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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十四章『神様旅行記』

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因果順逆の法


 シモンとヘンドリックの戦いはこれからが本番です。

 どちらもまだまだ大半の手札は伏せたままですが、いずれも簡単には倒せない難敵同士。ここから先は奥の手を勿体ぶって取っておくというわけにはいきません。



「手を抜くつもりはありませんが、何でもアリというわけにも……ふむ、戦闘と試合の違いですか。なかなかに興味深い」



 が、その前に。油断なく間合いを置いて身構えたままではありますが、ヘンドリックがそのような言葉を呟きました。



「ああ、失敬。言葉が足りませんでしたね。こういう大会で使う技や戦法の選択は、いわゆる喧嘩や戦争などのようにはいかないものだな、と」



 ヘンドリックが言っているのは、大勢の観客の前で戦う試合ゆえの「縛り」みたいな話になるでしょうか。もちろん大会で定められたルールを守る、あるいは守っているように見せかける必要はありますが、それとはまた少し違います。


 例えば、事前知識がない相手には効果的だけれども知られてしまえば容易く対応されてしまう、いわゆる初見殺しに類する技や戦法。

 武術にはそういう技術も少なくありません。

 知られていないからこそ秘技は秘技たり得る。

 古い時代の苛烈な流派であれば、本来秘されるべき奥義を目にした者は、それが無関係の通行人であろうと確実に口を封じる掟があったなんて恐ろしい話も実在するほど。



「まず、そういう初見殺しを不特定多数の前で使ったなら、その技はもう死んだも同然と言えるでしょうね。この大会を最後に戦いから身を引くとでもいうならともかく、私も貴殿もそういうわけにはいかないでしょうし」



 まあ要するに、こういう大会で初見殺しの類は基本的に使うべきではない。もし使うなら、その技はもう死んだものと思うべし。同じ技は誰に対しても二度と通用しないと考えろ、みたいな話です。



「それから当然、観客の皆さんを巻き込むような規模の大きい攻撃や、殺傷力が高すぎて、もし勝てても確実に相手を殺してしまう攻撃も除外ですか。これで私の切れる手札は本来の三割くらいになってしまいそうですね」



 もっとも、それは相手も同じ。

 ヘンドリックだけが不利になるわけではありません。

 彼としても別に不満を訴えているつもりではないのでしょう。



「そうそう。前述の条件をクリアしても、モラル面で問題ありそうな手も候補から外しておいてほうが良さそうですね。私の場合だと、例えば相手選手の大事な方と同じ姿の人形を作って盾にしたり、爆破術式を仕込んで自爆させたりとか。もし実行したら大会後の外聞が酷いことになりそうですし、私個人の気分もあまりよろしくありませんし」



 知られても問題なく。

 殺傷力が過度に高すぎず。

 なおかつ倫理的にも問題ない。

 要約すると、これらの条件をクリアしたものだけが、こういう大会向きの戦い方であるということになるわけです。



「前置きが長くなりましたね。では、そろそろ再開するとしましょうか」



 これらの条件を踏まえて、本来は両手足の指の数ほどもある奥の手の中からヘンドリックが選んだ戦い方とは――――。



「ふむ、貴殿自身の人形か」



 シモンとしては話の途中で斬りかかることもできたのですが、思いのほか興味深い内容に最後までついつい聞き入ってしまいました。

 そしてヘンドリックが話を終えた直後に出してきたのが、彼自身を模した人形です。先の内容を踏まえるなら、これが人前で使っても問題なく過度に破壊的だったり非倫理的だったりしない技ということなのでしょう。



「さて、シモン殿。ここで問題を一つ」


「本物の私はどちらでしょう?」



 普通に考えれば二人のうち一体は精巧な人形で、本体がそれを操作しているはず。しかし驚いたことに、見えないものを捉えるシモンの知覚力をもってしても、どちらが本物なのかまるで見分けが付きません。


 そもそも人形が出現した時の様子からして違います。

 この試合序盤や前試合までの人形は魔力の糸が高速で人型を編み上げるような形で現れていましたが、目の前のヘンドリック人形は本体の彼が一瞬ブレたように見えた次の瞬間にはもう二人並んで立っていました。どちらが本物か分からないのが肝ゆえに、その出現方法にもバレにくいような演出がしてあったのかもしれません。



「光や霧を魔法で操作すれば難しくはないか。精神魔法は……流石に俺自身の視覚に干渉されていたら気付いただろうが」



 気付けば二人のヘンドリックはどちらも手に武器を構えています。

 片方は身の丈ほどもある両刃の大斧、もう一方は同じくらいに巨大な処刑鎌デスサイズ。これらは通常の人形が持っていた武器と同じく、魔力の糸で編んだ物でしょう。いずれも細身の外見には不釣り合いに思える大きさと凶悪さを備えています。



