本命とダークホース
試合後、闘技場の医務室にて。
「がっはっは、いやぁ負けた負けた!」
「我々二人を続けて倒すとは、いやはや、まったく大したものです。ふふ、将来有望な若者を見ると嬉しくなってきますねぇ」
ヘンドリックとガルガリオン、魔王軍四天王の二人が元気そうに談笑していました。
前者はともかく後者は自爆技によって瀕死の重傷を負ったはずなのですが、すでにピンピンしています。この回復力なら大会が終わる頃には自分の足で帰れるようになっていることでしょう。
そう、先程の準決勝は結局シモンの勝利に終わりました。
大量の血で相手の跳躍を誘うガルガリオンの発想は見事なものでした。直後に放った全力の拳も、まともに効力を発揮していたら言葉通りに人間が宇宙の彼方まで吹き飛ぶほどの威力があったわけですが、シモンには伏せていた手札がまだ残っていたのです。
ギリギリのタイミングでしたが手にした剣で下方から迫る巨拳を受け止め、魔剣に秘められた能力によって衝撃力を魔力に変換。殴ったガルガリオンも、本来あるべき手応えのなさに強い違和感を覚えたはずです。
観客の目からは、高く跳躍したシモンを殴ろうとするも拳がどうにか届いて軽く触れたところで力尽きて本来の威力が出せなかった……かのように見えたはずです。
そうして拳の威力をスカされた直後に、極度の貧血で立っていられなくなったガルガリオンが倒れて決着。真相に気付いている者は会場内にもほとんどいませんが、最終的には愛剣の能力を最後の最後まで隠していたシモンの我慢強さの勝利といったところでしょうか。
「それにしても運が良かったですねぇ。こちらの親切なお嬢さんが血を確保しておいてくれなかったら、アナタ完全に死んでましたよ?」
「はっはっは、つい熱くなりすぎちまってな! ま、喧嘩やってりゃそういうこともあらぁ」
「生き死にはともかくとして、私としては会場中の皆さんの血まみれになった服の弁償代とクリーニング代を魔界の予算から出さずに済みそうでホッとしましたよ」
「お、おお、そいつは確かに怖ぇな……責任取って減給とか言われてたらウチの女房に小遣いを減らされるところだったぜ。いやぁ、ありがとな親切な嬢ちゃん!」
と、ここまで黙って二人の会話を聞いていた「親切なお嬢さん」、改めヒナが呆れと怒りを込めながら口を開きました。
『バカじゃないの! バッカじゃないの!?』
よほど頭に来たのでしょう。
二回も繰り返して強調しています。
会場内が血の大津波に呑まれかけた瞬間、咄嗟にヒナが『液体操作』の能力を駆使していなければ、ヘンドリックの言ったように観客全員が血まみれの大惨事になっていたに違いありません。
そうなっていたら服が汚れるどころか、観客が波に押し流されたり逃れようとする中で大パニックが発生して怪我人が続出するのもほぼ確実。そうなればもう大会どころではなかったでしょう。
そして、こうして話している今もヒナが継続しているのですが、大量の血液を清潔なまま確保してビーチボールくらいのサイズに圧縮。ガルガリオンに輸血していなかったら、いくら並外れた回復力があるとはいえ間違いなく彼の命は尽きていたはずです。
当の本人はそれでも楽しい喧嘩ができたと満足して、最期の瞬間まで後悔なくガハハと笑っていそうですが、後始末をする周りとしてはたまったものではありません。
『はぁ、部下の人達がこれじゃあ魔王様やアリス様も大変ね……』
能天気な言動に強く呆れながらも、なんだかんだと優しくて人の好い彼女には輸血を途中で放り出して医務室を後にするという発想はないようです。ヒナはもう何度目になるか分からない溜息を吐きました。
◆◆◆
医務室でそんな微笑ましいやり取りが繰り広げられていた頃。
ちょうど準決勝の二試合目が始まろうとしていました。この試合を制した選手が、先に決勝進出を決めたシモンと戦うことになります。
「おーおー、ずいぶん盛り上がってんじゃねえか! シモンの坊主とガルの旦那がよっぽど場を温めてくれたみてぇだな」
入場口から選手が姿を現しただけで大きな歓声が飛びました。
準決勝に駒を進めた選手の一人は、前大会の覇者にして今大会の大本命でもある“竜殺し”ガルド。他の優勝候補と見なされた選手の悉くがトーナメント表の逆サイドに割り振られたおかげもあって、ここまで傷ひとつ負うことすらなく圧倒的な強さで勝ち進んできました。本人的には退屈な試合ばかりで面白くなかったようですが。
「いやぁ、師匠孝行な弟子を持って嬉しい限りってなもんだ」
しかし、この準決勝では退屈しないで済みそうです。
“軽い気持ちでした約束をまさか本当に守ってくれるとは”
そんな嬉しさと期待感で踊り出したくなるような気分でした。
「……はぁ」
そして、いよいよもう一人の選手の登場です。
こちらはガルドとは対照的に世間的にはほとんど無名。
以前、学都で開かれたとある武術大会でそれなりの好成績を残したことはありますが、率直に言って知名度には雲泥の差があるでしょう。
知名度ばかりでなく体格でも経験でも魔力でも、本戦に出場した選手の中では恐らく最下位グループ。事実、今大会において行われている賭博での彼の倍率はいずれも大穴同然でした。
しかし、彼は幾度もその予想を引っくり返してきたのです。
体格や経験で明らかに勝る相手に勝利を収める。一度だけならマグレや相手の不調もあり得るかもしれませんが、この準決勝に上り詰めるまでにすでに四度。マグレが四度も繰り返されることなどあるだろうか……否! 断じて否!
この大会はそんなに甘い内容ではありません。
ならば、その勝利はもはや必然。
果たして五度目の格上喰いなるか?
今大会のダークホースとして、急激に注目度を上げてきた彼は……。
「はぁ……俺、なんでここにいるんだ?」
ルグは今にも逃げ出しくなるような場違い感を必死に耐え、大きな溜息を幾度も吐きながら死んだような目をして舞台上に姿を現しました。




