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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十四章『神様旅行記』

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ジャイアント・ブラッドウェーブ


 重い。

 拳が重い。

 爪先が、膝が、肩が、肘が。

 その何もかもが重く、そしてデカい。



「どうだい、ガードの上からでも効くだろう?」


「うむ、ただでさえ異様に重いというのに実際の威力以上によく響く。内臓を掻き回されているような気分だ……」



 ガルガリオンの連撃は、着実にシモンにダメージを蓄積させつつありました。不意に拡大・縮小する巨人ならではの肉体操作と、その性質を最大限に活かす卓越した体術により、技の間合いを見切るのが極めて困難。


 その上で叩きつけられる「面」の打撃。

 通常の格闘技であれば「点」、あるいは「線」の軌道を描くはずの技のことごとくが、インパクトの瞬間に接触部位を巨大化することで身体全体を叩く「面」の技と化しているのです。

 単に回避が困難になり増大した重さで威力が増すだけにとどまらず、衝撃が逃げ場を失って身体の内部にまで衝撃が響く。いわゆる鎧通しや浸透勁にも似た効力を発揮して、肉体の内外から度重なるダメージを与えていました。



 巨人拳法、恐るべし。

 とはいえ、シモンがこのまま易々と押し負けるはずもありません。



「これは出し惜しみをする余裕はなさそうだ。できれば決勝まで温存しておきたかったが」


「おう、遠慮は要らねぇから必殺技でも反則でも、やれることはどんどん出しな! 手加減なんかしやがったらぶっ飛ばす……おっと、どっちにしろぶっ飛ばすのには違いねぇんだったわ! ガッハッハ!」


「うむ、では遠慮なく」



 その時、奇妙なことが起こりました。

 シモンが剣を抜くと同時にガルガリオンがキョロキョロと辺りを見渡し始めたのです。

 しかし観客達の目にはシモンは一歩も動いていないように見えます。常人の目では見えない高速で動いているわけでもない、ただの棒立ち。そのままシモンはゆっくり歩いて悠々とガルガリオンの背中側に回り込むと、



「まずは一撃、お返しだ」


「ぐおっ!?」



 軽く跳んで、無防備な後頭部に強烈な回し蹴りを叩き込みました。

 蹴りには上から下に叩きつける角度が付いていたためか、ガルガリオンの頭部は勢いよく地面に突き刺さるように衝突。頭部が石舞台に埋まっても勢いは止まらず、そのまま三メートルの巨体がごろんごろんと転がっていきます。


 常人なら確実に頭が潰れて即死する威力。

 この大会に出ている選手でも喰らって意識を保てるものは限られるでしょう。



「よっ、と。なんだ兄ちゃん、やれば出来るじゃねぇか」



 流石にガルガリオンの耐久力を超えるほどではなかったようですが。

 しかし今の攻撃の肝は蹴りの威力などではありません。

 最後の蹴りに至るまでの動作はいずれもゆったりとした緩やかなもの。それは観客も目撃しています。だというのに、攻撃を喰らう瞬間までガルガリオンはシモンの行方を見失ったかのような姿を見せていました。


 いえ、見失ったかのような、ではなく実際に見失っていたわけですが。

 多くの観客にとっては謎めいた光景に思えたでしょうが、シモンの使う技を知る友人達にはすぐ仕組みが分かったことでしょう。仕組みが分かっても対処できるかは別問題ですが。



「貴殿の『視線』を斬らせてもらったぞ。正確には音や気配も含めた知覚全般だが。無防備なところを蹴られるのはなかなか効くだろう?」


「仕組みはさっぱり分からねぇが要はアレだろ、透明人間? 魔界にもそういう技使う奴いるぜ。ここまで隠れられる奴は初めてだけどよ」


「いや透明化とは違うのだが……まあ、主観的には似たようなものか」



 可視光線を操作して透明になったり、空気の振動を制御して物音を消したり、そういった魔法とはまるで仕組みが違うのですが、シモンも言っているように主観的には透明人間と似たようなものです。あえて今この場で違いを詳しく説明する必要もないでしょう。



「では、続きといくか」


「おう、どんどん来な!」



 シモンは再び『視線』を斬ってガルガリオンの意識から逃れます。そして今度からが本番とばかりに、手足を用いた打撃ではなく剣による斬撃を。腕に、足に、胴に、次々と斬りつけていきます。


