極めて平和的なディナー
過程はどうあれ、ようやく落ち着いて話ができるようになりました。
ルカとしても積もる話は山ほどあります。
お金に困って兄弟で列車強盗をやらかしてから、その流れで学都に移住したり成り行きで冒険者になったり。その後のあれこれについては気軽に明かせないというか、正直に話しても突拍子がなさすぎて冗談だと思われそうなことも多々ありますが、そういった部分を省いてなお話すことは山のよう。
『そうか、じゃあ皆カタギになっちまったんだなぁ。結構、結構! ラックの奴が真っ当に表稼業でやっていけてるってのはちょいと意外だったけ、ど……ぶえっくしょい! ふぅ、さっきまで寒さも感じなかったんだけどなぁ』
「お父さん……風邪とか、大丈夫?」
季節は寒風吹きすさぶ冬。
ずっと屋外の霊園で立ち話というのも辛いものがあるでしょう。
普通の幽霊はもちろん風邪の心配などないですし、実際ついさっきまで霊体だったルカの両親も寒空の下で平然と昼寝などしていたらしいのですが、今のヨミの実体化は限りなく生身の人体に近い状態を再現しています(今以上に能力を使いこなしあえて再現度を落とすことでデメリットを克服できるかもしれませんが、それは今後のヨミの鍛錬次第でしょうか)。このまま寒空の下にいたら、もしかすると世にも珍しい風邪引きの幽霊になってしまうかもしれません。
なので。
「やあ、いらっしゃい。そちらはルカ君の両親? まあ、そういうこともあるか。いいとも、二人くらいなら誤差みたいなもんさ。寝室はルカ君と一緒で? それとも別に用意しようか?」
積もる話の続きは、今夜の宿泊場所であるレンリの実家に移動してからということになりました。急な来客ではあるものの、食事や寝る場所の心配はまったくありません。
なにしろこの家の敷地には一族や使用人のみならず、日夜怪しげな研究に励む研究者が数十人はいるのです。その全員を十分に食わせられるだけの食材が常備されているため、一人や二人増えたところで本当に問題はないのです。
ルカ達が屋敷に戻った時刻はすでに夕方近く。
ほどなくして夕食の時間となりました。
「皆、すまないね。今日帰るとは伝えていたんだけど、父様と姉様は王城に泊まり込みだそうだ。母様は一応いるらしいんだけど、研究の邪魔をしてヘソを曲げたら後が面倒なのでね」
「そっか。ま、仕事なら仕方ないな」
家主の一族は久しぶりに帰省した次女だけ。
昨年もタイミングが合わず会えなかったルグとしては、挨拶ができずに残念な気持ちが八割、大貴族の当主というお偉いさんに会わずに済んだという安心が二割ほどでしょうか。
「ルカ達は去年会ったんだっけ?」
『うん、覚えてるの。お姉さんのお姉さんは見た目はお姉さんに似てるのに優しくて上品で』
「なんだか早口言葉みたいだね。ていうか、ウル君。似てるのに、ってのはどういう意味だい?」
『でも何というか、お姉さんの家族らしい変人オーラが隠せてないというか、あえて隠してないというか……我もよく分かんないの』
ルグの質問にはウルが答えました。
ウルとゴゴも去年ルカと一緒に紹介されていたのです。
とはいえ実際に会ってもなお人柄を把握しきれない、どうにも掴みどころのない人々であるようですが。
「お、美味いな。この肉」
会話を楽しむ最中にも料理が次々と運ばれてきます。
肉料理、魚料理、スープにサラダ。
パンやデザート。他にも色々。
ゲストの幽霊二人も含め十四人もいるとはいえ、食堂の大きな長テーブルが料理の皿でビッシリ埋まっている光景はなかなかに壮観です。
客人が恐縮するからという理由で使用人による給仕は最小限に。
食べ物や飲み物も各々が好き勝手に取り分ける形です。貴族家の食卓としては型破りですが、この家に関しては型破りな部分が他にも多すぎて今更でしょう。
食事が美味しければ会話も一段と弾むというものです。
時折、敷地内に点在する研究所から聞こえてくる爆発音や奇声や悲鳴も、慣れればそういうBGMのように思えなくなくなくもないかもしれない可能性が辛うじて無きにしも非ず。深く考えると食欲がなくなってしまいそうですが、深く考えなければ何も問題はありません。
「このチーズも美味い。なんか妙に舌に馴染むというか」
「ああ、ルー君。それ、キミの村から取り寄せてるらしいよ。ほら、去年お土産に貰った分をいくらか家に置いていったろう? どうやら、うちの家族も気に入ったようでね」
「へえ、道理で」
どうも食道楽はレンリの一族に共通の趣味であるそうで。
ルグの村の産物も彼らのお眼鏡にかなったということなのでしょう。
以前からあちこちの土地から気に入った食材を取り寄せたり、場合によっては出資者として生産資金や設備に投資までしているのだとか。
「そういや、手紙に牛を増やしたとか畑を広げたとか書いてあったっけ。土産を持ってきた時は別にそんなつもりはなかったけど、世の中何がどこで役に立つかわからないもんだな」
大貴族の御用達ともなれば一種のブランド。
市場での価値が認められれば肉類や乳製品の売値も上がり、村の生活も豊かなものとなっていくはずです。何気なく持ってきた土産が元でそんな風に話が転がるとは世の中面白いものだなぁ……と、この時のルグはそんな風に呑気に考えていたのです。
自分の故郷がすっかり変わり果てているなどとは夢にも思わず。




