数問い札
数問い札とは、算術の問題が書かれた札をランダムに選び、制限時間内に正答できたなら難易度に応じた賞金や賞品が貰えるという遊びです。
得意な問題を引けるかどうかで多少の運も絡んできますが、計算能力に自信がある者にとってはかなり割がいい類のギャンブルと言えます。
実際、現在レンリたちがいる書店街の客層は知力に覚えのある学者や学生が多いためか、数問い札の露店周りはかなり賑わっていました。黒鉛に革を巻いた鉛筆片手に、大の大人が一喜一憂しています。
「ふむ、難易度は初級、中級、上級、最上級と……よし、試しに皆でやってみようか?」
興味を引かれたレンリは、同行の二人を誘ってみました。
『うむ、我の実力を見せてあげるのよ!』
「わ、わたしは……計算、は……苦手」
ウルは珍しい遊びに興味津々で乗ってきましたが、ルカは計算能力に自信がないようで見学に留めておくことにしたようです。解けなかった場合にはお金を失うだけですし、それはそれで賢明な判断と言えるでしょう。
「合金を造るにも計算は付き物だからね、はっきり言って自信があるよ? すまない、店主殿。私に最上級の問題をくれたまえ。ウル君は初級にしておくかね?」
『むっ、馬鹿にしないで欲しいの! お店のおじさん、我にも最上級のをちょうだいなっ』
挑戦する二人は揃って最上級の問題を選択。
その無謀な声を聞きつけ、周囲の野次馬から歓声が上がりました。まあ、期待をこめてというよりは無謀な挑戦に対する揶揄に近い感じが主でしたが。
なにしろ、レンリは師である家族から一族の魔法使いとして活動する認可を得ていますが、年齢的にはまだ十五歳。ウルに至っては人間ではないにしても実年齢四歳で、外見年齢は十歳前後。これでは挑戦料をドブに捨てるように思われても仕方ありません。
難易度によって料金が違うのですが、最上級だと一回で銀貨十枚もします。
その分、景品もかなり豪華ではあるのですが、未だに他の客の手に渡っていない点を鑑みるに、最上級というだけあって相応の難易度がありそうです。
実際、数学を専門にしている者でもないと知らないような公式や記号の知識を前提としたものばかりで、一般人が問題を見ても意味を理解することすらできないでしょう。
ちなみに最上級の景品はレアな古書・魔道書の十冊セット。
中には著名な賢者が手書きで記した一点モノなどもあり、仮に本自体に興味がなくとも、売り払えばかなりの金額になりそうです。
「お嬢ちゃんたち、本当にいいのか? 失敗しても後から料金は返さねえぜ」
「無論、そんなみっともない真似はしないとも」
「そうか。じゃあ、鉛筆と問題用紙は持ったな。この砂時計を裏返したら紙をめくってスタートだ。よーい……」
制限時間は砂時計の砂が落ちるまでの三分間。
店主の「よーい、ドン」の声と共に、レンリとウルは勢いよく紙をめくりました。
……。
…………。
……………。
そして、三分後。
「あと十秒あれば解けたんだって、本当に! くそっ、この砂時計、ホントに三分なの? ちょっと小さいんじゃない?」
すさまじい勢いで手を動かし計算式を書いていたレンリはあと一歩というところで失敗し、みっともなく負け惜しみを言っていました。もちろん砂時計のサイズは全部一緒ですし、店側の不正はありません。
「おお、本当にあとちょっとだったみたいだぞ」
「あの少女、なかなかの頭脳の持ち主のようですね」
「まあ仕方ないって。最上級はまだ誰も成功してないもんな」
失敗したとはいえ、最上級の問題に正答まであと少しだったのは賞賛の対象になるようで、数学に覚えのあるギャラリーは途中まで書かれた計算式を見て拍手を送っています。
「へえ……レンリちゃん……すごいん、だね……?」
問題や途中までの計算式を見てもさっぱり意味が分からなかったルカも、何やら惜しかったらしいという雰囲気を察して、とりあえず褒めておきました。
「ふ、ふん、まあ私にとってはちょうどいい難易度だったかな」
なんとも現金なもので、みっともなく不貞腐れていたレンリは、周りに褒められて簡単に機嫌を直していました。冷静を装ってはいますが、今もニヤニヤと口の端が上がりそうになるのを必死に堪えています。
「問題の引きが良ければ今度は正解できそうだし、勝つまでやってや…………おや、店主殿どうしたね?」
一回は失敗しましたが何度か繰り返せば勝ち目はありそうだと見て、店主に新しい問題用紙を貰おうとしたレンリでしたが、店主は青褪めた顔で冷や汗をかいています。
その手にはウルの解いていた問題の用紙が握られ、彼の前には腰に手を当ててドヤ顔を浮かべるウルの姿が。
あまりにも無謀な挑戦と見てか、途中からウルのほうには誰も注目していなかったのですが。
『ふふーん! ま、こんなものなの!』
どうも、見事に一発正解してしまったようです。
◆◆◆
一見するとちょっとアホっぽいお子様にしか見えないウルですが、実は天才的な計算能力を持つ才女だった……というのは少しばかり事実と異なります。実際、この場にいる少女姿のウル単体では、複雑な計算を解くのは無理だったでしょう。
ですが、この場の彼女はあくまで本体から離れた分体の一つに過ぎず、そして魂や精神は本体の迷宮と常時繋がっています。
大陸にも匹敵するほどの広大な迷宮全体を常に管理・運営しているウルの本体は膨大な記憶容量と演算機能を有しており、その思考速度は人間の比ではありません。
その分、人間的な個性や人格は薄く、無機的な管理システムとしての側面が強いのですが、その辺りの詳細についてはまたの機会に語ることもありましょう。
で、この場の彼女が見た問題を本体の迷宮に丸投げし、返ってきた答えをそのまま書き写しただけ、というのが今回の真相でした。
「それってカンニングじゃない?」
『わ、我が我に聞いたんだからズルじゃないのよ!? あ、賞品の本はいらないからお姉さんにあげるの。えっと、特に深い意味はないんだけど……』
「うん、流石だねウル君。キミはやれば出来る子だと前から信じていたよ」
店から離れた後で実情を説明されたレンリが不正の可能性を指摘しましたが、賄賂を提示されるとあっさり意見を曲げました。元々、ウルも遊びとしてやっていただけで、賞品の本には興味がなかったようです。
「ふむ、歴史書に図絵入りの図鑑に魔道書も……おや?」
景品として入手した書物を検分していたレンリが手を止めました。
その手には、毒々しい紫色をした、妙に凝った装丁の書物があります。
昨今では印刷技術の発達によって書物の値段も幾分かは下がってきていましたが、大量生産を前提とした新聞などと違い、手書きの魔術書などは今でもそれなりに値が張ります。
写本ではない原本ともなれば尚更で、本自体に稀少な素材が使われ、魔道具や魔法の触媒としての機能がある物となれば蔵が建つほどの価値が付いても不思議はありません。
ですが、レンリが手を止めたのは別の理由でした。
『お姉さん、その本がどうかしたの?』
「ん……ああ、この本はね」
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