予選大会、白熱す
まるで山のような、なんて例えでもまだまだ不足。
現に、この予選大会の舞台に含まれる小山よりも頭の位置が明らかに高いのです。しかも、そのサイズが限界というわけではないのか、今もなおタテにもヨコにも拡大を続けています。
「がはははは! そら、喰っちまうぞ~……なんてな!」
天突く大巨人、魔王軍四天王ガルガリオンは拾い上げた軍艦を片手に、物騒な冗談を飛ばしています。抵抗のつもりなのか時折手の中から爆音が、つまりは甲板からの砲撃が指を叩いていますが、いくら一発で海賊船を粉砕する大砲でもこのサイズ相手ではマッサージにもなりません。
ましてや剣や槍でいくら表面を突こうとも、ガルガリオンに僅かな痛痒さえ感じさせることはできないでしょう。
まさに魔王軍幹部の名に恥じない圧倒的な武力。
このまま適当に足踏みを続けるだけで、すぐに大会が終わってしまうかもしれない……とは、残念ながらいかないのですが。
派手に戦っていて目に付いたので軍艦を持ち上げてみたわけですけれど、実のところ現在ガルガリオンは内心かなり困っていました。
「コレ、どうすっかな? 握り潰すのは不味いし、その辺に放り投げるのも危ないしなぁ……」
今大会のルールでは他の選手を殺してしまうと即敗退。
軍艦を握り潰したり、高所から落下させたらガルガリオン側が一発退場なのはまず間違いありません。人生から退場してしまうであろう南方方面軍ご一行様よりはマシにせよ、殺し合い上等の戦争ならともかく楽しい喧嘩祭りで無駄に死者を出して場の空気を冷めさせるのは彼としても本意ではありません。
「潰さないように、そぉっと……」
しばし悩んだ末に、彼は手の中の軍艦をそっと地面に置き直しました。
せっかく持ち上げたのをそのまま置いただけではイマイチ格好が付きませんが、不本意に負けたり殺したりするよりは幾らかマシでしょう。
それに、置いたといっても完全に元通りではありません。
「地面だ……た、助かった?」
「やった、まだ生きてる……」
船ごと持ち上げられて気分的には生死の境から生還した南方軍一同。しかし残念ながら、地上に戻ってきた彼らに待ち受けていた運命は過酷なものでした。
「あっ、船が横倒しになってるぞ!」
「チャンスだ、今のうちにフクロにしちまえ!」
「テメー、さっきはよくもバカスカ撃ってくれやがったな!」
ガルガリオンが横倒しの状態で軍艦を置いたため、先程までのような疑似的海戦戦術などもはや望むべくもありません。さっきまで一方的にやられていた選手達が殺到し、地の利がなくなった海兵達を寄ってたかってボコボコにしていました。
「ウオォォオ、海の男を舐めるなぁ!」
船の固定装置から強引に引き千切った鎖つきの錨を振り回して抵抗する軍団長をはじめ、何人かの実力者はそれでも抵抗の意思を見せていましたが、もはや大勢は決したと見ていいでしょう。
◆◆◆
その頃、同じく魔王軍幹部の一角であるヘンドリックは、山中にて武器を構えた大勢の選手に囲まれていました。
「おや、お客さんですか?」
とはいえ、その声音には一切の危機感がありません。
手頃な大きさの岩を椅子代わりに腰掛け、手にした本から視線を外すことすらしないほどの余裕ぶり。そもそも武器らしい武器も持たず、上等なスーツ姿でこの場にいることがおかしいのですが。
「へっへっへ、角メガネの兄ちゃん。隠しても無駄だぜ。アンタ、あのデカいオッサンと同じで魔界のお偉いさんなんだってな?」
「おやおや、私も有名になったものですね。こちらの世界ではそれほど顔が売れていないと思ったのですが」
「招待選手は大会のパンフに顔写真とか略歴が載ってたからな!」
「ああ、なるほど。そういえば宣材に使うとかで撮りましたねぇ」
「で、そんな有名人のアンタを倒せば俺の名もドカンと上がるって寸法よ!」
「ははぁ、それはどうもご苦労さまです。頑張ってくださいね」
どうやらヘンドリックを取り囲んでいる者達は、有名人であるらしい彼を倒して名を上げることが目的であるようです。
「ちなみにあちらの、あの巨人の彼も同じ幹部ですが行かないんですか? どこからでも一目で居場所が分かる彼ではなく、わざわざ私を探し出すのは大変だったでしょう?」
「いや、だって、ほら……なぁ?」
「あっちは見るからに超強そうだし……」
「うん、どう考えても無理無理」
言葉を濁していますが、同じ幹部でも見るからに絶対勝てそうもないガルガリオンと違って、容姿だけなら優男風のヘンドリック相手ならまだ勝機はあると踏んだのでしょう。
