ストロング・ザ・足腰
嫉妬や八つ当たりのために戦意を燃やす戦士達。
シモン率いる学都騎士団は、その猛攻に晒され続けていました。
「竜鱗陣形! 左右との隙間を埋めよ、逸れたら一斉に狙われるぞ!」
「「「はっ」」」
「踏ん張れ、今こそ訓練の成果を見せる時だ!」
しかし、シモンの指揮に従う騎士達に動揺はなし。
日々の訓練で刷り込まれた内容は、もはや思考を経ずに身体が動く条件反射の域にまで達しているのです。仲間同士で密集して互いの死角をカバーし合う陣形は、散発的に攻めてくる敵の数が自分達の数倍に達していようとも揺らぐことはありません。
「見ろ、部下にばっか戦わせて自分は剣を抜いてすらいねぇ! あの野郎、ナメやがって!」
「さては本戦のために体力を温存するつもりか?」
「卑怯者め、ちゃんと自分の手で戦え!」
シモン本人は指揮に徹して、自分では一切戦っていないのにこの戦いぶり。その消極的とも見える姿勢に、本戦で有利に立ち回るべく部下に負担を肩代わりさせている、などといったクレームが今まさに襲ってきている選手達から出たりもしましたが……。
「いや、ワケの分からん逆恨みで襲ってきているお前達に言われる筋合いはないと思うのだが……?」
「クッソ、正論を言いやがって!」
「ふむ。俺も女性にモテるための方法論には明るくないが、まずは私生活の不満を無関係の他者にぶつけるような捻くれた精神性を改善するのが、異性に限らず人に好意を持ってもらうための第一歩ではないだろうか?」
「こ、この王族野郎! 正論で人を殺す気か!?」
「そうだそうだ、なんて酷いことを言うんだ!」
「世の中、言って良いことと悪いことがあるだろ!」
そもそもの動機が嫉妬心による八つ当たりでは、シモンの繰り出した正論に対して勝ち目があろうはずもなし。何らかのトラウマを刺激されてしまったのか、攻撃を喰らうまでもなくその場に蹲って動けなくなってしまう選手もチラホラと見られます。
「なんだか傷つけてしまったようですまぬな。ここだと危ないから隅っこのほうで休んでいるといい。ううむ、別に俺は間違ったことは言ってないと思うのだがなぁ……」
「間違ってないから問題なんだよバーカバーカ!」
「そうだそうだ、アンタんトコの部下も小さく頷いて同意してるぞ!」
「そ、そうなのか? なかなか難しい機微があるのだな」
雑談だか口ゲンカだかわからない言葉の応酬をしながらも、戦いの手が止まることはありません。いったい何十分戦っていたのやら、いつの間にやら学都騎士団を囲んでいた連中の数はずいぶんと少なくなっていました。
対する学都騎士団に目立った消耗はありません。
いくら数で大きく勝っていたとはいえ、ロクな連携もしてこない個の群れでは、シモン抜きの騎士達を倒すこともできなかったようです。もうこの場の大勢は決したと見てよいでしょう。
「さて、残り人数はどれくらいだろうな? このまま守りに徹するか、それとも手頃な相手を見つけて打って出るべきか」
シモン個人としては近衛騎士団の動向が気になるところですが、何しろ予選大会の会場は広大な広さがあります。手がかりもなく無闇に探し回るのは得策ではないでしょう。
探すだけなら会場全域が見下ろせるほどの高高度まで跳躍すれば済む話ですが、そこまでの超人的身体能力を見せつけてしまうと、近衛騎士団に抱かせてしまったコンプレックスを余計に刺激してしまうかもしれません。
が、幸いと言っていいのかは分かりませんが。
そのような問題に頭を悩ませる心配はすぐなくなりました。
「見つけたぞ、東の!」
「おお、それは僥倖。我らが獲るべき首が残っていてくれましたか」
木々が生い茂る森林を突破して姿を現したのは、今朝方宣戦布告をしてきた軍団長達のうち西と東の二名および彼らが率いる各二十から三十名ほどの精鋭部隊。至近に接しているのに戦わないということは、東西の二軍団は一時的に同盟を結んでシモン率いる学都方面軍を打倒する方針なのでしょう。