「それでは、シモン殿」


「どうか、お手柔らかに」



 言うが早いか、二人のヘンドリックは正面に位置するシモンの左右、挟み撃ちにできる位置へと駆け出しました。身体強化の練度もかなりのもので、大型の武器を持ったことによる動作の遅れなどまるでありません。


 いえ、それ以上に注目すべきポイントは……。



「おお、見事。こうして近くで見ても、まるで違いが分からぬ」



 いくら観察しても、まるで見分けが付きません。

 驚くべきは、絶対にあるはずの本体と人形とを繋ぐ魔力のライン。それすらも完全に隠し切っている点です。よほど細い繋がりなのか、あるいは足裏を通じて地面の下を通すようにでもしているのか。

 シモンとしては、確実に存在するはずのその繋がりを断ち切る手も考えていたのですが、感じ取れないものは仕方なし。


 

「はっ」


「しっ」



 鋭い呼気と共に繰り出される一撃、いえ二撃。

 本人同士ゆえの完璧な連携攻撃が、間に挟まれたシモンのそれぞれ頭と胴とを狙います。無論、直撃しても殺さないよう最低限の加減はしているものの、当たったら気絶か最低でも悶絶は免れない威力でした。



「おっと」



 しかし、直撃の寸前に身を低くしたシモンは二撃のいずれも回避し、更には素早く抜き放った剣で片方のヘンドリックの胸を浅く斬りつけました。見分けが付こうが付くまいが、両方とも斬ってしまえばどちらかは本物のはず。そんな極めてロジカルかつ身も蓋もない作戦の結果は……。



「ううむ……ハズレか。どうも俺はこういう勘は良くないのだ」


「おや、危ない危ない」


「どうやらツキは私のほうにあるみたいですね」



 残念ながら、斬りつけたほうのヘンドリックは人形だったようで、霧散して消えてしまいました。そして、その様子を楽しげに眺める二体のヘンドリック。どうやら一体を失うと同時にまたすぐ一体を生み出したのでしょう。相変わらず人形とは思えない精巧さで、どれだけ観察しても本物と偽物の違いが分かりません。



「いやはや、その若さで大した腕です」


「ええ、斬り合いでは太刀打ちできそうにありません」



 ヘンドリックの武器術は、どうにかギリギリ超一流といったところ。

 本人の言う通りに、まともに戦ったらシモン相手にまず勝機はないでしょう。二対一であってもなお、です。

 「大会向け」ではない技の数々を解禁すればともかく、ここまでの発言からして彼が自ら己に課した禁を破ることはないでしょう。



「さて、それでは改めてもう一度」


「本物の私はどちらでしょう?」



 しかしそんな状況にあってなお、ヘンドリック達の余裕が崩れる様子はありません。先程と同じ質問をもう一度問うと同時に、またも自分同士の連携攻撃を繰り出してきました。





 ◆◆◆





「おかしい」


 シモンの疑念が確信に変わったのは、かれこれ十二回目の二択を外した時でした。つまりは二体のヘンドリックのうちの片方を当てずっぽうで斬って、それが人形だったパターンです。


 1/2の12乗で1/4096。

 いくらシモンの運や勘が悪くとも、これだけ連続でハズレを引き続けるなどということが、果たして本当にあり得るのか。



「おやおや、惜しい」


「頑張ってください。今度こそ当たるかもしれませんよ」



 観客を飽きさせないためか、武器を剣や槍や弓やモーニングスターなどに時折変えているヘンドリックは未だに余裕を崩しません。

 決め手に欠けるのは彼とて同じ。

 むしろ二択の正解を引かれたら、その瞬間に敗北が確定するだけ不利とすら言えそうなのにこの態度。シモンならずとも、これには何か裏があると勘付くのも当然でしょう。



「ふむ……両方とも偽物だとしたらどうだ? 本物は観客席にでも紛れていて、そこから偽物二体を操っている、とか」


「ふふふ、なかなかの名推理ですね。ですが、残念ながらハズレと申し上げておきましょう」


「我々が両方とも偽物でも確かに同じような展開にはなるでしょうが、本人が試合場にいないのは重大なルール違反でしょうからね。せっかく招待選手としてお招き頂いているのに、もしバレたらこちらの運営の皆様や私がお仕えする魔王様の面目まで丸潰れです。そんなリスキーな真似は恐ろしくてとてもとても」



 この口ぶりからして、両方とも偽物という線は本当にないのでしょう。

 まだ時間にして一時間にも満たない付き合いですが、シモンもヘンドリックがこういう場面で嘘を吐く人物ではなさそうだと感じていました。特に自らの忠義に関わる部分を安易に偽ることはまずしないだろうと。



「両方とも偽物ではないならば……両方とも、本物?」



 何気なく呟いたシモン自身、きちんと理解していたわけではありません。

 両方が本物とはどういう状態なのか?

