シモン、受難の一日
まあ、言ってしまったものは仕方がありません。
後は野となれ山となれ。
一行は元々の予定通りに午後から自由行動ということにして、レンリやルカ達は劇場で演劇鑑賞を、シモンとライムは変装して街中のお忍びデートを、ウル達迷宮組は行きたい所の数だけ自分自身を増やして片っ端から。シモンの部下達もナンパや首都観光など各々好きなように、それぞれ充実した休暇を過ごしました。
そして翌朝。
いよいよ武術大会本番がやってきました。
出場予定の皆のコンディションはもちろん絶好調です。
首都までの道中でハードなトレーニングを課されていた皆も、モモがサービスで昨夜一晩の間ずっと回復力を『強化』してくれたおかげで、学都を発った頃より僅かなりとも強さを増している様子。
「これならば、そう易々と不覚を取ることはあるまい」
離宮にて軽めの朝食を終えたシモンも満足そうに頷いています。
これならば思惑通りに近衛騎士団と良い試合をして、双方が自分達の自信を深めるような結果に自然と持ち込めるだろう、と。この期に及んでもまだそんな悠長なことを考えていました。
「気が急いて少し早く起きすぎたかな? どれ、新聞でも読みながら時間を潰すとするか何ィィィィ!? いや、ちょっ、待て待て待て待て!」
首都の新聞社が発行している朝刊を手に取ったシモンは、一面の見出しに大きく載っている記事を見て思わず引っくり返りそうになりました。
“シモン様に次期国王の座を奪取する野望が?”
“白昼堂々、城内にて決闘の申し出!”
“最強の軍団はどこだ! その答えは本日開催の武術大会にて!”
“【広告】シモン様ファンクラブ、新会員募集中”
最後の広告はさておき、問題は一番最初の見出しです。
いくら王位継承権を持っているとはいえ、シモンの順位は十番目以下。普通ならまず順番が回ってくるはずのない名ばかりの継承権ですし、そもそも彼自身に自ら国王の座を狙うような野心はまったくありません。
一応、“野望が?”と疑問符を付けることで、断定ではなくあくまで疑惑だというのが新聞社の主張なのかもしれませんが、だからといって簡単に見過ごすことはできません。
下手をすれば現体制への叛意を疑われても不思議はない。
今すぐにでも新聞社に抗議に赴き、朝刊の即時回収と謝罪および訂正文の掲載くらいは要求したいところです。いえ、それよりも王城に出向いて身の潔白を証明するのが先決でしょうか。
「こうしてはおられぬ」
どこに向けて駆け出すべきか、シモン自身定かならぬ混乱状態。
ですが、とにかくどこかには行かねばならない。
そんな焦りに身を焼かれるようにして、愛剣だけ手に取って転がり出るように離宮の正門から飛び出したシモンでしたが……時すでに遅し。ある意味で。
「ともあれ、まずは兄上に事情を……ぬおぉ!?」
王城に向けて走り出そうとしたシモンの眼前の道路が、突如として爆発。轟音と共に地面に大穴が開きました。一見すると強力な火炎魔法でも飛んで来たかのようですが、魔法であればこのような鼻につく火薬の匂いはしないでしょう。
「はっはぁ、挨拶代わりの一発は如何かな! 我ら南方軍団を差し置いて最強を決しようとは片腹痛し!」
「ぐ、軍艦だと!? 陸だぞ!?」
シモンが目にしたのは、本来海に浮かんでいるはずの軍艦が陸上を進む雄姿でした。船首にて大声を張り上げているのは、シモンとも面識があるG国の南方方面軍軍団長。一応軍服を着ていますが、よく日焼けした顔や眼帯、立派な口ひげを見ると海賊の親分か何かのほうが似合っていそうです。
どうやら大勢の水魔法使いを動員することで船の喫水線から下を大量の海水で包み込み、世にも非常識な陸上航海を実現している様子。先程、道路に大穴を穿った一発は甲板上から放たれた火薬式の大砲だったのでしょう。
しかし、まだまだシモンの受難は終わりません。
「否! まったくもって否! 我が西方軍団のいないところで、いったいどうして最強など決められようか?」
「くっくっく、私の鍛え上げた東方方面軍を目の当たりにしても戦意を保てると良いのですがねぇ?」
「学都方面軍など元々は我ら北方軍団から切り離された一派。本家本元たる我々の足下にも及ばぬわ!」
「中央軍は近衛だけではない。その意味を教えて差し上げましょう」
続いて周囲の建物の屋根上に現れたのは、同じく東西北と中央の各軍団長。わざわざ朝っぱらから屋根によじ登って、シモンが出てくるタイミングを仲良く見計らっていたようです。