先程まで襲ってきていた連中とは違い、今度は学都騎士団と同じく味方同士の連携を前提とした集団戦術を修めている相手。しかも大会のために随分と多く連れてきたようで、総数はシモン達の五倍ほどにもなります。
「ふむ、どうしたものか」
無論、今のシモンが本気を出せば人数差が五百倍や五千倍だろうと物の数ではありません。しかし、そういった力を見せつけるような行為を無思慮にやってしまったのが、例の近衛騎士団の件の発端なわけで。
今は大会の最中ゆえ敵として対峙していますが、本来は彼らも同じくこの国を共に守る大切な仲間。同じ轍を踏むのは避けたいという気持ちがありました。
「この程度、うちの団長が出るまでもないでしょ?」
「そうそう、後ろでのんびり待ってて下さいよ」
が、シモンの意図を汲んだのか。
あるいは自分達の意地に起因するものか。
学都の騎士達は先程までと同じくシモンに戦わせず、自分達だけでこの局面を打開するつもりでいる様子。数倍する敵に四方を囲まれてなお戦意十分。一歩も退く気はないようです。
「団長、ご指示をお願いします」
「うむ!」
この心意気に応えずして何が団長か。
シモンは部下達に短く命じました。
「作戦目標は、一人も欠けさせずに本戦へ、だ。訓練の成果を見せよ!」
◆◆◆
G国の東西南北に中央と学都を足した六軍団には、それぞれの土地柄に起因する特徴が色濃くあります。今大会では残念ながら序盤に敗退しましたが、国内でも唯一海に面しているがゆえに軍艦など海戦向けの戦力を保有している南方方面軍が分かりやすい例でしょう。
南軍が揺れ動く船の上で鍛えられた強靭な足腰を備えていたように、他の各軍団にも独特の強みと呼べるものがあります。
「ケヒャァ、船は南の専売特許ではありませんよォォ!」
例えば、学都のすぐ横にも流れている大河の交通をより広く守っている東方方面軍。彼らは大河を行き来する船の不安定な足場で鍛えられた強靭な足腰が自慢のようです。
「クックック、山岳地帯で鍛え上げられたこの跳躍力を見よ!」
そして西方方面軍は峻険な山岳地帯に面している部隊。普段から高低差のある山道を行き来して鍛えた強靭な足腰という、実にオリジナリティに富んだ特徴があります。
ちなみに、この場にいない北軍は未整備のデコボコ道が多いので足腰が強く、この首都周辺を守る中央軍は道案内などで歩き回る機会が多いため足腰が強いという特長がそれぞれあるとされています。
「キエェェイ!」
「同時攻撃だ、喰らえい!」
そんな東西の強みを活かした同時攻撃は、
「いや、足腰だけか!?」
「キャラ被ってるでねぇか!」
「たしかに大事だけども!」
特に地形関係なく普段から走り込みやスクワットで鍛えている、学都騎士団一同の強靭な足腰によってあっさりと弾き返されました。
盾を構えて全速力で突進してきたら、その盾のど真ん中に前蹴りを入れて転倒させる。剣を腰だめに構えての突進には、当たるギリギリのところで半歩分だけズレて回避しつつ足を引っかけて転ばせる。
例を挙げていけば他にもキリがありませんが、東西両軍の怒涛の如き攻めの悉くを、時にはかわし、時には真正面から受け止め、まるで問題にしていません。
「あれ? なんか、勝ててるな?」
「いや、こいつらも別に弱くはないんだけど」
「俺達って、もしかして結構強い?」
この優勢ぶりには、当の学都騎士団のほうが戸惑うほど。
相手も決して弱くはないはずなのですが、足腰をはじめとしたフィジカル全般でも、剣技や体術といったテクニックの面でも、少なくない差があるようです。
「普段から団長に相手してもらってるからなぁ。それに比べたら止まって見えらぁ」
