シモンvs巨人拳法
で、あっという間に準決勝。
次なるシモンのお相手は、またもや魔王軍四天王が一角、巨人闘士ガルガリオン。準々決勝で当たったヘンドリック曰く「自分よりも強い」とのことでしたが……。
「おう、兄ちゃん! リックの奴に勝つとはやるじゃねぇか! いやぁ、こっちにも面白ぇ奴がいるもんだ」
「過分な評価、痛み入る。貴殿の戦いぶりも見事であったな」
準決勝の開始直前。
戦いの場となる石舞台の上で、十メートルほど離れた位置で両者は向き合いました。当初、ガルガリオンはヘンドリック相手の四天王対決を予想していたらしいのですが、その予想を見事に裏切ってくれたシモンには随分と期待している様子。
「ここまでも、まあ楽しいっちゃ楽しかったんだけどよ。俺と思いっきりやり合えるくらいの奴はなかなかいなくってなぁ……」
予選でも本戦でも、ここまでのガルガリオンの戦いぶりはまさに圧倒的。
なにしろ巨大な戦艦を軽々と掴んで持ち上げるほどの巨大さ、力強さがあるのです。剣でも槍でも、大砲でも魔法でも、大抵の攻撃は皮膚の表面を軽く撫でられた程度にしか感じません。
そのパワーとタフネスに物を言わせて一方的に対戦相手を蹂躙するのも、それはそれで楽しくないわけではないのですが、こうも同じ展開ばかりが連続すると些か退屈にもなってくるもの。ここにきてようやく勝ち負けを競う「勝負」が成立しそうなシモンと当たって昂ぶっているのでしょう。
「とはいえ、この闘技場は貴殿には少々狭すぎるのでは?」
「うん? ま、そりゃそうなんだが」
しかし互いが全力を出し得るほどの敵同士となると、この大会はガルガリオンに不利にも思えます。具体的には、彼らが今いる石舞台の広さが彼にとっては狭すぎるのです。
縦横百メートル四方に高さが一メートル。
普通の格闘試合のリングに比べたらあまりにも広すぎる、間合いの広い武器や魔法戦闘などに不便がないよう定められた舞台ですが、それでもなおガルガリオンにとっては狭すぎます。
最大サイズにまでなると軽く千メートル以上。
そこらの山より大きくなれるのは途轍もない強みですが、この大会でそれをやったら一瞬で場外負けです。場外に足を踏み外すことなく、なおかつ多少の身動きを可能とすることを考えたら、恐らくは最大サイズの一割以下にまで巨大化が制限されてしまうでしょう。
準々決勝まではそれでも一方的に勝利を収めてきたとはいえ、ここから先はそうも言っていられないはず。シモンとしても相手がルールに足を引っ張られて、自分だけが有利となるのは心苦しいものがありました。
「大丈夫だっての。むしろ運が悪かった……いいや、運が良かったな兄ちゃんよ。かえって面白いモンが見られるかもしれねぇぜ? これまでの連中だと、うっかり死なせちまうかもしれねぇから自重してたんだけどよ」
「ほう?」
しかし、ガルガリオンに一切の焦りはありません。
シモンの実力を侮っているわけではなく、強さの方向性こそ違えど己と同格のヘンドリックを倒した強者だと認識し、十分以上に評価してなお。
「見せてやるぜ……巨人拳法!」
直後に試合開始を告げるゴングが鳴り、準決勝が始まりました。
◆◆◆
巨人拳法。
そう言い放ったガルガリオンは、自らの素の大きさである三メートルほどの状態のまま、両足を前後に大きく開き両手を胸の前に構えました。
手の形は五指を緩く曲げた形。
打撃にも掴みにも即座に移行できそうです。
前足の爪先側に重心を置いている立ち姿からするに、積極的に前に出る攻めの型である……までは、武の心得がある者であればさして苦労することもなく読み取れるでしょう。
対するシモンはまだ剣を抜かず、全身を脱力させて足を肩幅ほどに広げた立ち姿。一見すると無防備そのものですが、五体を徹底的にリラックスさせきっているからこそ、如何なる予想外の奇襲にも素早く対応できるはず。まずは受けに回って相手の手の内を観察するつもりのようです。
「さて、兄ちゃん……頼むから、いきなり終わってくれるなよ?」
「善処しよう」
言うや否や、ガルガリオンは前方に踏み込みました。いくら最小サイズとはいえ、それでも三メートルもの巨体。彼我の距離は一瞬で詰められます。
そして必殺の間合いから繰り出される、ゆるり、とした右の裏拳。
体格差ゆえ、斜め上から打ち下ろす形になった妙に遅い拳。シモンはその遅さに疑問を覚えつつも、最低限の回避でやり過ごした後に反撃に転じようと……。
「っ……く」
