広義の絆とか友情とか大体そういう感じのアレ
過程はどうあれ約束通りに本戦の舞台で対峙したルグとガルド。
それも一回戦や二回戦ではなく、あと二回勝てば優勝の準決勝という大舞台。弟子の思わぬ活躍ぶりに、ガルドはすっかり上機嫌です。
「はっはぁ、やるじゃねぇかルー坊よ! さっき会った時は不覚にもお前さんがこんだけ腕を上げてるたぁ気付かなかったぜ」
「あー……いや、その、どもッス」
けれども、対するルグは何とも歯切れの悪い受け答えをするばかり。
ここまでほとんど無傷で勝ち進んできたという結果だけを見れば、それこそガルドやシモンにも比肩する戦績と言っても過言ではないのですが、自信など欠片もなさそうです。
今の自分の実力で、こんなところまで残れるはずがない。
なのに何故だか残ってしまったが故の場違い感や、他の選手に対する申し訳なさをヒシヒシと感じている。ルグの心境としてはそんなところでしょう。
たまたま運良く弱い相手とだけ当たった?
いいえ、ここまでの相手は四千人近くの中から本戦に残っただけあって、いずれも一定以上の実力は備えています。それについてはルグも一緒ですが、その上でなお本戦出場者の実力はピンキリ。
ピンキリの下側であるという自覚があるルグにとっては、程度の差こそあれここまでの四試合の相手はいずれも今の彼より格上だったと断言できました。
精鋭だけを集めた特殊部隊に属する他国の軍人。
過去、強大な魔物を幾度となく仕留めてきた冒険者。
ルグでも名前を聞いたことがある有名な格闘流派の師範代。
重厚な全身鎧で守りを固めつつ攻撃魔法を連射するヘビー級魔法使い。
流石にシモンやガルドや四天王の二人に比べたら見劣りするものの、いずれも一流の使い手ばかり。世間的にもそれなり以上に名前が知られた猛者揃いです。
まあ、何故だか格下のルグに全員負けてしまったわけですが。
負けた選手も、観客も、何よりも当の勝者であるルグとしても「何故か」としか言いようがありません。彼の子供のような外見で侮って無意識のうちに油断した、あるいはなるべく怪我をさせないようこれまた無意識に慮ってしまい実力を発揮できなかった……なんて理屈を捏ねて納得させようとしても、流石にそれが四回戦も続くと考えるのは無理がありすぎます。
最初は運良く勝利を掴んだラッキーボーイ扱いしていた観客も、次第にそれがルグの実力なのではと思い始め、準決勝の今となっては小さい身体で何人もの強敵を撃破してきた稀代の天才少年との呼び声も高くなっていました。
一勝するごとにファンの数もどんどんと増えています。当の本人としては、そんな風に大勢から大袈裟に褒められても恐縮するばかりで嬉しくも何ともないわけですが。
「……はぁ、何でこんなことに」
いくら溜息を吐いても理由はルグにも分からない……いえ、正確には限りなく怪しいと思える容疑者の心当たりはあるのですが、その人物がどんな風に悪さをしているのかが分からない。
これでは問い詰めても白を切られれば、それで終わり。
そもそも試合直前の今となっては問い詰めに行く時間など最早ないわけですけれど。ルグはせめてもの抵抗として、観客席にいる最有力容疑者に憎々しげな目を向けました。
◆◆◆
「おや、ルー君がこっちを見ているよ? どれ、手でも振ってあげようか」
その容疑者は――まあレンリなのですが――いくら睨みつけられてもまるで堪えた様子がありません。それはもちろん睨まれる心当たりがないからではなく、思いっきり心当たりがあった上で一抹の罪悪感も持っていないだけなのですが。
「い、いいの……かなぁ?」
「ははは、そう何度も心配せずとも大丈夫さルカ君。なにしろ審判なり運営なりが立証できない反則は反則ではないからね」
何ひとつ大丈夫ではなさそうな答えが返ってきました。
もっとも、仮にルグの大躍進の仕掛けが誰かに見破られて明るみに出たとして、それが今大会のルールに抵触するかというと微妙なところ。少なくとも即座にアウトと断言するのは運営スタッフでも難しいでしょう。
レンリが昼休憩の間にルグの剣に施した仕掛けは、そういった黒寄りのグレーゾーンギリギリを攻める類のものでした。はっきりアウトと断言できないのなら、ルカなどは口の上手いレンリに簡単に丸め込まれてしまいます。
「それに、ほら。ルカ君だってルー君が色んな人から褒められて喜んでいたろう?」
「それは……嬉しい、けど……えへ」
今も耳を澄ませれば、周囲の観客席からルグへの期待を込めた声が次々と聞こえてきます。
曰く、小さい身体で頑張る姿に好感が持てる。
曰く、すごい才能を持った天才少年だ。
曰く、きっと将来は素晴らしい剣士として大成するに違いない。
これらはほんの一例です。
ルグがこれだけ多くの人々から称賛されるのは初めてのことです。
当の本人は能天気に喜べるような心境ではないのですが、彼を愛するルカとしては正直悪い気分ではありません。いえ、悪くないどころか相当にゴキゲンでした。
「えへへ……ルグくん、大人気」
そんな風にルグを高く評価する声が聞こえてくると、普段からの彼の頑張りを誰よりも知るルカとしては、嬉しさのあまりついつい顔がニヤけてしまいます。
また、時には一部の女性客からはこんな声も。
曰く、あの子意外と可愛くない?
曰く、だよね。結構タイプかも。
曰く、大会が終わったら逆ナンでも行っちゃう?
曰く、お姉さん達がオトナの遊びを教えてあげちゃったり?
「そ、そういうのは……ダメっ」
「ふふふ、ルカ君や。怖いから急に椅子の手すりを握り潰すのはやめてくれたまえ」
ルグに好意的でさえあれば何でも良いというわけではないようですが、大会後にルカがべったり張り付いてガードしていれば、悪い虫が寄ってくるようなことはないでしょう。
「おっと、そろそろ始まるみたいだね。お遣いを頼んだウル君達は……と、ちょうど戻ってくるところみたいだ。よしよし、賭けの締切には間に合ったみたいだね。ここまでルー君に賭けて随分と稼がせてもらったからね。ここで今までの儲けを全部突っ込んで更に増やして、で、決勝はまあ流石にシモン君が鉄板だろうからそっちに賭けて、と。ふふふ、我ながら完璧なプランだよ」
「で、でも……次の相手は、ルグくんの……お師匠さま、だって……レンリちゃん、本当に大丈夫?」
「ああ、例の“竜殺し”さんかい。大して冒険者の世界に詳しくない私でも知ってた有名人だし、強いのは間違いないんだろうけどね。ま、多分大丈夫でしょ? 私の計算によればルー君が99%勝つはずさ!」
その数字を聞いたルカはパーセンテージの高さとは裏腹に何故だか無性に不安になってきましたが、すでにお金を賭けてしまった以上は引き返すこともできません。
「おっと、そろそろ始まるみたいだ」
カバンの中から何やら怪しげな道具を取り出したレンリは、それを手元に構えて「応援」の準備は万事完了。あとは試合経過を見ながら適切なタイミングで「応援」をすれば、これまでの試合と同じくルグの勝利は揺るがぬものとなるはずです。
「大丈夫、私達が力を合わせればきっと勝てるさ。さあ我々の、ええと……広義の絆とか友情とか大体そういう感じのアレの力を見せてやろうじゃあないか!」
極めてフワッとした物言いでレンリが気合を入れたところで、いよいよ試合開始のゴングが鳴らされました。




