汝、良からぬことを企む者也
そして舞台は再びG国首都に戻ります。
現在はちょうど正午頃。予選と本戦の合間とあって、本戦会場となる闘技場周辺は、今のうちに食事やトイレ休憩を済ませておこうと考える観客でごった返していました。
「そうか、無事に産まれたか!」
『うん、元気な男の子なのよ。我も見せてもらったけど、とっても可愛かったの!』
「ほう、男の子か! 俺にとっては未来の弟になるわけだな。うむ、実にめでたい。いくらか大きくなったら一緒に球遊びやかくれんぼをしてやったり、いや、案外ままごとを好むようになるかもしれんな。うむうむ、それもアリだぞ」
選手控室として割り当てられたうちの一室で、シモンは昼食を摂りながらライムの弟の誕生の報せをウルから聞きました。まだ会ってすらいないというのにさっそく兄馬鹿ぶりを発揮して、どんな風に遊んでやろうかとあれこれ考えています。本人が二十人兄弟の末っ子とあって、年下の兄弟という存在に対する憧れを随分と募らせていたのでしょう。
「元よりそのつもりではあったが、これはいよいよ負けられなくなってきたな。兄の格好良いところを弟に見せてやらねばな、はっはっは!」
本戦の開始まではまだ少しありますが、グッドニュースのおかげでシモンのやる気は予選以上。本戦には今の彼でも不覚を取る可能性がある強者が何人か残っていますが、この気力の充実ぶりであれば誰が相手でも易々と負けることはないはずです。
「あー……その、当たったらお手柔らかに」
「おやおや、ルー君や。まだ始まってもないのにそんなに弱気でどうするんだい? せっかく本戦に残ったんだから、もっと自信を持ちたまえよ」
シモンのすぐ横では、こちらも同じく予選を通過して本戦六十四人の枠に残ったルグが、早くも負けること前提のような口ぶりでモソモソと選手用に用意された弁当を口に運んでいました。
小柄な体格がかえって有利となる細い木々の密集した森林地帯で遮蔽物を利用しながら上手く立ち回り、どうにかこうにか勝ち上がったわけですが、予選と違って本戦は開けた闘技場での戦いとなります。地形を利用できなくなる分、今から不利な展開を予感しているのかもしれません。
選手用の弁当を置き場から勝手に持ち出して食べていたレンリも、この気弱ぶりには思うところがあったようで。
「ふむ……そうだ、予選の間に剣がいくらか傷んでしまったんじゃあないかい? こんなこともあろうかと携帯用の砥石やら何やらを一式持ってきてあるんだ。本戦までの間に手入れをしておいてあげようじゃないか」
「いいのか、レン? 妙にサービスいいのが逆に不安な気もするけど……まあ、せっかくだし頼むよ。じゃあ、俺は今のうちに手洗いに行っておくから」
「うん、任せたまえ。戻ってくるまでにバッチリ仕上げておいてあげよう」
心優しいレンリは純然たる親切心からこんな提案を。
ルグはしばし怪しんだものの、武器を使っての戦いはともかく目利きや手入れについてはレンリのほうが遥かに腕が立つのもまた事実。予選で使っていた何の魔法効果もない鉄剣を預けると、そのまま手洗いに行ってしまいました。
「やれやれ、まったく世話が焼ける。謙虚は美徳だけど、それが行き過ぎてネガティブに偏りがちなのはルー君の悪い癖だね。さて!」
「あの……ルグくんが、困るようなことは……あんまり」
「大丈夫さ。ちゃんとルールの範囲内で……あ、いや、完全に内側かどうかはさておきルールの隙間を縫うような形で彼が勝ちやすくなるようにするだけだから。ルカ君だって彼が格好良く活躍するところが見たいだろう?」
「それは、えっと……うん」
明らかに良からぬことを企んでいる風のレンリですが、ルカもこう言われてしまっては引き下がるほかありません。
ちなみに今のやり取りの様子は本戦で対決する可能性のあるシモンも見ていたのですが、彼としてはルグがより手強い難敵として立ちはだかる可能性が出てくるなら、それはむしろ歓迎すべきという考えなのでしょう。レンリが剣に何かしらの悪だくみを施しているのを止めるでもなく、面白そうなオモチャを見るような目で楽しげに眺めています。
そして三十分ほど後。
「いや、悪い遅れた! 外のトイレがすごい行列で全然動かなくて」
「ギリギリセーフだね。あと少しで選手入場だって、今さっき係の人が呼びに来てたよ。はい、コレ。ちゃんと手入れは済ませておいたから」
「ああ、ありがとな。それじゃあ行ってくる」
予想外の混雑に時間を取られるも無事戻ってきたルグは、武器に施された小細工を確認する暇もなく、今度は大急ぎで入場口へと駆けて行きました。
「それじゃあ私達も試合が見やすい場所まで移動するとしようか。ヒナ君達が場所を確保してくれてるはずだからね。ふふふ、まったく楽しみだねぇ」




