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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十四章『神様旅行記』

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野生の王国 ~episode.0 王国の誕生~


 事の発端はシモンが前回帰郷した頃にまで遡ります。


 それ以前にもシモンが何かの折に近衛騎士団に稽古を付けることはありました。だからあの時もいつもと同様に彼らを鍛えたわけなのですが、当時の彼は大きな壁を乗り越えて格段に腕を上げた直後。もちろん心身を壊さない程度ではあるものの、加減が利かずに少しばかりやりすぎてしまった感は否めません。


 婚約発表をはじめ諸々の面倒事を済ませたシモンはスッキリとした心持ちで首都を後にしたわけですが、かつてないハードトレーニングで身も心もボロボロのボロ雑巾になった近衛騎士団の面々は同じくスッキリとはいきませんでした。

 トレーニングをそういう遊びだと思っているフシのあるシモンと違い、普通の人間は体力だけでなく精神力も消耗するのです。余力など一滴残らず涸れ果てるハードトレーニングであれば尚更。もちろんシモンに悪意があったわけではないのですが、修業マニアの変人と普通人との悲しいすれ違いとでも言いましょうか。



「俺達はっ、弱い……!」


「悔しいです、俺っ!」



 多少の個人差こそあれ国内最強の誉れも高い近衛騎士団のメンバーは、自分がその一員であることに非常に強い誇りを持ち、またその名誉に相応しく在ろうと常に研鑽を欠かしません。


 常日頃から城内で王族や高位の貴族と接する機会の多い彼らは、ただ単に強ければ良いというものではありません。語学や礼節を高いレベルで習得し、様々な教養にも通じている必要があります。城には諸外国の貴人を招くことも少なくないため、彼らの振る舞い一つが国の評判に関わってくる可能性すらあり得ます。


 しかし、それでも彼らはあくまで騎士団。

 通訳でも外交官でもなく騎士なのです

 その第一の存在意義は、己が身を盾にしてでも敬愛する王家の人々と愛すべき国民を守ることに他ならず。いくら他の事柄に長じていようが、弱い騎士団など何の意味もありません。


 そういう意味で、シモンによる過酷すぎるトレーニングで自信と自尊心をバキバキにへし折られた彼らは、自分達の存在意義そのものを否定されたに等しいほど気落ちしていました。中には辞表を出そうとする責任感の強い者も一人や二人ならずいて、近衛団長たる王太子は説得のため大いに苦心させられたものです。


 が、辞表を引っ込めさせても根本的な問題は何も解決していません。


 シモンが例外的に強すぎたのだから仕方がない?


 いいえ、そんな言い訳が許されるはずもなし。

 他の誰が、たとえ国王が許しても彼ら自身が許しません。

 もしシモンと同等以上の敵がどこかから攻めてきた時にも、相手が強いのだから仕方がないとでも言い訳を垂れながら白旗を上げろと言うのか。そんな惰弱な者に誉れある近衛騎士を名乗る資格があるのか。


 否。

 断じて否。

 彼らが誇りを取り戻すための条件は明確です。

 現状から隔絶した圧倒的な強さが絶対に必要でした。



「皆の想い、確かに受け取った! 俺も何か良い手は無いか考えてみよう」



 他の公務のためシモンの特訓は受けていなかった王太子も、部下の向上心に感化されて大いに張り切りました。事ここに至っては上も下もなく一丸となって助け合い、共に同じ目的に突き進んでこそ背中を預け合える仲間同士である。仲間が悩み苦しんでいるのに、どうして自分だけが安穏としていられようか、と。王太子はシモンの甥だけあって、そういった物の考え方やカリスマには似通ったところがあるのかもしれません。


 その翌日から訓練量は平時の五倍に。

 他の騎士団に無理を言って通常業務の埋め合わせのための人員を都合してもらい、更には宮廷魔術師団にも協力を要請しました。



「遠慮は無用。やってくれ! なるほど、これで十倍の重力か。うむ、悪くない負荷だが」


「シモン殿下の時はこの三倍は軽く超えてたからなぁ」


「アレを体験したら些か生温く感じてしまうな」



 シモンがやったのと同じ高重力下でのトレーニングを再現しましたが、近衛同様にエリート揃いの魔術師団といえどもシモンと同等の負荷をかけるのはなかなか厳しいものがありました。

 魔力を精密に扱えるようになったことで魔法発動時の魔力ロスが限りなくゼロに近付いたシモンは、涼しい顔で一日中重力魔法を維持していましたが、並の魔術師が同等の魔法を行使しようとすれば一分も保たずにガス欠になってしまいます。



「一班十人がかりで二十分。その三交代制か」


「ああ、これこれ! 王弟殿下の時と同じくらいキツイ!」



 しかし、宮廷魔術師団にもプライドというものがあるのです。

 ベテランから見習いの新人まで総動員して、魔力の不足は人数の多さでカバー。最初は重力魔法を扱えなかった者も流石のエリートだけあって数日中には見事に習得。

 魔力切れで何人も倒れて医務室に担ぎこまれることが連日続きましたが、そうした後先考えない術の行使が魔力量の増強に繋がったのか、次第に術の威力も持続時間も向上。高重力下での試合や筋力トレーニングを続けることで、騎士達の動きも見る見る良くなってきました。


 これでシモンに追いついたと言えるのか?

