ホテル離宮
伝統と革新。
古きを重んじつつ流行り物も貪欲に取り入れる。
G国の首都を評するとしたら、そんな印象になるでしょうか。
ドワーフなど長命種族の国を除いたヒト種の国家としては、この世界でも最も古く、その歴史は初代王の時代から数えて実に千五百年以上にもなるとされています。
都市としては新興の学都は真新しい建物がほとんどでしたが、流石に首都ともなると古い建物がそこかしこに見られます。
築五百年にもなる遺跡の如き建物が、内外に幾多の補修を重ねているとはいえ現役の役場や学校として使われていたり、かと思えば最新の建築技法と資材を用いた壁面がガラス張りになっている店屋があったり。区画によって大まかな傾向は分かれるものの、そうした新古両立の二面性こそがこの都市の特徴なのでしょう。
「いやぁ、ずいぶん広いね。私の地元もなかなかのものだと思っていたけど」
単純な都市面積だけなら、レンリ達がつい先日訪れたA国王都の三倍近く。それほど広い街なので、首都に到着したからといって即ゴールとはなりません。
首都に入ってからも更に馬車は走り続け、ついでに自分の足で並走していた面々も走り続け、ようやく今日の宿に辿り着くまでに一時間近くを要しました。
「ぜっ、はぁ……もう動けない」
「ル、ルグくん……大丈夫?」
途中で早々に飽きて馬車に戻ったウルと違い、最後まで自分の足で走り抜いたルグも倒れる寸前。一緒に走っていた学都の騎士達と延々模擬戦をしながらの超距離走は流石にかなりハードだったようです。
そのすぐ隣で同じく走りながら肉眼では見えない速度で試合という名のイチャつきを繰り返していたシモンとライムは、まだまだ鍛え足りないとでもいう顔でピンピンしていますが、まあ深く気にするべきではないでしょう。
「さあ、入ってくれ。狭苦しいところだが、自分の家だとでも思って寛いでくれ」
さて、そんなことより今日の宿についてです。
シモンが事前に手紙で連絡しておいたおかげもあり、一行が到着した時には何もかも準備万端整っていました。とはいえ、首都のどこかの宿屋に部屋を取ったとかいう話ではありません。
「狭苦しいって、なんだべ?」
「俺、緊張して寝れないかも……」
「こんなのが自分の家とか団長も冗談キツい……あ、いや、違った。そういや普通にあの人の家の一部だったわ」
シモンが用意したのは王城の敷地内にいくつか存在する離宮の一つ。
流石に国王が座す国家の中枢たる本宮に比べたら見劣りしますが、それでも言葉にするとしたらお城としか言いようがありません。
どういう建材を使っているのか白く輝く壁には曇り一つなく、それ自体がピカピカと輝いているかのよう。建物中央の尖塔の頂点にはこの国のシンボルたる国旗が力強くはためいていました。
普段は他国からの大規模な使節団を迎えるとか、何かしらの行事や会議などで他国の貴人を招く際に使用される施設ですが、今回はシモンの個人的な友人であるレンリ達に加え、騎士団の部下も加えた大所帯であるため、こうして泊まれるよう手配しておいたのです。年の半分ほどは使用スケジュールが埋まっているためラッキーだったと言えましょう。
もちろん騎士団の人員含め全員分の個室を完備。
今回の滞在では無用でしょうが複数の会議室や書斎なども。
大規模な使節団ともなれば実際の交渉や政務に当たる要人や役人だけでなく、その家族や身の回りの世話をする人間まで含めて百人近い人員が滞在することもあります。一般的な感覚ではそれなりの大所帯ですが、今回のような二十人ちょっと程度の人数なら十分な余裕を持って滞在できることでしょう。
また離宮付きの使用人が日中はもちろん深夜や早朝でも不寝番として常時控えているので、申し付ければいつでも食事やお茶が出てきます。小市民的な感覚だと使用人相手に気後れしてしまい、気軽に頼むのが難しいという別の問題が発生してしまいそうではありますが。
『わぁい、お城なの! ねぇねぇ、シモンさん。探検してきてもいいかしら?』
「はっはっは、存分に行ってくるがよい。ここに勤める者達には皆のことを申し伝えてある故、道に迷ったら遠慮なく尋ねるがよかろう」
ウルもこれまで何か国かのお城を訪れたことはありますが、ドワーフ国はお国柄ゆえか鍛冶道具が転がった穴倉のようで他の作業場との違いが分かりませんでしたし、経済的な余裕がそこまでない神聖国はお城とはいっても他国でも見るような豪邸に毛が生えた程度のささやかなモノ。
ついでに言えばヨミの奈落城も一応お城ではありますが、幽霊ばかりがいる薄暗い迷宮はどちらかというと遊園地のホラーハウスみたいなものでしょう。童話や漫画に出てきそうなお城らしいお城に足を踏み入れるのは、これが初めてかもしれません。
もちろん王宮マナー的には好ましくないのですが、シモン自身もまだ幼い頃は城の中をあちこち探検して回ったものです。どうせお偉方がいるメインの王宮というわけでもありませんし、微笑ましい気持ちでウルに探検のお墨付きを与えていました。
ウル以外の面々も駆け出すほどではなくとも綺麗なお城に興味津々で、各々の部屋の場所を確認して旅行鞄を使用人に預けると、あちこち好きに歩き出して行きました。
日当たりの良いテラスで用意してもらったお茶とお菓子を楽しんだり、綺麗な庭園を散策したり、暖炉の前の安楽椅子で昼寝や読書を楽しんだり。馬車を出してもらって街へと繰り出すのもきっと面白いことでしょう。
「さて、そろそろか」
皆と一緒に羽目を外したい気持ちはありますが、シモンにはまだやるべき用事がありました。旅の最中は動きやすさ優先でラフな格好をしていましたが、兄王への挨拶をするとなると相応の装いが求められます。
「私も?」
「うむ、多分一緒に呼ばれるだろうからな。ああ、誰かライムがドレスを着るのを手伝ってやってくれ。それと化粧やアクセサリもか。俺も女物の扱いはよく分からんのでな」
そして挨拶ならば婚約者であるライムの支度も必要だろう、と。
そう考えたシモンは離宮の使用人に彼女の世話も任せようとしたのですが。
「殿下、失礼いたします。国王陛下より――――」
「うむ、そのつもりで支度をしていたところだ。俺はすぐにでも出られるが、ライムの支度にまだしばしかかりそうでな」
ちょうどシモンの身支度が終わったところで、タイミングを計ったかのように王宮からの使者がやってきました。シモンとも子供の頃から面識があるベテランの侍従です。すでに離宮の門前には迎えの馬車まで待機していました。
ライムの支度が整っていない都合上、少々待たせることになるやもと、シモンとしてはそう考えていたのですが。
「いえ、殿下。陛下は殿下お一人で来るように、と」
「はて?」
「なんでも殿下に内密の頼み事があるとか。私共も内容は知らされておりませんが、恐らくは王太子殿下の……あ、いえ、憶測で不確かなことを口にするものではありませんでした。出過ぎた真似をお許しください」
「いや、それは構わぬが……兄上が俺に頼みとな? 珍しいこともあるものだ。無論、俺にできることであれば全霊を尽くすつもりではあるが」
呼び出されたのはシモン一人のみ。
しかも、何やら極秘の依頼があるようで。
大国の王がわざわざ頼む用事とは如何なるものか?
自前の財力や権力で叶うことなら、わざわざ帰郷して早々の弟を呼びつけたりはしないでしょう。つまりは、大国の王でも易々とは解決できない厄介事である可能性大。
シモンは早くも嫌な予感を覚えていました。




