宝物庫とお土産と
そして翌朝。
お城の宝物庫に入れる機会などそうそうあるものではありません。
大抵の人間にとっては人生で一度もないようなレアイベント。
興味がなければ別行動でも良いとはシモンも言っていたのですが、レンリだけでなくルカ達や迷宮達やシモンの部下達までもが、勢揃いで押しかける形になりました。
「入る前の手続きだけで三十分以上かかるとはね。まあ、この後ののお楽しみを思えば三時間でも三か月でも喜んで待つけどさ」
「この人数だと流石に時間がかかるな。ちなみに帰る時にも同じくらい身体検査やら何やらあるからな?」
宝物庫が位置するのは王宮の地下深く。
長い階段や曲がりくねった通路を進んだ先にあります。
今回は城の人間が案内人を務めていたため迷わず来られましたが、途中の分かれ道の多さを考えると、不慣れな人間は簡単に迷ってしまうでしょう。
壁や床や天井の印象はどこも似通っているため印象的な構造物を目印にする手は使えませんし、窓のない地下通路をグルグル歩いていたら自分がどちらを向いているのかもすぐ分からなくなってしまいます。
この道の複雑さは当然ながら意図的なものです。
良からぬことを企んだ賊が忍び込んでも、迷って立ち往生しているうちにまず間違いなく捕まってしまうはず。ウル達のように喋ったり動いたりはしませんが、というよりコレが本来の形なのでしょうが、つまりは「迷宮」というわけです。
床や壁には単なる飾りに偽装した魔法の道具や魔法陣が無数に仕込まれており、宮廷魔術師が遠隔で内部の人間の位置を把握できたり、催眠効果のある薬品を噴霧したり、他にも凶悪な仕掛けが盛り沢山。
ある意味では侵入者撃退トラップのアイデアを試す実験場とも言えるかもしれません。ここ数百年も実際に賊の類が侵入した記録はないのですが、もしも入ってきたらさぞや恐ろしい目に遭うことでしょう。
無事に宝物庫まで辿り着いても、そのまま中に入れるわけではありません。
たとえ王族であろうとも入室前後の身体検査は必須ですし、内部での行動には収蔵物の説明役と入室者の監視役を兼ねた管理人が常に付き添う形になっています。
「武具があるのはそっちの区画だね? やったー、一番乗り!」
「あ、ちょっ、一人で勝手に行かないでください!?」
早速レンリが管理人を困らせていましたが、この程度はまあ想定内。
『はい、レンリさん失礼しますね』
「ちょっとゴゴ君。いきなり手錠は酷いんじゃないかい?」
『と、言われましても』
「仕方ないね。じゃあ、ゴゴ君。その詫びを要求するってわけじゃないんだけどさ……」
レンリはゴゴが生成した手錠で両手を拘束する形で落ち着きました。
「まだ何も盗っていないのに厳しすぎる」と本人は主張していましたが、弁明に「まだ」という語が出てくるあたり、こうしておくのが誰にとっても正解でしょう。それにレンリの不満も、鑑賞に集中し始めるとすぐ消えました。
「剣はよく分からない、けど……青くて、綺麗」
「そちらの宝剣ですね。よろしければ解説を……」
「お、ルカ君良いところに目を付けたね。それは六百年くらい前のアワターグって刀匠の作品だね。この青い色合いは青生生魂っていう金属の色なんだけどコレの製法は現代では失伝していてね。一説によると現代でも流通しているヒヒイロカネをどうにか加工することで出来るんじゃないかとされていて――――」
水を得た魚とはまさにこのこと。専門知識を備えた案内人の女性が口を開くよりも前に、聞いてもいないことまでベラベラと答えています。
「これって普通の青銅剣に見えるけど? なんでこんなのまで飾られてるんだ?」
「はい! それはですね……」
「おやおや、ルー君分かってないね! 材質こそありふれた青銅製だけど、ここ! この刀身と鞘に秘密があるんだよ。剣本体に込められた魔法が鞘の魔法と影響し合うことで当時主流だった理論よりも遥かに強力な威力を引き出すことに成功して――――」
「殿下、この人何なんですか!? 異常に詳しすぎるんですけど!」
初めて来るはずなのに、仲間が興味を持った端から長文の解説を始めるせいで案内人の面目丸つぶれです。
「ええと、すまぬがそちらの長剣について……」
「はいはい、何が聞きたいんだいシモン君!」
「ああ、いや、剣ではなくて持ち主の来歴についてな」
「は、持ち主? そういうのはいいや。そっちのお姉さんに任せるよ」
「え、は、はい! では僭越ながら、こほんっ……そちらの剣は殿下のご先祖様でもあらせられる約五百年前の名君にして剣豪としても名を馳せたガリバニア王の愛剣でして、当時侵攻してきた魔界の軍勢との戦役においては実際にこの剣で敵将と斬り結んだという記録が――――」
