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職人街のハムサンドイッチ


 学都アカデミアを東西南北で区切った場合、西側に位置するのが通称「職人街」。

 別にそれ以外の人がいないわけではありませんが、各種製造業に従事する職人の住居や工房が多く並び、必然的に都市内の他の区域よりも賑やかな、荒っぽく雑然とした下町的な雰囲気があります。


 都市が出来て間もない学都にこれだけの職人が集まるのは、彼らの事情を知らなければ、もしかしたら不思議に思うかもしれません。


 この街に工房を構える者たちのほとんどは、元々別の国や街の工房で修行をしていた経歴を持ちます。

 大抵の職人業は、まず十代に若い頃にどこかの親方に弟子入りして下働きをしながら技術を学び、お金を貯め、いつかは自分も親方として独立して工房を構えるというのが、最もよくあるパターンでしょう。


 ですが、この大陸中央部でも魔界でも、もう随分戦争がない平和な時代が続いたために、大きな都市はどこも人口が飽和状態。市壁に囲まれた街には新しく工房を作る余裕などありませんし、仮に建てたところで既存の同業者から仕事を奪うのは難しい。

 そうなると必然的に充分な実力を持つ者でも独立に二の足を踏むようになり、不満を抱えながらも安い給金で弟子身分のまま生活しているような者も少なくありません。


 そんな者たちにとって、新しい大都市が作られるという話は渡りに舟。

 十年ほど前、学都北西に広がる大森林の反対側で迷宮都市が出来た時にも、多くの労働者や職人がチャンスを求めて移住しましたが、この街でも似たようなことが起こったというワケです。


 学都を擁するG国も都市経済を活性化させる彼らを積極的に取り込み、結果、大勢の職人が集まり、念願の工房を構えられるようになったのでした。めでたし、めでたし。


 ……まあ、それで生まれる問題もなくはないのですが。







 ◆◆◆







「や、やっと買えた!」


『すっごい混んでたの! 元気がいい人が多いのね』


 職人街の端にあるパン屋『若草亭』の軒先で、昼食を求めにきたレンリたちは戦利品を手に肩で息をするほどに消耗していました。

 あらかじめ混雑を予想して、昼食時よりもちょっと早めに着くように移動したのですが、それでもまだ見通しが甘かったようです。

 彼女達が来た頃には『若草亭』の店頭には既に大勢の客が詰めかけており、しかもそれが短気で荒っぽい職人たちばかりなものですから、おとなしく列に並ぶほどお行儀が良くありません。


 人混みを力尽くでかき分け押し合いへし合い。

 そこかしこで喧嘩が始まるのも、特に珍しい光景ではないようです。

 注文をする側も売る側も怒鳴るような大声を出さねば何も聞こえませんし、待っているだけではいつまで経っても順番は回ってきません。



「……ぁう」



 ただでさえ苦手な人混み、それも筋骨逞しく汗臭い年上の男性ばかりで、ルカはすっかり疲れ切っていました。

 レンリとウルに背中をぐいぐい押され、止むを得ずに人波を力業で両断する形になったのですが、腕力的にはともかく精神的なダメージは無視できないほどになっていました。一瞬、ラックの心配も忘れて付いて来たことを後悔したほどです。



「ふふふ、これぞ友情パワー!」


『ぱわーっ、なの!』



 ともあれ、ルカが道を切り開き、レンリとウルが注文を引き受けることで、どうにかこうにか三人分の昼食を確保できました。

 買ったのは名物のハムサンドセット。

 分厚いハムステーキがちょっと堅くて酸っぱいライ麦パンに挟まれたのと、薄切りのハムを何枚も何枚も重ねて甘くて柔らかい小麦パンに挟んだの。二種類の大きなサンドイッチが、防水の油紙に包まれています。



「どこかで飲み物でも買って、座れそうな所で食べようか。たしか近くに公園が……」



 幸い、いつだったかレンリとルグが魔法の鍛錬(という名の昼寝)をした公園が近くにあるので、道中の屋台でお茶や果実水を買ってからベンチで食べることにしました。休日の冒険者が四六時中たむろして筋トレをしているという暑苦しい場所ですが、遠巻きに見ている分には無害なので問題ありません。