「あとアレじゃない? 例の迷宮の遊園地。あそこって魔力が増えるって話だったじゃん?」
「それならモモちゃんが俺らの使ってる訓練場に何かしてくれたのもあるんじゃね? 理屈はさっぱり分からんけど、あそこで鍛えるだけでだいぶ効率が良くなるって聞いたぜ」
「うん、まあ全部だな」
理由については概ね彼らの自己分析の通り。
見た目で分かりやすい地形でこそありませんが、強くなるための環境という意味ではG国のみならず世界的にも今の学都を上回る場所はそうはないでしょう。『日輪遊園』に関しては世界各地で外部展開もしていますが、日常的に通うとなると、やはり本家本元がある学都に勝る立地はないでしょう。
最初の覚悟はどこへやら。
このままでは雑談混じりの余裕の戦いで、シモンが出ることすらなく東西両軍の心を圧し折ってしまうかもしれません。
「ううむ、うちの部下が自信を付けるのは良いことなのだが……」
シモンとしては部下の成長が喜ばしくもあり、色々な意味でやりすぎてしまわないかと心配でもあり。なんとも複雑な心境です。
もう東西の連合軍の人数は、両方合わせても十人以下。
大半は気絶してそこいらの地面に転がっています。
まだまだ気力体力ともに余裕を残した学都軍を打ち破るのは、どう考えても難しい。ならば、ここは一旦退いて少しでも余力を残した者だけで態勢を立て直すのが得策。それは当の彼らも理解していましたが、わざわざ別の軍団と連合を組んでまでおきながら何の戦果もなしに敗走では両軍の面子に関わるというものです。
もはや勝利はなくとも、せめて一太刀。
そのような死兵の如き覚悟を決めて、最後の攻勢に打って出ようとした彼らでしたが……残念ながら、その覚悟が実際の行動に現れることはありませんでした。
「皆、身を低くせよ! 山側から何か飛んでくるぞ!」
シモンの声に咄嗟に反応した学都軍の面々は辛うじて回避に成功しましたが、正面のシモン達だけに意識を集中していた目前の両軍は反応が遅れました。時間にして一秒足らずのその遅れが致命的。
「人だ! 誰かが人間を投げてきているぞ!」
飛来したのは恐らくは選手の誰か。
それが地面と水平に凄まじい勢いで、まるでフリスビーかブーメランのようにくるくると回転しながら凄い勢いで低空を飛んできているのです。それも一人だけではなく十人二十人と次々に。
「ぐあぁ!?」
「ぎゃっ!」
鎧や兜で武装した人間が意識の死角から猛スピードで飛んできたのです。まともに喰らった東西両軍の生き残りはひとたまりもありません。
「だ、大丈夫か? ……どうやら、死んではおらぬようだが」
思わず倒れた人間に駆け寄ったシモンでしたが、幸いなことに凄まじい勢いの激突でも死者や命に関わる重体の人間はいないようです。手足のあちこちが妙な方向に折れている者は多々いるので、決して楽観できる状況ではありませんが。
「何者だ、姿を見せるがよい!」
しかし今もっとも注意すべきは、大の男を小石のように投げてきた者の正体です。いえ、投擲物の出どころからして一人ではないのでしょうが。いずれも凄まじい怪力に加え、正確に遠くの相手を狙う正確なコントロール。明らかに只者ではありません。
「…………」
シモンの呼びかけに応えてか、その者達は潜んでいた岩陰や木陰から次々と姿を現しました。常人を大きく上回る背丈に丸太のように太い手足。その巨岩の如き拳は、一振りで大木をも圧し折る威力を秘めていることでしょう。
しかし、シモンの意識はそういった部分にはありません。
「な、何故だ……お前達はたしかに俺が倒した、いや封じたはず!」
「……ウホ?」
「それが、なんでまたゴリラになっておるのだ!?」
近衛騎士団改め、わくわく動物ランド。
王太子以下一同、封じられたはずの野生を何故か取り戻した状態で大勢の国民の前に姿を現していました。




