おいでよ伝統の村
決して豊かとは言えない村が様々な面で潤う。
具体的には店屋が増えて離れた街まで買い物に出る手間がなくなったり、土がむき出しの地面が舗装されて靴が汚れる心配がなくなったり。家屋の造りが立派になり、隙間風に凍えることがなくなったり屋根の雨漏りに苦労させられなくなったり、など。
それらは間違いなく良いことです。
わざわざ好きこのんで不便で貧しい生活をしたがる人などいるはずがありません。ある種の極めて倒錯的な性癖の持ち主であればそういう苦しい環境にこそ喜びを見出すかもしれませんが、無意味にややこしくなるのでここではいないものとして話を進めます。
「なっ、なん……」
だから、ちょっと見ない間に故郷が見る影もなく変わっていたとしても、その変化が前向きなものであれば歓迎すべき事柄であるはずなのです。
その変わりようがあまりに大きいせいで村の出身者が自分の地元かどうか疑わしく思おうとも、そんなセンチメンタルなノスタルジーを実際に日々そこに暮らす人々の利便性より優先すべきという考えは些か傲慢すぎるというものではないでしょうか。
ただまあ、そういった細かいアレコレは一旦置いて。
「なんだこりゃあぁぁ!?」
変わり果てた故郷を目の当たりにしたルグは、喉も張り裂けんばかりの叫びを上げました。
◆◆◆
その日の夕方あたりのことです。
まだ真新しい宿に部屋を取って荷物を置くと(ルグだけは実家だったと思しき建物に)、一同は村一番の(正確には唯一の)レストランに集まって村人達からの歓待を受けていました。村までの道中に出会った老人軍団も約束通り早めに引き上げてきたようで、仕事や用事でどうしても抜けられない人間を除いてほとんどの村人が集まっています。
大きなテーブルには地元食材を使った、この地域の古くからの伝統料理として紹介されたメニューがズラリ。肉料理も野菜料理もたっぷりと。チーズやミルクを大量に使った煮込み料理は寒い季節にピッタリでしょう。
周囲のテーブルには身なりの良い観光客や、旅の商人らしき人々の姿も見受けられ、遅めの昼食もしくは早めの夕食として似たようなメニューに舌鼓を打っています。
ですが、しかし。
「いや、嘘じゃん?」
「あっ、こらルー坊! しー、だぞ! しー!」
「そうじゃそうじゃ! どうせ言わなきゃ分からんのじゃ!」
ルグの「嘘」という言葉に村の老人達が神経質とも言える反応を見せました。見た限り、料理に問題があるようには見えません。実際、とても美味しい料理ではあるのでしょう。
「ルグくん……嘘って、なんのこと?」
「ああ、なんというかだな……この村、まだ出来てから二十年くらいしか経ってないし。ここで産まれた若い奴以外は出身地もバラバラだし」
「そ、そうなんだ……」
疑問に思ったルカの問いに、ルグは一応村人たちに気を遣って他のテーブルに届かない程度の小声で答えました。
この村は彼が言った通り、ほんの二十年ほど前に開拓されたばかり。
このA国に限らず、この世界のほとんどの国では移民を募って土地の開発をするというのは当たり前に行われている事業です。上手くいけば元々住んでいた場所で貧しい暮らしをしていた人でも自分の家や田畑を持てますし、最初のうちは食料や資金など国から多少の援助も受けられます。
しかし自然のままの森林や荒地同然の土地を一から開拓するのは大変な苦労がありますし、援助についても大抵は最低限ぎりぎり。また候補地の選定段階である程度は間引いているとはいえ、野生動物や魔物に襲われる危険も都市部とは比較になりません。運悪く全滅や逃散といった結末を迎えることも珍しいわけではないのです。
そういった中で曲がりなりにも安定した生活ができるまでになったこの村は、かなり成功した側のケースと言えるでしょう。
まあ、伝統云々は嘘っぱちなわけですが。
「だって、そう言ったほうがお客が喜ぶし財布の紐も緩くなるんじゃ」
「そう、言わば人を喜ばせるための優しい嘘ってワケ」
「ふっ、ルー坊や。伝統とは他の誰でもない、今を生きるワシら自身の手で作っていくものなんじゃよ……王都のコンサルタントの先生も大体そんな感じのことを手紙に書いておった」
「物は言いようだなぁ……」
ちなみに、この宴席に出てきた料理なども地元の人間が考えたのではなく、王都から派遣されてきた料理人が観光客ウケしそうな見栄えの良い料理を考えてくれたのだとか。村の人間は貰ったレシピに従ってそれを作っているというわけです。
ところで、今の村の人々の発言には何やら聞き慣れないワードが紛れ込んでいました。
コンサルタントの先生。
現在のこの村の状態には、その人物が深く関わっているようです。
「ていうか、先生? 誰それ?」
「おお、王都に住んどる何とかっちゅうお貴族様でな。元々はウチの村のチーズやら野菜やらを何かの拍子に気に入って、わざわざ出入りの商人まで寄越してたくさん買ってくれとったんだがの、しばらく経った頃に村興しの話を持ち出してきて」
「うん?」
どこかで聞いたような話です。
そういえば、つい最近も王都でこの村の産物を口にしたことがありました。
「こないだ完成した勇者記念館も先生のアイデアじゃったっけのぉ。いやぁ、グッズが売れるのなんのウヒョヒョヒョ」
「道を広げるのも先生が呼んでくれた魔法使いがでっかいゴーレムであっちゅう間にやってくれたしの。開拓ん時にアレが欲しかったわい」
「お忙しくてなかなか王都を離れられないそうじゃが、先生にはいつか手紙でなくて直接お礼を言いたいもんじゃ。お、そういや今日も新しい手紙が届いとったぞ」
村長氏が懐から取り出した手紙には、流麗な字で差出人の名前が書いてありました。それをチラリと見たレンリが一言。
「おや、なんとなく既視感がある手口だと思ったら姉様の仕業だったか。あっはっは、いやはや世の中狭いねぇ!」
「お前ん家の関係者かよ! 薄々そんな気がしてたよ、やっぱりね!」
果たして、感謝すべきか怒るべきか。
それすら分からぬルグの叫びが響き渡りました。