 まさか人形などおらず本当は双子だった?

 否、それなら斬られた側はダメージを受けるし、ヘンドリックがあからさまなルール違反を避けるであろうことは先に考えた通り。しかし妄言と切って捨てるには引っ掛かる何かを、シモンの直感は伝えていました。



「おや、剣を収めるとは?」


「試合放棄、ではなさそうですが」



 シモンに確信があったわけではありません。

 ですが、このまま二者択一の当て勘を続けていても、恐らく勝ちはないし謎も解けない。そのためには剣による技ではなく、あえて徒手の状態になる必要があったのです。



「ふふ、何かアイデアがありそうですが」


「さて、本物の私はどちらで――――」



 今度は問いを言い終えることが出来ませんでした。

 なにしろ剣を収めたシモンが素手のまま近付いてきて、片方のヘンドリックの腕を取り、そのまま豪快な一本背負いを仕掛けたのです。



「どっ、せい!」



 それだけなら、ヘンドリックとしても問題はありません。

 また偽物の自分がダメージを負うだけ。


 ですが、その投げられた先が問題でした。



「ぐっ、私同士を……!?」


「ははは、なんと型破りな!」



 二人のヘンドリックが頭と頭をごっつんこ。

 なんて言ったら大したことがなさそうですが、その衝撃はハンマーで頭をブン殴られたのにも匹敵します。しかも今度ばかりは偽物ではなく、本物の肉体がダメージを受けているのです。


 どちらとも本物。

 どちらとも偽物。

 正解は、そのどちらでもあってどちらでもない。



「あ、痛たたた……いけませんねぇ。技の研鑽は続けていたつもりでしたが、デスクワークばかりしているうちに、すっかり打たれ弱くなってしまったようで」



 自分同士の頭をぶつけたダメージで術を維持できなくなったのか、一体に戻ったヘンドリックがそのまま地面に倒れ込みました。見た目に分かるダメージといえば頭のたんこぶくらいのものですが、もう試合続行の意思はないようです。審判からの「勝負あり」の宣言も出て、イケメン対決はシモンの勝利に終わりました。


 さて、勝者に敬意を表してでしょうか。

 ヘンドリックは倒れたままの状態で手品の種明かしを始めました。



「あの技は『因果順逆の法』と言いまして、まあ要するに自分自身を本物と偽物が未確定の重なり合っている状態にして、どちらかが一定以上のダメージを受けるとそっちが偽物だったことになる、と。要するに後出しジャンケンの類ですよ、痛たたた」


「なるほど、道理で当たらぬはずだ」



 本物でも偽物でもない状態が、攻撃を喰らった瞬間に「偽物だった」ことになる。結果、もう一方の自分は無傷の本物として確定する。

 レンリあたりなら既に知っていそうですが、量子力学における『シュレディンガーの猫』の話を魔法的に実現したようなものと考えるのが、比較的分かりやすいかもしれません。


 『因果順逆の法』の強みは、どれほど素早い攻撃で両方を順番に撃破しても、その時間差が0.000……01秒でもあれば倒されたのが偽物だったことにできる点。そして既に術は発動しているため、偽物が倒れた瞬間にはもう「どちらでもない」状態の術者がまた二体いるというわけです。



「で、その唯一の弱点が両者がまったくの同時にダメージを負うことだったと」


「ええ。まあ見事に見破られてしまったようですが」



 別に技の性質を見破ったわけではなく、勘でブン投げてみたらたまたま上手くいったとは言い出しづらい雰囲気です。シモンはとりあえず苦笑を浮かべて誤魔化しました。

 ちなみに今回は場外負けの存在する試合ゆえの縛りがありましたが、もしルール無用の実戦なら一方が逃げ隠れに徹することで対処はより難しくなるでしょう。つまりは知っていても対策のしようがない技でもあるわけです。



「四天王の実力、堪能させていただいた」


「それはそれは、ご満足いただけたようで何よりです。さて、それでは私は医務室にでも行ってきます」



 ようやくダメージも抜けてきたのか、ヘンドリックは頭をさすりながら自力で起き上がりました。すでに近くまで担架が来ていましたが、幸い無用のまま終わりそうです。



「そうそう。順当に行けばシモン殿の次のお相手もうちの四天王のガルガリオンになるかと思いますが……彼は私より強いのでご期待ください」



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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなかの頭脳派なヘンドリック 明日から、職場にラブレターの山が来ますね。 [気になる点] 四天王最弱はだれ? 〉ヘンドリックが倒れたか?くくく、やつは四天王の中でも一番の頭脳派よ 〉くく…
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