喧嘩、大特価セール中
ちょっと目を離した隙に王太子に喧嘩を売っていたシモン。
国内最強と名高い近衛騎士団……という評価は今や過去のモノ。その称号は我らが学都方面軍こそが相応しい。明日の武術大会でお前らをけちょんけちょんのボコボコに叩きのめして、その認識を天下に知らしめてやろう。
流石に実際の言葉遣いこそもっと丁寧なものでしたが、意味合いとしてはまさに挑発に他なりません。それを多くの役人や貴族も行き交う王宮内で堂々と言い放ったのです。
「そうではない、とお思いならばこの場で千言を並べ立てても無意味なのはお分かりでしょう? 戦いの場にてご自慢の近衛の実力を示していただこう」
全くもってシモンらしくもない挑発的な物言い。
彼の人となりをよく知る人間であれば、まず間違いなく違和感を抱くことでしょう。現に仕掛けられた側の王太子も怒りよりも先に戸惑いが強く出ているようです。
とはいえ、次期国王ともあろう者が衆目の前でこれだけ言われて黙っていては、その沽券に関わります。たとえ当人達の内心がどうあれ、です。
「実力を見たいというなら無論見せるとも。その者達が叔父殿の部下のようだな。うむ、たしかによく鍛えられているようだが、我が近衛騎士団と比べさせるのは流石に酷というものではないかな?」
急に王太子の視線が向けられたシモンの部下達は、内心気が気ではありませんが、自分達の上司が意味もなく誰かを挑発するような人物ではないという信頼は揺るぎません。どうにか動揺を押し隠して強そうに見せることに成功していました。
「安心するといい。明日の大会に出る者には、なるべく怪我をさせず優しく倒してやるよう申し伝えておこう」
「それは奇遇。私も彼らに同じことを命じようと思っていたのですよ」
「はっはっは、それは面白い偶然もあるものだ」
「はっはっは、違いない」
「「はっはっは」」
一見すると叔父と甥が朗らかに笑っているように見えますが、周囲で事の成り行きを見守っていた人々としては気が気ではありません。下手をすれば次の瞬間にも王族同士の決闘が始まってしまうのでは、などと心配する者もいましたが。
「では、これにて。明日は良い試合にしましょう」
「う、うむ?」
最初に喧嘩を吹っ掛けたシモンがあっさり引いたため、場の緊張感はあっさりと霧散しました。肩透かしもいいところですが、意図を測りかねる皆は混乱しつつもシモンに付いていくしかありません。
シモンは堂々と肩で風を切って歩くように廊下を抜け、城門前に待たせてあった馬車に乗り込むと……。
「……やってしまった!? どうしよう!」
ようやく、その本心を明らかにしました。
シモンの策はそう複雑なものではありません。
近衛騎士団に自信を取り戻させるには、大きな成功体験を積ませるのが一番手っ取り早い。この場合は相応の強敵を打ち破るのが適切でしょう。折よく武術大会の開催時期とも重なっていました。
「では、諸君。明日は思いっきり戦ってくれ」
とはいえ、シモンにも武人としての誇りがあります。
張り切っている部下達に八百長を命じてわざと負けさせる気など一切なし。
彼の見立てではこの場に連れてきている学都方面軍の選抜部隊と、恐らく選手として出てくるであろう近衛騎士団の上澄み層の実力はほとんど互角。まともにぶつかればかなりの接戦になるはずです。
懸念されるのは双方が混戦の中でまともにぶつかり合うことなく大会が終わってしまう点でしたが、そのためにわざわざ慣れない挑発をしてまで両騎士団の対立構造を煽ったのです。近衛騎士団側はまず間違いなく学都方面軍の面々を優先的に狙ってくることでしょう。
そしてここが重要なポイントなのですが、先程は「誰が一番強いか」ではなく「どちらの騎士団が優れているか」という点を強く意識させるようにしました。
