ひとまずの解決と魅惑の誘い
シモンが元凶とまでは言わずとも、遠因くらいではありそうです。
近衛騎士の面々に必要以上のプレッシャーを与えてしまった責任を取る意味でも、事態の解決に尽力しないわけにはいきません。
「なるほど、改めて見てみると妙な魔力が……」
幸い、野性化した者を正気に戻す手段には心当たりがありました。
まず一番手っ取り早いのは、彼らに掛かっている魔法をシモンが斬って効力を失わせる方法。数々の封じられた魔法を後先考えずに幾重にも重ねがけした結果、それらの術が干渉しあって想定外の効果を発揮してしまったわけですが、その術同士の繋がりを断ち切る。もしくは魔法の対象となった人々と魔力とを切り離す。恐らくはこれだけでも事態を収めることはできるでしょう。
もし失敗したとて二の矢、三の矢にも心当たりはあります。
ネムに頼んで魔法の効果が及ぶ前の状態にまで王太子達を『復元』してもらうとか、モモの力で魔法の効力を『弱化』させつつ彼らの理性を『強化』するとか。折よく彼女達もすぐ近くまで来ていることですし、頼めば否とは言わないでしょう。
「しかし、だ」
事態の収拾はできる。
それはまず間違いないでしょう。
しかし、シモンの懸念はそこにはありません。
賢明な人員が揃っているはずの近衛騎士団が無茶をしでかしたそもそもの理由を考えると、ただ魔法を解くだけでなく、十分な自信を取り戻させてこそ真に解決したと言えるのではないか。根本原因を作ったらしい身の上として、シモンはそんな風に考えてしまったのです。
そのための方策にしばし頭を巡らせ、そして。
「偶然だったがうちの部下を連れて来て正解だったな。まあ、何とかなるだろう」
腰に差していた剣をゆるりと抜くと、城内の窓から訓練場に飛び込みつつ空に向けて一閃。奇怪な魔力の流れを一刀の下に断ち切りました。
◆◆◆
シモンが皆の待つ離宮に戻ったのは、すっかり夜が更けてから。皆が豪勢な夕食を取っている頃のことでした。
「おかえり。遅い」
「ああ、すまぬ。久しぶりに顔を合わせたものでな、ちょっとばかり兄上や甥御殿との話が弾んでしまったのだ」
結論から言うと近衛騎士団の野生化は無事に解除されました。
正気を失っていた間ずっと暴れ回っていた反動での魔力や体力の消耗も、むしろそれが良いトレーニングになったのか一同絶好調。
国王からのお説教を長々と受けることにはなりましたが、事が明るみに出たら王家そのものの恥。対外的には王太子が軽い病気で数日臥せっていたが、大事なく回復したとでも発表されることでしょう。
なので、ライムや仲間達が相手でもシモンも内緒にしています。
「それより明日の予定なのだが」
武術大会の本番は明後日。
観光を楽しむとしたら明日のうちでしょうか。
なにしろ大国の首都ともなれば、見所の数はここにいる全員の両手足の指でも到底数え切れません。あらかじめ候補を絞って、大まかにでも計画を立てて動かねば満足のいく観光とはならないでしょう。
「ああ、私達は劇場に行こうかって話をしてたんだよ。ちょうど面白そうな演目をやってるらしくてね。良かったらシモン君も一緒にどうだい?」
「劇場……劇場か……いや、うむ大丈夫だとも。それで何を観るつもりなのだ?」
レンリとルグとルカは歴史ある劇場での観劇を予定しているようです。
舞台鑑賞が趣味のルカ曰く、学都の劇場では上演しないようなタイトルも多々あるのだそうで。
かつては劇場という場所にトラウマのあったシモンも、最近ではずいぶんと苦手意識を克服してきています。面白そうなら同行する選択肢もありましたが。
「ええと、なんてタイトルだったかな? たしかあらすじは……どこかの国の王子様が留学先の外国で給仕の金髪娘に惚れて何やかんやあって最後に振られるヤツ」
「嫌だーーーーっ!」
レンリが述べたあらすじは明らかに幼少時のシモンをモデルにした例のヤツでした。鑑賞したら消えかけたトラウマが再燃すること間違いありません。というか、今もうすでに再燃しかけています。
「はっはっは、劇のモデルになった本人を横目に観劇なんて、なかなか乙な趣味だろう?」
「悪趣味すぎるだろう!? 行かぬ! 俺は絶対に行かぬからな!」
「か~ら~の~?」
「そういうフリではない! 泣くぞ? 大の男が本気で泣き喚くぞ!?」
無理強いをしたら本気で泣き出すかもしれません。
まあ、レンリとしても本気でシモンに嫌がらせをしたいわけではなく、単にからかっているだけですし、この反応だけでもひとまず満足したようです。
「まったく……で、俺は行かぬがその劇とやらは何時からだ? 朝から晩までというわけでもあるまい?」
「うん、午後からだけど?」
「では、午前中に少し時間を貰えるか? 実は先程、兄上と話す中でレンリのことを話題に出してな」
「へえ、それはそれは。ところで、シモン君知ってるかい? 本によると日本には黙秘権と弁護士を呼ぶ権利というのが誰にでも保証されてるらしいよ? 我々の世界もこれからはそういった仕組みを取り入れるべきじゃあないかな」
「いや、別に何らかの罪を報告したとかの話ではなくてな」
レンリにはやましい心当たりが売るほどあるようですが、今回はそういう話ではありません。むしろ、その逆。
「兄上が、俺のこの剣にご興味を持たれてな。それが友人の仕事だと言ったら、いたく感心されて」
「いやぁ、はっはっは! 流石はお目が高いと言っておこうか。まあ、それほどでもあるけどね?」
「で、剣に興味があるなら、こっちにいる間に普段は公にしていない国宝の刀剣類を見にこないか、とな。良い刺激になるだろうからと。宝物庫の立ち入り手続きはそれなりに手間を食うし、面倒なら断ってくれても構わぬが」
シモンも言いながら、万が一にも断られることはないだろうと思っていましたが、実際の反応は思ったより遥かに大きなものでした。
「断るわけないだろう!? はいはい、絶対行く! なんなら、そのまま住む!」
レンリの歓声だか悲鳴だか分からない叫びが離宮全体を揺らしました。
「やったー、掴み取りだ! 今からでも大きいカバン買ってこなきゃ。ねえねえ、この時間でもやってるお店知らない?」
「いや、やらんぞ!? 見るだけ! 見るだけだからな!」