確かにどちらも同じ魔王軍の四天王。
得られる名声が同程度なら、なるべく弱そうなほうを狙うというのは、理に適っていると言えなくもありません。加えて、大勢で一人を襲おうが勝ちは勝ち。少なくともルール上は問題ありません。かなり情けないことを言っているのは本人達も薄々分かっているので触れないであげましょう。
「そうですか。では、予選が終わるまでの間は私はここで読書を続けていますので。いつでもご自由にどうぞ」
とはいえ、この程度で動じるようでは四天王などやっていられません。ヘンドリックは相変わらず、腰を上げることすらなく優雅に読書を続けています。
「舐めやがって、流石に甘く見すぎだろ?」
「お前ら、後ろ側に回り込め」
「よっしゃ! せーの、で一斉に行くぞ!」
選手達はヘンドリックの周囲全方向を取り囲み、
「「「せーの」」」
それぞれ武器を構えて息を合わせて……、
「ぐぁ!?」
「ぎゃあっ」
「何やってんだテメェ!?」
次の瞬間にヘンドリックではなく、すぐ隣にいた者を襲い始めたのです。
完全なる不意討ち。これではひとたまりもありません。
「このタイミングで仲間割れだと? いや、まさか……テメェが何かやったのか!?」
「ええ、やらせていただきましたよ」
しかし、よりにもよってこんなタイミングでの仲間割れなどあり得るのか。頭の回る一人がヘンドリックの仕業という可能性に思い至って問い詰めると、彼は隠す素振りもなく答えました。
「ですが、一つだけ訂正を。仲間割れというのは少々語弊があるかと」
ヘンドリックが仕掛けたのは説得でも買収でも、ましてや洗脳でもありません。彼を襲おうとした者達も、よく仲間の顔を観察すれば簡単に気付いたことでしょうが。
「ああ、話し中に失礼。そこの貴方、後ろ気を付けたほうがいいですよ?」
「なっ、こ、コイツは俺……俺が、俺を!?」
注意を受けた選手は忠告のおかげで辛うじて背後からの不意討ちを防ぐも、その表情は驚愕のあまり大きく目が見開かれていました。
それも無理はないことでしょう。
なにしろ斬りかかってきたのは、他でもない彼自身。
いえ、正確には彼自身と寸分違わぬ姿をした人形だったのですから。
「はは、いきなり自分と同じ顔を見ると『ぎょっ』とするでしょう? ネタばらしをしてしまいますと、私、人形使いでして」
集団戦でこれほど性質の悪い技もそうはないでしょう。
限りなく本人に似せた人形を瞬間的に生成して、集団の中に紛れ込ませる。あとは任意のタイミングで同士討ちを誘発するなり、仲間のフリをしたまま議論の方向を誘導するなり情報を抜き取るなりご自由に。
普段は自分自身をコピーして机仕事の効率化に、こういう大会ではお遊びのような使い方をしていますが、この技が本領を発揮するのは組織間での情報戦でしょうか。
単純な能力そのものの有益さに加え、ヘンドリックが何をするまでもなく「こういうことができる」とあえて明かすだけで、敵が勝手に疑心暗鬼に陥って自滅してくれるわけです。
「――――と、このように皆さんの顔と体格を写し取った人形を、私を包囲する間に紛れ込ませておいたわけですね……おや、もう聞こえていませんか?」
人形の戦闘能力はどの程度の魔力と思考力を割いたか、誰を写し取ったかによっても大きく変動しますが、「超」の付かない一流程度であればこの通り。多少の観察時間は必要ですが、コピー元の技量すらもほぼ完璧に再現可能です。
悪くとも互角。今回のように動揺した隙につけ込めば、フィジカルやテクニックが同レベルでも一方的に倒し切ることは難しくはありません。
「さて、予選の間にもう二冊か三冊は読めそうですね」
結局、ヘンドリックは一度たりとも手元の本から視線を上げることすらなく、予選大会を余裕で通過していました。
◆◆◆
さて、他の優勝候補が順当に勝利を重ねている中で。
「皆、陣形を崩すな! ええい、何故俺達ばかりがここまで狙われるのだ!?」
「アンタの顔と性格と頭が良くて女の子にモテるからだよキエーッ!」
「大会中なら王族をブン殴っても無罪だかんな! 世の中のモテない漢の恨みを思い知れ、正義は我らにあり!」
前大会準優勝の実力者として知られるシモンおよび彼が率いる学都騎士団ご一行様は、特に昨年の戦績とは関係なさそうな理由で大勢の選手から八つ当たり気味の感情を向けられていました。




