騎士団vsゴリラ軍団
「このまま隠れていてもやられるだけだ!」
「そうだそうだ! それならせめて正々堂々戦って負けてやる!」
作戦の第一段階は、わざと敵に聞かせるような大声で仲間割れを装うところから始まりました。このまま即席塹壕の中に引っ込んでいても逆転の目はない。それくらいならいっそ負けると分かっていても力の限り戦いたい……というような内容です。
そして直後に数名の騎士が穴から飛び出しました。
先の大声と敵の出現に反応し、周囲を取り囲んでいた敵ゴリラ達も思わず包囲を狭める歩みを止めています。ここまでは計算通り。
「うお、超怖ぇべ……またあの速ぇ体当たりしてきたら」
「大丈夫、団長の読みを信じろ。この状況ではあの突進は使えない、はず」
塹壕から表に出てきたことで最も心配なのは、先程まで必死に凌いでいた高速の突進攻撃。言うなれば単なる体当たりなのですが、異常な速度と重さを考えるとその威力は大型の砲弾にも匹敵するでしょう。
今この時のように、ゴリラの群れがシモン達を包囲して隙間なく囲んでいる状況。すなわち迂闊に直線的な突進を仕掛ければ、敵ばかりか対面にいる味方をも巻き込んでしまう状況でもなければ、こんな風に間近に姿を現すのは自殺行為でしかありません。
「よしよし、読みが当たったみたいだな」
「つっても、まだ周り全部囲まれてますけどね」
同士討ちを避けるため突進攻撃は使えない。
しかし、それでもなお戦況は学都側が圧倒的に不利。
なにしろ、穴の中に潜って作戦を練っている間に全方位を囲まれてしまい、今や逃げ出す隙間もないのです。如何に高速の突撃技を封じたとて、あの太い腕で殴られたら鎧など何の役にも立たないでしょう。この危機を打開できるかどうかは、仲間割れを演じて飛び出してきた騎士達にかかっています。
「オラ……いや、私は! 学都騎士団所属、騎士候補生ペッカーと申す者! 貴殿らは、いずれ劣らぬ剛の者とお見受けした! 一対一での正々堂々たる果し合いを所望する!」
「同じく、我らは騎士としての立ち合いを望む者なり!」
「多数で少数を押し潰す。それもまた戦の常道ゆえ卑怯とは言わぬ。だが、戦士の誇りあらば尋常たる立ち合いに応じられよ!」
今どき読み物か劇のセリフでしか聞かないような迂遠さで、「一斉に来るのは困るから止めてね。一対一にビビってるなら大勢で来ればいいんじゃない?」というような口上を次々と述べました。
これで一切聞く耳持たずに多勢に無勢でかかってくるなら、もうどうしようもありません。見た目通り、獣並みの知性になってしまっているのでしょう。しかし、シモンの見立てでは……。
「うほ……?」
「うほ、うほほ?」
「うほっほ、ほ!」
「あ、成功だ! 前に出てきた一頭。あいつが向こうの代表者ってことみたいすよ」
どうやら、口上の内容を理解してくれたようです。
代表らしき一頭が前に出て、他の全員に下がるよう命じています。
タイミングをあえてズラしての突進や、敵の逃走を阻むための包囲戦術。いずれも高度な知性を感じさせる戦術です。それと同時に決闘に応じたことから騎士の誇りまで持ち合わせている様子。どうやら、近衛騎士団は姿こそ変われど完全に正気を失くしているわけではないらしい。この反応でシモンが思い浮かべていた仮説が、ほとんど確信にまで迫りました。
「貴殿が私の対戦相手ということで宜しいかな?」
「うほ!」
「うぅ、気が抜けるべ……こほんっ。では、そうだな……このコインを宙に投げて、それが地面に落ちると同時に決闘開始。それで異存はないか?」
さて、ここからが作戦の本番です。
これ見よがしにコインを手にしたペッカー騎士候補生は、それを親指で弾いて高々と飛ばしました。自然、この時ばかりは相手のゴリラ達の視線も意識もその一点に集まります。つまりは、思いっきり隙だらけとも言えるわけで。
「よし、今だ!」
「全員投げろ投げろ!」
「勝てば官軍! 勝てば官軍!」
コインが地に落ちたのと同時。
ゴリラ達の顔面に塹壕から上半身を出した男達から、手のひらサイズくらいの土塊が次々と投げつけられました。
「うっほ!?」
「うほぁ!」
奇襲による目潰しをまんま喰らい、視界を奪われてパニックに陥るゴリラが半分。そして残り半分は僅かにコントロールが逸れて胸や額に土玉が当たって無事な者。当然、後者は卑劣な騙し討ちに怒りを燃やし、今にも襲い掛かってきそうな剣幕でしたが……。
「うっほぉぅ!?」
「このゴーレム玉、即興でしたけど色々悪さできそうですねぇ」
「今度、コイツを使った新戦術でも提案してみるか」
回避したはずの土塊が、正確には手のひらサイズの小型ゴーレムが蠢き出したら、もう反撃どころではありません。なにしろ直撃を避けても自分の意思で顔や身体を這って、目や口や鼻や耳を攻撃してくるのです。
「っと……団長、あと二十秒くらいで魔力切れです」
「問題ない、もう見つけている。ペッカーの正面のあのデカい奴がボスだ! 走れ、向こうが態勢を立て直すまでが勝負だぞ! 他の者はペッカーが防がれた時のカバーに入れ!」
「了解だべ!」
魔力の持続時間を考えると、この混乱状態を保てるのは数十秒が限度でしたが、それで問題ありません。シモンはすでに敵のボスゴリラ、すなわち王太子がどの個体かに目星を付けていました。
自らに課した縛りゆえ、シモン自身が走ることはしませんでしたが、ペッカー候補生に指示を飛ばして急ぎ向かわせます。彼が駄目だった時に備えて他の者も二の矢として駆け出しました。
とはいえ、ここで目潰しを受けた王太子を剣で斬りつけて倒しても、残る近衛騎士団が間もなく視聴覚を取り戻して反撃に出てくるでしょう。なので、ただ倒すだけではいけません。敵全員を降伏させるには、もう一工夫が必要です。
「動くな! 動いたら、オメェらのボスの命……じゃなかった頭だ、頭!」
ペッカー氏は利き手に持った長剣をボスゴリラの喉元に当てつつ、もう片方の手に持った短剣を煌めかせ、世にも恐ろしい脅し文句を突き付けたのです。
「オメェらが抵抗したら、親分の髪の毛を鏡みたいにツルツルのツルッパゲに剃り上げてやっど!?」