 ガルガリオンの皮膚のあちこちから出血し、石舞台があっという間に赤く染まっていきました。極太の金属ワイヤーを凝縮して束ねたような質感の筋肉は易々と斬れませんが、皮膚へのダメージだけでもこれだけ積み重なれば失血による意識喪失も間近のはず。



「おっ、その辺にいるみてぇだな? オラァ!」



 しかしガルガリオンは自らの負傷もまるで意に介すことなく、むしろダメージを受けた瞬間は確実にそこにいるはずと考えてか、勘に任せて拳足を繰り出してきます。

 それも一度ならず二度三度。

 更に十度も二十度と繰り返し。

 シモン本人、そしてシモンの姿が見えている観客からすれば、当てずっぽうの攻撃が大きく外れて空を切るのがよく見えました。


 直撃すれば一発逆転もあり得る大振りばかり。

 素人目には危うくヒヤリとする場面もあったものの、威力重視で隙の大きい技ばかりなら回避するのはかえって容易くありがたい、などと……そう考えていた時期がシモンにもありました。


 ばしゃり、と。


 深い水溜まりを踏んだような音にシモンが気付いた時にはもう遅い。



「へっへっへ、そろそろ逆転と行かせてもらうぜ」


「なっ!?」



 ガルガリオンは、その血を踏んだ音によってシモンの居場所を捕捉した……わけではありません。シモンは先程本人も言っていたように『視線』以外にも自身が発する『音』も斬って知覚できないようにしています。


 そもそもガルガリオンは、まだシモンの位置を把握してすらいません。正確には、これからやろうとしている無茶には相手の居場所を把握する必要すらないのです。


 いつのまにやら、二人の足下にはまるで血の池のような大量の血溜まり。

 比喩ではなく、本当に大きめの池の貯水量に匹敵するでしょう。

 いくらなんでも出血量が多すぎる。三メートルもの巨体とはいえ、バスタブ何十杯分も出血していたらとっくに失血死していても不思議はない。そうなっていないということは、つまり……。



「まさか……『血』も巨大化できるのか!?」


「巨大化っつーか、液体だから増加っつーか、まあ細かい理屈は自分でも分からねぇけどよ、『血』だって身体の一部には違いねぇだろ?」



 シモンの言葉は聞こえていないはずですが、それでも相手が今何を言いたいかは聞くまでもなく想像が付いたのでしょう。



「さあ、なんとかしないと溺れちまうぜ?」



 瞬間、ガルガリオンの全身に刻まれた傷から更に大量の血液が噴出しました。

 最大で数千メートル級にもなる巨体を動かすに足る膨大な血液量。肉体そのものの大きさは三メートルのまま、血液量だけを最大サイズ相当にしたのです。

  

 当然、ガルガリオン自身もただで済むはずがありません。

 いくら魔力で肉体を頑強にしているとはいえ、下手をすれば全身の内臓や血管が残らず破裂して死んでも不思議はない。奇跡的に耐え切ったとしても、もう戦いの続行が不可能なほどのダメージを負うのは確実です。



「なんと無茶苦茶な……!?」



 そのリスクを承知してでも彼が血液を増大させた理由。

 舞台上のあらゆる物体を押し流す血液の大津波が、シモンの身に迫りつつありました。確かに、これならば相手がどこにいようが関係ありません。確実に場外まで押し流してしまえるでしょう。



「くっ!」



 ただし、あくまで地上にいたままであれば、ですが。

 血の津波が勢いを失うまで空中でやり過ごせば、もはや勝負は決したも同然。

 少なくない血の雨を浴びつつも咄嗟に高く跳んだシモンは……そこで自らが罠に誘い込まれたことを悟りました。



「ははっ、見ィィつけた!」



 眼下にはガルガリオンが最後にして最大の力を込めているであろう拳撃を、頭上のシモンに向けて今まさに放とうとする姿が。血の津波は跳躍を誘うための罠。跳躍に伴う大量の血しぶきを目で追えば、いくらシモン自身への『視線』を斬ろうが関係なくおおよその位置は把握できます。彼の巨大化する拳であれば、万が一にも打ち損なうことはないでしょう。



「宇宙まで飛んできなッ!」



 その言葉通り、まともに直撃すれば人間など宇宙空間まで吹き飛ばされてしまいそうな巨拳が、空中のシモンを捉えました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 反則技でも~ それだと愉しい時間は直ぐ終わるぞ? まあ、魔王軍だからヒールなのは仕方ないよ! [気になる点] お空に飛ばされたシモン 地上に戻ることも出来ずに彼は考えるのを辞め感じる事にし…
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