 三人は無事に風通しの良い木陰の席を確保して荷物を置くと、早速包み紙を開けてサンドイッチにかぶりつきました。



「お、これはなかなか」


『美味、なの!』


「うん……おいしい、ね」



 ハムステーキとライ麦パンのサンドイッチは、ピリッとした風味が刺激的な胡椒のソースが使われており、焼いて香りが増した肉の味をしっかりと支えています。

 ハム自体も上等な物を使っているようです。

 調理されてから時間がそれほど経っていないのでほんのりと温かく、燻製の風味も食欲をかき立てます。

 堅めのライ麦パンも、それ単品では大して美味しいものではありませんが、ハムから染み出た脂と胡椒ソースが合わさって大きく化けていました。中の具材やソースが強めなので、あえて個性の強いこのパンを使っているのでしょう。



「美味しい」


『おいしいのよ!』


「おいしい……ね」



 もう片方の薄切りハムを沢山挟んだほうも負けてはいません。

 塊のお肉も魅力的ですが、薄切りには薄切りの良さがあり、しかも十枚以上も惜しげなく入っているので物足りなさなど微塵もありません。

 ハムの種類ももう片方とは違っており、脂っ気の少ないモノが使われています。

 少量のマスタードとたっぷりのバターが塗られたパンに、サッパリ系のハムがギッシリと。


 先程のハムステーキのサンドイッチは派手な脂の美味さ、こちらは赤身の堅実な美味さがコンセプトなのでしょう。どちらが上ということではありませんが、それぞれに魅力的な味を出していました。







 ◆◆◆








『ふう……ごちそうさまでした、の』


「お腹……いっぱい……」


 昼食を食べ終えると、ウルとルカはすっかり満腹していました。普段から人一倍よく食べるレンリはやや物足りなさそうですが、一人一人前しか買えなかったので仕方ありません。



「それで二人とも、この後は何か希望はあるかい? また買い物でも?」


『うーん、お洋服はいっぱい見たし、我は特にないの。面白そうならどこでもいいのよ?』


「希望……え、えっと騎……違っ……ええと……」



 この後の方針は今のところ白紙です。

 とりあえず服を見るという目的を達したウルには明確な望みはなし。

 一方、急に巡ってきたチャンスを前にしたルカは、結局、兄の情報を聞き出すのに繋げるための上手い誘導を思い付けず……うっかり、ストレートに「二人が昨日会った犯人に会いに騎士団本部に行きたい」と言いかけて止め……いつも通りしどろもどろになっていました。挙動不審はいつものことなので、特に疑いは持たれませんでしたが。



「じゃあ、とりあえず行き当たりバッタリで」


『うん、別にいいのよ。街の人を見てるだけでも楽しいし』


「…………はい」



 最終的にはそんな流れになりました。

 食休みも兼ねてノープランでブラブラと街歩き。

 一応、今日はウルが主賓で観光案内をするということになっていますし、遊ぶ分にはそういう適当な感じも悪くありません。



『ねえ、あれはなぁに?』


「ああ、あれは―――――」



 先程までと同じく、時折ウルの質問に答えながら気の向くままにフラフラと歩いていると、いつの間にやら午前中に服屋巡りをした南街の近くまで戻ってきていました。



『あれは……本屋さん、かしら?』



 しかし、同じ商業区でも通りを一つまたげば主となる品は随分と違うようで。今いる辺りには書店や貸本屋が並び、インクや古い紙の匂いが店の外にまで漂ってきています。

 客層も華やかな婦女子ではなく学者や学生風の人々が大半でした。



「お、古書店か。ちょっと寄ってもいいかい?」


『えぇ~、ボロボロの本ばっかりで、あんまり楽しそうじゃないのよ?』



 研究者としての血が騒ぐのか、レンリは一人でテンションを上げていましたが、ウルはあまり気乗りしない様子。まあ、普通のお子様なら古書店など退屈なものでしょう。それは普通のお子様ではないウルにとっても同じのようです。



「いやいや、案外こういうところにレアな魔道書なんかが眠ってたり……おや、ルカ君どうしたね?」


「あの、えっとね……あれって、何かな……?」



 古書店の軒先でじゃれ合っていたレンリとウルを他所に、ルカは近くの通り沿いの露店らしきものを不思議そうに眺めていました。

 一見すると何か品物を売っているようにも見えますが、どうも普通の売買ではなさそうです。客は金と引き換えに何かの文字や数字が書かれたカードと、黒鉛に革を巻いた鉛筆を受け取り、そのまま往来で書き物をしているようです。



「ああ、あれは数問い札って言ってね。ゲームというかギャンブルというか……ま、論より証拠。試しに一回遊んでみようか」



サンドイッチならハムが立派なほうがいいですけど、例外的にハムカツの場合のみ安くてペラいハムが美味しいと思いますよ。


あと、こっちでの告知を忘れていましたが『迷宮レストラン』のほう更新してます。土用の丑の日とウナギの話です。

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