 否。まだまだ、まるで足りません。

 彼が課した訓練はあくまで騎士達が身体を壊さない程度に手加減されたもの。近衛騎士も馬鹿ではありません。当然そのくらいは察しています。

 手加減されたトレーニングと同等の訓練を続けても、それ以上の強度であろう鍛錬を常日頃からしている相手に追いつける道理はなし。更なる飛躍のためにはもう一段、とびきりの隠し玉が欲しいところでした。



「コレだ! それからアレと、ソレも使えそうだな」



 その隠し玉は城内でも限られた人間しか閲覧できない、そもそも正確な場所すらほとんど知られていない地下の禁書庫で見つかりました。なにしろ王太子といえば次期国王。禁書に目を通すくらいの権限はあるのです。



「これだけあれば、どれかは役立つ物もあると思うんだ」



 王太子が持ち出してきた書物は一冊だけではありません。

 『潜在能力を引き出す魔法』

 『限界を打ち破る魔法』

 『肉体を強くする魔法』

 『野生を引き出す魔法』

 『物覚えが良くなる魔法』

 『苦痛を無視する魔法』

 『術の影響が倍化する魔法』

 これらはほんの一例です。

 彼が両腕いっぱいに抱えてきた書物は全部で五十冊ほどもありました。


 そもそも禁書を持ち出して他の者に見せるのが法的にどうなのかという疑問もありましたが、普通なら絶対に見ることが叶わない貴重な魔導書の数々に、宮廷魔術師達も好奇心を優先して頭に浮かんだ疑問に蓋をしました。

 好奇心の赴くままに貴重な書物に目を通し、かつて何らかの理由で封じられた魔法の数々を習得していき、そして実際に使うところまであっという間に到達。



「はっはっは、大丈夫大丈夫! いざとなれば魔法を解けばよいのだ。さあ、遠慮なくやってくれ!」



 純粋な好奇心に加えて王太子の命令ということもあり、また連日の無茶な特訓に慣れつつあって危険に対する嗅覚が全員揃って麻痺していたせいもあるでしょうか。

 過去に何らかの理由で禁じられたとはいえ、魔法の技術は年々大きく発展しています。現代の魔法技術であれば過去に問題とされた欠点を克服できる見込みは大いにあるし、また最悪の場合でも術者が魔法を解除すれば影響も消えるはず。


 そんな甘めの見込みで実行に移したのが大間違いでした。



「これはっ!?」


「力が、力が漲る!」



 最初のうちはまだ良かったのです。

 二つか三つめあたりまでは急速かつ桁違いに強くなった実感に、騎士達も魔術師達も大いに浮かれてハシャいでいました。問題はそこから先です。


 前にかけた魔法を丁寧に打ち消してから次の魔法の実験に移ればまだ良かったのかもしれませんが、実験が上手くいったことでの油断ゆえか、あるいはそうした慎重さの欠如という副作用こそが封じるに値するとされた問題点だったのか。今となっては詳細な原因は不明ですが、まだ前の魔法の効果がまだ残っているうちに次の魔法をアレもコレもと次々重ね掛けしてしまったのです。


 詳細のよく分からない魔法の混合(チャンポン)

 それで恐らくは魔法同士が未知の影響を与え合い、誰も想定していなかった効果を発揮し……結果、事故が起こりました。



「うん、なんだ妙な光が?」


「ちょ、ちょっと術を止め……止まらない!?」


「ヤバい、絶対ヤバいですってこれ!」



 騎士団及び魔術師団の大半が集まっていた訓練場が大量の煙と眩い閃光に包まれました。影響がその範囲内だけで済んだのは不幸中の幸いと言えましょう。城全体が魔法に呑まれていたら、この国は完全に終わっていました。



「……ウホ?」


「ウホ、ウッホ!」



 あとはもう語るまでもないでしょう。

 絶大な力と引き換えに正気を喪失したゴリラ達が誕生し、城内の訓練場一帯は力とバナナを持つ者が支配する野生の王国になってしまった――――。




 ◆◆◆





 ――――というような説明をシモンは兄王から受けました。



「……これ、もしかして俺のせいか?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど概ねの原因はシモンが半分で残りは脳筋思考な王子が半分 [気になる点] とりあえず王子をどう正気に戻すか…… とりあえず、ジャングルに25年放置して探検家に発見させてから、隔離地下施…
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