よくわかる! ゴリラのひみつ
かくして勝敗は決しました。
学都騎士団と近衛騎士団の戦いは、学都側の作戦勝ちという結果に終わったわけです。まあ「知的」を通り越して「卑劣」や「狡猾」とも言える作戦内容についての是非はさておいて。
「はーい、頭の後ろで手を組んでー、そのままうつ伏せに伏せてー」
「ほらほら、モタモタすんじゃあないの。あんまり時間をかけてっと、そちらさんのボスの頭がどんどん涼しげになっちまうぞ?」
「そこの森から丈夫そうなツタを取ってきましたぜ。これでコイツらを一まとめにしておきやしょう」
学都騎士団の皆は手早く無力化を進めていきました。
ただのツタでは力任せに引き千切られる懸念もありますが、結んだツタの一部を隣の誰かの首に引っ掛けており、無理に力を込めたら自分以外の別ゴリが苦しむようになっているという悪辣な仕掛けを施しています。
王太子という名のボスゴリラを人質、もといゴリ質に取られた近衛騎士団一同には、もはや僅かな抵抗すら許されません。抵抗したら命をどうこうすると脅されたほうが、ある意味ではまだマシかもしれません。
そもそも大会のルールで他選手の殺害は反則負け。命を盾にされたなら、単なるハッタリだと断じて反撃に出る手もありましたが、残念ながら今大会のルールでは他選手の髪へ危害を加えることは禁じられていないのです。
「へへへ、一人でも動いたらオメェらの大将がツルッパゲだかんな? いやぁ、なんかちょっと楽しくなってきたべ」
悪そうな笑みを浮かべつつ、ナイフでボスゴリラのおでこをペチペチと叩くペッカー騎士候補生。彼もまさか自分が刃物を突き付けているのが、この国の次期国王だとは夢にも思っていないでしょう。
精巧なカツラや毛生え効果のある魔法薬も存在するとはいえ、いずれも手配するまでに多少の時間は要します。何かのアクシデントがあれば一国の王太子が公的な場でピカピカのハゲ頭を晒す可能性も否めないわけで、これは一国の威信にも関わる窮地。
近衛騎士団の面々が手出しできないまま拘束されるのも仕方がありません。もちろん当の王太子の精神的苦痛も相当なものがあるはずです。
「団長、全員の拘束が完了しました」
「うむ、ご苦労。思ったより時間がかかったな。じき予選も終わる頃合だと思うが」
わざわざ慣れない悪知恵を働かせた甲斐があったというものです。
シモンとしては内心申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、彼自身が手出しをせずに近衛騎士団に勝利するには、こうする以外の方法はなかったでしょう。
「騎士にあるまじき卑怯な手を使ってしまったが、そうせねば到底勝てなかった。手段を選べぬほどにまで追い込まれたというわけで……うむ、実に恐るべき難敵であった」
シモンはペッカー氏に刃物を突き付けられたままのボスゴリラに聞こえるよう、わざと敵を持ち上げるような物言いをしました。
予想していた展開からは大幅にズレてしまったけれど、これで少しでも近衛騎士団が自信を取り戻してくれれば、と。そんな思惑があってのお世辞です。
「いやいや、まことに強かった。特にあの四つ足での勢いを乗せた突進など、まともに喰らえば俺もただでは済まなかったであろう」
更に、不自然なほどにゴリラ達の健闘を称えるシモン。
もちろん彼に悪意があってそうしているわけではありません。
相手の自尊心を慮っての気遣いであることは間違いない。
しかし、もし悪意ではなかったとしても。
むしろ純粋な善意だからこそ人を傷付けてしまう可能性というものを、まだ年若いシモンはよく分かっていなかったのでしょう。状況の奇天烈さによって平常の思考力が阻害されていた面を差し引いても、ちょっとばかり無神経だったと言わざるを得ません。
「馬鹿ニスルノモ、大概ニシロ……ッ!」
「あ、こらっ、無理に動いたら本当に髪が……ぐえ!?」
「ペッカー!? ぐっ」
王太子は自分の髪がごそっと切られ落ちるのも意に介さず、すぐ近くで近衛騎士団の武勇を褒め称えていたシモンを思い切り殴り飛ばしました。突然の行動に対処しきれず、ペッカー騎士候補生がゴリラ腕力に振り回されてどこかに飛んでいってしまいましたが、そちらはまあいいとして。
「オオオ、ォォ!」
「森、か」
怒りに燃える王太子と殴り飛ばされたシモンは、二人揃って会場内の森に突っ込んでいきました。咄嗟に交差した腕でガードしたシモンにダメージらしいダメージはありませんが、相手は構うことなく何度も何度も大きな拳を叩きつけてきます。