この変人達、軍団長という地位にあるだけあってシモンと同じく王族の血縁であったり、国内有数の大貴族の出身であったりするのですが、全員すっかりノリノリです。楽しい武術大会を前にして、童心に還ったように浮かれているのかもしれません。
「よし、ちゃんとワシらの格好良いところを撮ったな記者? よしよし、せっかく船に乗せてやった甲斐があるというもの」
「くっくっく、記事ができたら私にも送ってくださいねぇ」
「ああ、シモン殿下。叛意の疑いが、とかは気にしなくていいですよ。その記事も大会を盛り上げるための仕込みなので。陛下も知っておられます」
「な、なな、なん……」
どうやら、悪ノリは各軍団長だけではなかったようで。
自分達の軍団を蚊帳の外にして勝手に最強を決めようとしているのに少々腹が立ったのは否めないにせよ、そうした感情も込みで大会を盛り上げる方向で意気投合してしまったのでしょう。
どうやら、学都方面軍はかなりの苦戦を強いられることになりそうです。
◆◆◆
気を取り直して王家の敷地内にある会場に向かった一行。
しかし、そこでも受難は続きました。
『え、えーっ!? 未成年は参加禁止なんて聞いてないの!』
「参加要項に書いてあったんだけどねぇ。お嬢ちゃん、ちゃんと読んだかい?」
『よ、読んでないの……』
もっとも、これについては受難というか単なる不注意でしたが。
大会参加は近隣国家の多くで成人年齢とされる十五歳から。
なにしろ、この大会は武器で斬りあい刺しあうのも当たり前という、かなり過激な内容です。もちろん安全策は過剰なほどに講じていますが、未成年の参加を禁じるのも仕方ないでしょう。
「失敬。俺が十代前半の頃は特にそういう縛りはなかったと思うのだが?」
「殿下が初めて大会に出た時って、まだ軍の中だけでの内輪のイベントみたいなモンでしたでしょ? 一般人も混じっての大規模な催しとなると、どうしてもレギュレーションの見直しが必要ってなりまして……」
「それもそうか」
そうと言われればシモンも納得せざるを得ません。
これ以上受付でゴネても事態が好転することはないでしょう。
「すまぬ、ウル。どうやら俺の確認が甘かったようだ」
『もうっ、納得いかないの! なんでアレが有りなのに我が出られないの!』
「いやまぁ、そう思うのも無理はないとは思うが……」
ウルの言うアレとは、南方方面軍一同が遥々持ち込んできた軍艦。
受付横のスペースを大きく圧迫して邪魔くさいことこの上ありません。
まったくもって信じ難いことですが、軍艦は「武器」扱いで持ち込みオーケー。今大会のルールには持ち込める武器の種類や大きさについての言及がなかったため、上手くルールの穴を突いた形になります。
いったい「武術」大会をなんだと思っているのやら。恐らく来年以降の参加要項には、持ち込み可能な武器の大きさについての記述が増えることでしょう。
『せっかく新必殺技を試そうと思ってたのに。我の手を毒キノコに変えて殴るカエンタケパンチとか、大量のスギ花粉を吐き出して鼻水とか涙を止まらなくする花粉症ブレスとか』
「うむ、その技は永久に封印しておいてくれ」
不満たらたらではありますが、ルールでは仕方がありません。
ウルも最後には納得して、同じく出場を断念したゴゴやヒナと一緒に観客席側の入場口へと歩いていき……しかし、大慌てで引き返してきました。
『大変大変、大変なの!? ライムお姉さん!』
「私?」
ライムは今まさに出場手続きを済ませたところです。
大人のお姉さんである彼女は、ウル達と違って参加規程に引っ掛かることもありません。調子は上々。昨年度の雪辱を晴らすべく、ずいぶんと気合を入れて備えていました。
『迷宮都市にいるほうの我に、お姉さんのお姉さんからヘルプが来たの! お姉さんのお母さんのお産がもう始まっちゃってて! でも何だかすごい難産でエルフの村の産婆さんも苦戦してて、治癒の魔法が得意な人に一人でもたくさん来て欲しいって!』
しかし、物事には優先順位というものがあります。
ここでライムが出場辞退して行かずとも、全てが上手く回る可能性もないわけではありません。ですが、もしも万が一があったらと思うと、仮に大会で優勝してもそれがいったい何になるというのか。
「……ん。シモン」
「うむ、皆まで言うな。行ってこい」
「ありがと」
逡巡は一瞬だけ。
ライムは事情を汲んでくれたシモンに礼を告げると、後はもう一度たりとも振り返ることなく、音よりも速く北へと向けて駆け出しました。




