必要すらないという、まさしく達人の絶技に他なりません。
「ガタイの差を活かしたのは悪くないアイデアだったぜ。ただ相手によってはこんな風に効かない場合もあるから使う相手には注意しとけよ」
ガルドからの追撃はありません。
それどころか親切にもアドバイスを送る始末。
実力差があるのはルグも当然分かっていましたが、これでは戦いとして成立してすらいない。奇襲・奇策に頼ってこの結果なら、真っ向勝負を挑んだら更に実力差を思い知らされるだけでしょう。
一度も殴られも蹴られもせずとも、ただその実力差だけで相手の心を折るに余りある圧倒的な強さ。たしかに、これではガルド自身も言っていたように、ここまでの大会はさぞかし退屈だったことでしょう。ルグも、このまま師匠を退屈させるだけで終わってしまうのか?
「おっと、剣を掴んだままだったな。ほれ、返してや……んん?」
否。
ルグだけでは確かに満足させることは難しいでしょう。
ですが、彼は彼一人で戦っているのではありません。
本人が望んでそうなったわけではないにせよ。
「おわっ!? 熱っちぃ!」
「んなっ!?」
突然、ガルドが摘まんでいた剣の切っ先から人の頭くらい大きな火球が飛び出しました。なにしろその切っ先を指で挟んでいたのだから、これには流石の達人も堪りません。顔面狙いの火球は咄嗟に頭を振って避けたものの、火傷した指を熱そうにフーフー吹いて冷ましています。
「へえ、魔剣ってやつか。火が出るたぁ野営の時に便利そうだな」
「いや、その、俺は普通の剣を持ってきたつもりなんだけど、何か手違いがあったみたいで……」
ルグとしては申し訳ない気持ちだったのですが、指先の軽い火傷とはいえ今大会で初めてのダメージを負ったガルドは、予想外の隠し玉を披露してくれた弟子にむしろ好印象を持ったようです。
「ははっ、いいな。楽しくなってきた」
「そっすか。そりゃ何よりで……」
今の会話の間に間合いを取ったルグは、取り戻した剣を構えて魔剣を使う時の要領で魔力を込めてみました。しかし、剣から先程のような火の玉が発射される様子は皆無。やはり、ごく普通の鉄剣としか思えないのです。
本当は魔法が込められた魔剣なのに、魔法の燃料となる魔力が尽きたせいで発動しないだけというわけでもありません。魔力切れの状態はトレーニングに熱が入り過ぎてしまった日などにルグも幾度か経験がありますが、もしゼロになれば体力が尽きたのと同じように疲労困憊でまともに動けなくなってしまいます。そうなっていれば流石に気付かないはずがありません。
思えば、これまでの試合でも似たような現象が起きていました。
普通の剣のはずが、剣を持つルグ自身も予期せぬタイミングでいきなり魔法が飛び出て逆転の糸口となるのです。出てくる魔法は今さっきの火の玉だけでなく、電撃で感電させたり、真空の刃で間合いの外にいる相手を切り裂いたりと試合ごとに違いましたが、考えてみればこれもおかしい。
ルグも決して詳しいわけではありませんが、これまでレンリの実験に付き合わされて何十種類と魔剣のモニターを務めてきたのです。人並み程度の知識はあります。
レンリの手でよく似た別の剣にすり替えられたにせよ、元々の剣に何らかの細工をされたにせよ、魔剣に込められる魔法というのは普通は一種類。実用性を度外視するならもっと多くもできますが、現実的には多くても二種類かせいぜい三種類が限界でしょう。
魔剣の仕組みというのは意外にシンプルです。
剣に刻まれた魔法が込められた魔力に反応して発動する。
武器以外の多くの魔法道具と同じ仕組みですが、その性質ゆえに魔力を込めた際には刻まれた魔法が全部一斉に発動してしまうのです。何種類もの中から一種類だけ使うなどという都合のよい使い方は基本的にできません。
以下、余談。
「基本的に」の例外。ある種の裏技として刀身と柄と鞘など異なる部位にそれぞれ違う魔法を刻むなどすれば使い分けも完全に不可能というわけではありませんが、一瞬の判断が生死を分ける斬り合いの最中に咄嗟の使い分けができるかというと、コレもイマイチ現実的ではない。
また知能の高い魔物や人間相手だと、剣のどのパーツに触れたらどの魔法が出るかを知られたらかえって動きを読まれやすくなるため、アイデアとしてはとっくに廃れた形です。余談、終了。
もし大会の観客に魔剣に詳しい者がいたら、ルグは高価な魔剣を何本も持ち込んで試合ごとに使い分けている。もしくは剣の効果ではなく、彼自身が何種類もの魔法を操る魔法剣士であるかのように見えていたはず。「はず」というか、そうした誤解がルグの評価を過大に上げる一因になっているわけですが。
数多くの魔法が込められていれば自然と魔力の消耗も増えていきますし、そうでなくとも例えば炎と氷など相性の悪い魔法を同時に発動させたら、わざわざ倍の魔力を使ってぬるま湯が出るだけという残念な結果になることでしょう。
複数の魔法を込めるとしたら、攻撃用の魔法を一つプラス剣の頑強さを上げたり思考速度の強化など、それぞれの効果が食い合わない好相性の組み合わせを考慮する必要があります。
それでも魔力消費の増大という難問はどうにもなりませんし、どれか一つの効果だけが欲しいタイミングで他の魔法まで一緒に発動してしまうのは絶対に避けられません。そう、避けられないはずなのです。
にも関わらず、その常識に反する現象が起きている。
考えられるとすれば未知の新技術。
あれでも一応、概念魔法の第一人者であるレンリならあり得ないとも言い切れません。
もし単一の物品に複数込めた魔法を自在に使い分けられるとしたら、魔剣のみならず魔法道具全般にとって革命的な技術です。既存の各種装置の小型化や生産コストの減少に伴う大量生産化など、社会全体に与える影響は計り知れません。開発者は偉人として世界の歴史に名前を遺すことでしょう。間違ってもセコい八百長紛いのために使われていいような技術ではないはずなのですが……。
「マジで何なんだアイツは……」
実際、セコい八百長紛いに使われている。しかも無断でその片棒を担がされているのだからルグとしては堪ったものではありません。とはいえ、その「応援」なくして師匠に太刀打ちできそうにないのもまた事実。なんとも悩ましいところでありました。




