軍師シモン
常人には目視すら不可能な速度で突進するゴリラの群れ。
ふざけた事態ですが、残念なことに冗談でも悪夢でもなく現実です
つい先程も他の参加選手達、質はピンキリとはいえ何かしらの武芸を学んで肉体を鍛えている者達が、ボウリングのピンのように遥か彼方にまで弾き飛ばされていったばかり。生半可な受け方では同じように抵抗すら許されず打ち倒されてしまうでしょう。
防御が駄目なら回避を……という選択も悪手。
ゴリラが一頭だけならまだしも、相手は二十から三十はいる群れ。
先頭の一体か二体をどうにか避けても、間を置かずに次から次へと他のゴリラが突っ込んでくるのです。いえ正確には、あえて避ける方向を誘導するために、意図してタイミングをズラしているのですが。
ゴリラの知能の高さをナメてはいけません。
世の中には手話でいくつもの単語を覚え、飼育員と流暢な意思疎通をできるまでになった天才的なゴリラの逸話もあるほどなのです。そもそも今回のゴリラはゴリラではなく、単に見た目がゴリラっぽくなっただけの人間なのですけれど。
さて、そろそろ本題に戻りましょう。
すなわち、シモン率いる学都騎士団の面々は、近衛騎士団という名のゴリラの群れの突撃を如何にして凌ぐのか?
一番簡単なのは、団長たるシモンが皆の先頭に立って、一人で全部の攻撃を防ぎ切ることでしょう。いくら高速とはいえ、しょせんは音速に届くかどうかといった程度。
四つ足での縮地法自体は高度な技術ですが、まだまだ練度が甘いのでしょう。動きも直線的で途中で軌道を曲げたり、加減速をするような応用も利かない様子。今後、更なる修練を積んだら分かりませんが、今大会のうちにすぐどうにかなるほどのレベルではありません。
幸い、シモンの持つ魔剣の特性は単純な力押し相手にはめっぽう好相性。刀身に触れれば突進の勢いを殺し、その威力を使い手の力に変換までできるという反則気味の性能をしています。
そうしてパワーアップした力で、たとえば付近に生えている木々を切り倒して遮蔽物として利用するとか、地面を掘り返して同じようにする。そうしてゴリラ達を何かに隠した上で彼らを暴走させている魔法効果を斬ってしまえば、概ね事態は解決します。
が、今回その一番簡単かつ確実な手は取れません。
そこまでシモン一人が活躍してしまうと、部下の活躍の機会を奪ってしまうのみならず、正気に戻った近衛騎士団を一層深く傷つけてしまうかもしれない。そうした懸念がシモンに決断を躊躇わせていました。
「真正面から受けるな。盾に角度を付けろ!」
「後ろの者は協力して先頭を支えろ。踏ん張りが命だぞ!」
故に、今回選ばれたのは次善の策。
つまりは元々の、シモンは指揮に徹して近衛騎士団の部下達だけの力で勝利を狙う方法です。そのために彼らはタテに細長い陣形を取り、被弾面積を最小化。更に盾持ちの人員二名が先頭に立ち、残りが後ろで盾持ちの背中を押すような格好となりました。もちろん全員が持てる限りの魔力を振り絞り、特に踏ん張りの要となる足腰を重点的に強化しています。
「来るぞ!」
結果は覿面。
ゴリラ達が消えたと思った次の瞬間には、全員が突撃による強烈な圧力を感じていました。しかし、それで薙ぎ倒されることはありません。逆に、盾に上向きの角度を付けていたのが効いたのか、次の瞬間には勢いを殺し切れなかったゴリラがあらぬ方向へと吹っ飛んでいきました。
「油断するな、次! トム、強さは要らんから数と早さ優先で頼む」
「了解、大将!」
まだまだゴリラは残っています。
しかし、敵の第一陣を無傷でやり過ごしたことで僅かな隙が生じました。
その少しの時間を利用してシモンが指示したのは、魔法兵によるゴーレム生成。周囲の土や砂が急速に集まって、全長二メートルか三メートルはありそうな即席ゴーレムが次々に生まれました。丸っこい胴体に小さな手足がちょこんと生えただけの姿は、どこかユーモラスな可愛らしさがあります。まん丸いゴーレム軍団は、完成した端からヨタヨタとよろめきながら敵陣向けて駆けていきました。
このゴーレム達は、シモンが指示で生成速度を最優先したため、攻撃力や防御力はさほどでもありません。亜音速のゴリラ砲弾をドテッ腹にでも喰らったら、呆気なく貫通してしまうでしょう。
「よし、いいぞ……そこだ。全員、飛び込め!」
ですが、それで問題ありません。
ゴーレム達に期待したのは、その巨体を遮蔽物として視界を遮ること。そして材料の土砂を集める過程で地面に大穴を開け、即席の塹壕を作り上げることだったのです。
高速の突撃が脅威となるのは、あくまで同じ高さに位置しているからこそ。地面に穴を掘り、そこに身を潜めればもはや直撃の危険はありません。
「む、ゴーレムは全て打ち倒されたか。まあ、やむを得まい」
ここまでは予定通り。
安全地帯を確保して、最も恐るべき一瞬での全滅だけは避けられる状況を創り出しました。自分で戦うほうが得意とはいえ、軍師としての働きに徹したシモンも、まあこの程度にはやるのです。
とはいえ、このまま穴倉に籠っていては勝ち目もなし。
今はひとまず急場を凌いだだけに過ぎません。
直近の脅威であった突撃戦法を封じただけで、普通に穴に飛び込んでこられたらそれだけで大きな脅威でしょう。ゴリラは人間の背骨と同じ強度とも言われる青竹を容易く握り潰すほどの筋力があるのです。まあ彼らは厳密にはゴリラではないわけですが。
「敵は……どうやら、こちらを警戒しているようだな。一気に距離を詰めず、周りを囲んで包囲の輪を少しずつ狭めていく方針のようだ。おかげで作戦を練る時間ができたのは助かったが……ううむ、どうするか?」
シモンはしばし思案。彼が学んだ軍隊式の戦術・戦略では、望むような形でこの状況を打破するのはどうにも難しそうな気がしました。
求められるのは発想の飛躍。
もっと言ってしまえば友人であるレンリが得意とするような、人の心の隙間につけ込むような卑怯卑劣な手口こそが必要である、と。そのように直感していました。ハッキリ言って、気が進まないことこの上ありませんが。
「トム、ゴーレムはあと何体出せる?」
「さっき限界近くまで出しましたからね、大きいのはもうキツいっす。イケて二体がギリっすね」
「いや、大きさはそれほど要らぬ。そうだな、この手のひらに乗るくらい小さいのならどうだ?」
「それくらいのサイズなら、まあ二十か三十は」
「上等だ。では、手短に作戦を説明するぞ。まず足の速いペッカーが――――」
あくまで大会で認められているルール内とはいえ、シモンらしからぬ卑劣な作戦に部下達もしばし顔を顰めましたが、それでも負けるよりはマシという気持ちは皆同じ。最後には複雑な気持ちを渋々飲んで、作戦の手順と各々の役割を頭に叩き込みました。
インフルエンザにかかって数日ダウンしてました。
季節の変わり目は体調を崩しやすいので皆様もお気を付けください。