「やはり、ずっと正気であったのだな。その姿も魔法の暴走ではなく意図してのものか。たしかに使いこなされば大きな戦力にはなる、か。しかし、何故わざわざ正気を失ったフリなど?」
「何故? 何故ダト!? コウデモシナケレバ、オ前ハ我々ヲ敵トシテ見ルコトスラシテクレナイダロウ!」
叫びながらも、王太子は両の剛腕を次々とシモンに叩きつけようとしています。その一撃一撃に大岩を粉砕するほどの威力があるのでしょう。剣を抜くことすらなく軽々と受け流し、受け止め、躱しているシモンにダメージは皆無ですが。
「昨日、何故オ前がらしくもナク喧嘩を売るような真似をシテきたのか、最初はワカラナカッタ。だが、しばし考えて思い至った可能性ニ、腸が煮えくり返る思いダッタゾ。部下達も皆同じだ……」
近衛騎士団を挑発してわざと怒らせ、学都騎士団との好勝負を演じることで失った自信を取り戻させる。そんなシモンの思惑はどうやら見透かされていたようです。そしてその気遣いは、彼らの誇りをいたく傷付けることとなりました。
「いや、俺はただ、近衛の皆が自信を取り戻せるようにと……」
「黙レ! ソンナ事は、俺達が勝手に取り戻せバよいだけの話ダ! イチイチ、アレモコレモと世話を焼いてクレナドト誰が頼んだ!」
こうもハッキリ言われたら、シモンも嫌でも自分がしくじったのを悟りました。近衛騎士団が自信を失っていたのは事実。
しかし、それは彼らが自分達の行動と選択によって取り戻すべきもので、ご丁寧に何もかもお膳立てをしてもらうようなものではない。過剰なまでの気遣いは、彼らが自力で立ち上がることができないという侮辱にも等しい。
「申し訳ない。謝って許されることではないが、侮った非礼を詫びる。どうやら、知らず知らずのうちに驕りが生じていたらしい」
シモンも事ここに至って、ようやく自らの浅慮を悟ったようです。まだ試合中に関わらず、深々と頭を下げて王太子とこの場にいない近衛騎士団に対して謝りました。
「駄目ダ、許サン。許して欲シケレば、ホンの少しデイイ。本気で戦エ」
「本気、本気か……承知した」
許して欲しければ本気で戦え。
気遣いも手抜きもない全力を見せてみろ。
王太子の出した条件に、シモンもしばしの逡巡の後に頷きました。
大会が始まってから初めて剣を抜き、魔力を注いで大上段に構えます。膨大な魔力はそれだけで周囲に暴風を発生させ、森の木々を薙ぎ倒すほどの威容。とはいえ、本気を出して殺してしまうわけにはいかないので……。
「……星よ、裂けよ!」
王太子本人ではなくその足下の大地に向けて。
されど、今度は手加減を疑う余地などない全身全霊の一撃を。
その瞬間、G国の首都周辺に微弱な地震が発生しました。
天の雲が余波だけで吹き散らされ、周囲にあった森は更地に。
直撃を受けた大地は穴の底も見えないほど深々と両断され、その裂け目から黒々とした暗黒が……いえ、黒ではなく赤。あまりにも大地の奥深くまで斬撃の威力が届いたことで、穴の奥底に赤々と輝く地中のマグマが覗いているのです。
威力の大半を下方に絞っていたため地上への影響はさほどでもありませんが、予選会場の範囲を越えてその先にある山をも左右二つに断ち割っていました。
これほどの大威力を放っておきながら大きな地震が発生しなかったのは、シモンがその技量によって自身が発生させた余分なエネルギーそのものを「斬った」おかげでしょうか。何の対処もしていなかったら大災害をも招きかねない、まさに惑星を裂く一撃。
「本気、お気に召しましたか?」
「あ……ああ、いや、うむ。想像以上で期待以上だ」
斬撃の余波に弾き飛ばされて辺りの地面に転がっていた王太子も、これほどの一撃を前にしては納得するほかありません。驚きのあまりか、ゴリラへの変身も解けていました。
直後に予選完了を報せる鐘が会場に響き渡ります。
どうやら本戦に出場する六十四人が決定したようです。
「叔父殿、勝てよ」
「無論。ところで、甥御殿。話は変わりますが、その……頭がですね」
「む、言われてみればやけにスースーするよう、なぁ!?」
「ああ、そのですね……元はと言えば俺が命令したせいなので。どうか、うちの部下は勘弁してやってください」
どうやら無理に拘束から逃れた時に、弾みで頭頂部の毛をごっそり落とされてしまったようです。これから数日、王太子が絶対に人前で帽子を取ろうとしなかったのはまた別のお話。