個ではなく集団での優劣を競うならば、それなりに良い戦いになることでしょう。「個」ではなく「将」としての指揮力が問われる争いに持ち込めば、シモンが率いても圧倒的な差が付くことはまずありません。それだけ良い勝負ができたのであれば、勝敗の如何に関わらず大きな自信に繋がるはずだ……というのがシモンの見立てでした。
客観的に考えると些か楽観的な見方かもしれません。
というか、戦闘や鍛錬が大好きすぎる脳筋マンゆえの偏った思考が出てしまった感もなくはないですが、相手の近衛騎士団も根っこの部分は似たような感性の持ち主ばかり。案外すんなりと上手く転がってくれる目はそれなり以上にあるでしょう。もちろん事が全部済んだ後は今日の非礼を丁重に詫びるつもりです。
「と、いうわけだ。すまぬが、明日はそのあたりの決着がつくまでは、なるべく他の参加者を蹴散らさずにいてくれると助かるのだが」
「ん。仕方ない」
『やれやれ、じゃあ見逃してあげるの』
この作戦の欠点は、他の有力な参加者が暴れてどちらかの騎士団を、あるいは両方を蹴散らしたら台無しになってしまう点でしたが、その考え得る有力選手にはこうして直にお願いしておくので大丈夫。
仲間以外の一般参加者に関してはライム達が協力して抑えに回れば、まず遅れを取ることはないでしょう。両騎士団の選手達も一般的な基準からすれば十分に優れた実力があるのです。
そう易々と負けることはないはずだ、と。
そんな風に甘く考えていたのが誤算の始まりでした。
◆◆◆
同時刻。
G国首都某所の高級宿にて。
「がっはっは! そら、景気付けにもう一本開けとくか!」
「おう、いい飲みっぷりだな大将!」
宿の食堂で何本もの酒瓶を次々空ける巨大な男が二人。
そう、「巨大」という形容が相応しいでしょう。
一人は二メートルに迫る長身に分厚い筋肉の鎧を纏い、そしてもう一人は更に二回りか三回り以上は大きい。恐らくその身長は三メートル近くもあるはずです。身体に合うサイズの椅子が宿になかった為、やむなく床にあぐらを掻いているのですが、それでも頭の位置は並の人間の立ち姿よりなお高い。本来はかなり天井が高く開放感があるはずの空間が、この二人がいるだけで随分と狭苦しく感じられます。
「やれやれ、お二人とも。そんなに飲んで明日の本番に響いても知りませんよ? せっかくこちらの国からお招き頂いたのに『二日酔いで戦えません』では格好が付かないですからね」
そして巨大な二人の影に隠れて見えにくくなっていましたが、更にもう一人。我関せずといった様子で本のページをめくっていた眼鏡の美青年も彼らの一味であるようです。すぐ隣の二名とは対照的にこちらは細身でやや神経質そうな印象。頭部の左右に生えている巻き角から魔族であることが窺えます。
「へへっ、あちこちから腕自慢が集まって喧嘩祭りたぁ、人間界にも面白そうなことがあるもんだ。魔王様が言ってたけどよ、ガルドの大将が去年の優勝者なんだっけか?」
「応ともよ! ガルの旦那とメガネニイチャンには悪ぃが、二連覇キメさせてもらうぜ?」
「張り切るのは結構ですがね、メガネニイチャンは勘弁して下さい。私、一応貴方の十倍くらいは生きてるんですが……」
人間の巨漢は前年度チャンピオンの“竜殺し”ガルド。
もう一人の巨人は魔王軍四天王の一人“地”のガルガリオン。
眼鏡の魔族青年は同じく魔王軍四天王“風”のヘンドリック。
前者一名はもちろん前年度の優勝者として。後者二人は大会を盛り上げる為の招待選手としてG国から招かれ、遥々魔界からの参戦です。今年の武術大会は昨年とは比べ物にならぬほど荒れるのはまず間違いないでしょう。