「お、随分デカめに避けたな。勘は悪くなさそうだ」
ギリギリで避けようとした直前、嫌な予感がしたシモンは全力で後方に跳び退きました。その視線の先では裏拳を振り終えたガルガリオンが、再び胸の前で両手を構えています。
「次はそうだな、コイツにしよう」
そう言うと、ガルガリオンは右手の人差し指を一本立てました。
シモンにも観客にも、その指の意図するものが何なのかすぐには分かりませんでした……が、何のことはありません。その意味は極めてシンプル。
人差し指一本貫手。
伸ばした人差し指で突きを放つだけ。
常人が真似したら間違いなく自分の指を折るだけの自爆技ですが、長年に渡り部位鍛錬を繰り返してきた武術家であれば、その指は鉄板に穴を穿ち、人間の皮膚や筋肉を容易く貫く威力があります。
しかし、いくら威力があろうとも本来は複雑な攻防の最中に隙を見出して使うべき技。こんな風にこれ見よがしに今からこの指で突くぞと言われても、まずマトモに当たることはない。普通なら嘘を疑うところでしょう。
「じゃあ、行くぜ」
ですが、ガルガリオンはのんびりと散歩でもするように間合いを詰めると、フェイントも何もなしに馬鹿正直に伸ばした指をシモンに向けて――――。
壁、が。
巨大な壁が高速で迫ってくる。
シモンが突き出された人差し指に感じた印象はそういったものでした。
「重ッッ……も!?」
そして次に感じたのは異様な重さ。
途轍もなく重く、そして太い衝撃。身体のどこかの部位ではなく、しいて言うならば身体の前半分に満遍なく。凄まじく重く、太く、広い、そんな威力を叩きつけられたのを感じました。
常日頃から高重力でのトレーニングを己に課しているシモンでさえも、力で抗うことはまず不可能。気付いた時にはもう何が起こったのかも分からぬまま、地面と平行に勢いよく吹っ飛んでいました。このままでは観客席に飛び込んでシモンの場外負けとなるところでしたが、
「ぐ、ぬ……」
「おっ、器用だな兄ちゃん」
なんとか観客席の直前で重力操作を発動させて、そのまま地に足を着けることなく石舞台へと舞い戻りました。なんとか場外負けだけは避けられましたが、その前の人差し指から受けたダメージは残っています。
衝撃の寸前に感じた壁のようなイメージ。
そして何より、この全身を襲う鈍痛。
あの一撃の重さには並々ならぬものがありました。
単なる怪力とも、速さを威力に変換する類の打撃ともまた違う。
思えば、その直前の足運びにも微妙な違和感がありました。本来のシモンであれば後方に自ら跳ぶなり脱力で受け流すなりできたはずですが、そのタイミングを計りかねてモロに喰らってしまったような……。
「なるほどな、そういう仕組みか……」
「気付いたみてぇだな。ま、別に隠してるわけじゃないんだが」
考えてみれば、さして難しい仕組みでもありません。
インパクトの瞬間にだけ、突き込んだ指だけを巨大化する。
本来は「点」の打撃である一本貫手が、全身をくまなく叩く「面」の攻撃となるほどです。
攻撃と変化を完了するまでに要する時間はまばたき一回の半分にも満たぬゆえ、よほど目が良い者以外は観察していても何がどうなったのかも分からないでしょうが、恐らく衝突の瞬間の指のサイズは列車の車両数台分ほどにもなっていたはずです。
例えるなら、最高速度にまで加速した鉄道の正面衝突。もっとも重さについては中身が隙間なく詰まっている分だけ列車の何倍にもなるのでしょうが。
また、それより前の足運びについても類似の仕組みが働いています。
ただ無造作に歩いているように見えて、ほんの数ミリから数センチ程度、大腿から下腿にかけての一部だけをランダムに拡大・縮小して歩幅を誤認させていたのでしょう。
これでは技の間合いを測ることは極めて困難。特に多くの経験と才能に恵まれた熟練者にこそ効果的なはず。ミリ単位の精密な見切りを可能とし、ギリギリでの回避に長けた達人だからこそ、普通は変わらない足の長さに騙されて彼我の距離を見誤るという寸法です。
無論、これらは膨大な技術体系の一端にしか過ぎません。
肉体を自由に拡大・縮小できるという巨人の性質を極めて効率的に活用する。それ故に巨人拳法。これに比べたら、ただ巨体に物を言わせただけの力押しのなんとお優しいことか。
「ははっ」
巨人拳法、恐るべし!
その考えに一切の嘘偽りはありませんが、いえ、だからこそ難敵と出会えた喜びで自身の顔が自然と笑みの形となるのをシモンは感じていました。