気を遣ったシモンがレンリの興味から外れそうな質問を案内人女性に振って、どうにか面目を保たせてあげたりもしていました。滅多に見学者など来ないだけに今日は密かに張り切っていたのでしょう。
流石に国宝級の名品ともなると知識のない素人でも感じ入るものがあるようで、レンリほどではないにせよ他の皆も思い思いに見学を楽しんでいました。
途中からは武具以外の絵画や宝飾品の区画にも移動し(床に転がって駄々をこねたレンリはウルが担いで持ち運びました)、それぞれの一級品を思う存分に堪能。充実した時間を過ごすことができました。
◆◆◆
「やれやれ、やっと手錠から解放されたよ。さあ、ここからは解散して自由行動かな? でも、その前にちょっとお手洗いに行ってこようかな。おや、ゴゴ君も行きたいのかい?」
『え? いや、我はトイレとか行きませんけど』
「なぁに、遠慮することはないさ。さあさあ、細かいことはいいから連れションで女同士の友情を深めようじゃあないか」
「いや、遠慮とかじゃなくてですね……ああもう、分かりましたよ!」
再びボディチェックや諸々の手続きを終えて、一行が地上の王宮に戻ってからのことです。ようやく拘束から解放されたレンリは人目に付かなそうな場所にゴゴを呼び出しました。もちろん真の目的はトイレではありません。
「で、ゴゴ君や『お土産』の首尾は?」
『ええ、まあ内部構造まで全部記録してるからできますけど……本当に大丈夫ですかね?』
「もちろん大丈夫だとも。私を信じたまえ!」
『それが一番怪しいんですよ、っと』
周りに人目がないことを再度確認すると、ゴゴはしばし意識を集中。
数秒の後にその手には目にも鮮やかな宝剣が握られていました。
『こんな感じで如何です?』
「ふふふ、素晴らしいね。まさに瓜二つだよ」
ゴゴがどこからともなく取り出したのは、つい先程見てきたばかりの国宝の宝剣。しかも、その一本で終わりではありません。ゴゴの手のひらから次々生み出されては乱雑に床に積み上げられていきます。
『我、3Dプリンタじゃないんですけどねぇ』
無論、これらの剣は宝物庫から盗み出してきたわけではありません。
ゴゴが見て記録したデータを元に能力で作り出した、極めて精密なコピー品です。迷宮達の視力ならば人間には見えない刀剣の内部構造まで見て取れますし、模造品とはいえ単に表面的な見た目を似せただけではなく、切れ味から込められた魔法の効果までそっくり同じ。オリジナルの隣に並べたら、常日頃から管理している人間ですら見破るのは困難でしょう。
「いやぁ、素晴らしい! おかげで私のコレクションも一段と充実するというものだよ」
オリハルコンなど希少で加工の難しい材質や複雑な魔法が込められた品は、生成するのにも相応の神力が必要となりますし、今のゴゴでも気軽に複製できるわけではありませんが、品質に関してはまさに国宝級の一級品。レンリのコレクション棚もこれで一国の宝物庫並みのラインナップとなったわけです。決して表沙汰にはできませんが。
『じゃあコレは一旦しまっておきますね』
生成したコピー品は出した時と同じように、ゴゴの手のひらの中へとズブズブと。まるで手の肉に刺し込んでいるようで見た目は幾分恐ろしげなものがありますが、実際には学都の異空間に存在する第二迷宮『金剛星殻』へと空間を隔てて収納しているだけ。ゴゴだけでなく姉妹達共通の能力です。
生物は送れませんが、旅先でいくらお土産を買い足しても持ち運びに頭を悩ませる必要がないので、他の姉妹も気軽に便利使いしています。
「配送業でもやったら天下を取れるんじゃないかな?」
『どうでしょう? 現状そこまでして儲ける必要性は感じてないですし。さ、それよりそろそろ戻らないと他の方々を待たせてしまいますよ』
「ああ、すっかり話し込んでしまったね。何か聞かれたらゴゴ君が大きいのを出したり入れたりしていたと言い訳するとしよう」
『言い方!? 間違ってないけど他にもうちょっとあるでしょう!』
ともあれ、「お土産」を充実させて皆のところに戻った二人。
待たせていた皆はすっかり退屈しているかと思いきや、まるでそんなことはありませんでした。むしろ席を外していた二人のことなど忘れていたほどです。というのも……。
「どういうつもりも何も言葉通りのこと。今や近衛騎士団は最強にあらず。国内最強の称号は我ら学都方面軍が貰い受ける。では甥御殿、明日は正々堂々と戦いましょう」
城の人々が大勢行き交う面前にて。
らしくもなく、シモンが近衛騎士団長たる王太子に喧嘩を売っているところに遭遇してしまったのです。




