A国王都にて
かくしてグランニュート号は何事もなくA国王都へと到着しました。少なくとも記録上は何事もなかったことになっているので何ひとつ問題はありません。そういうことにしておきましょう。
さて、済んだ話はさっさと忘れてしまうとして、年末の帰省シーズンとあって王都中央駅の付近は大変な混雑具合。駅から出てくる人々と、これから列車に乗る人の波とで押し合いが発生してしまっています。駅員もあちこち駆け回って対応に追われていますが、なかなか手が追いつかないようです。
苦労して駅から出るも、試練はそれで終わりません。
今度は馬車待ちの待機列がずらっと伸びているのです。
なにしろ大陸東側の大国たるA国の王都ですから、その広さはかなりのもの。幸運にも目的地が徒歩圏内である者を除けば、たとえ三十分や一時間待ったとしても馬車を利用したほうが速くなってしまうのです。大荷物を抱えた旅行客ともなればなおさらでしょう。
「さて、そろそろ来る頃だと思うけど」
しかし、レンリ達に関してはその心配は要りません。
単に自分達の足で跳んだり走ったり、誰かに担いでもらったりするほうが速いという意味ではなく、あらかじめレンリが手紙で連絡して列車の到着予定時刻に合わせて迎えの馬車を寄越すよう頼んでいたのです。
「お、噂をすればちょうど来たみたいだね」
「レンリお嬢様、お帰りなさいまし。まぁまぁ、可愛らしいお客様がこんなに。これはおもてなしのし甲斐があるというものです」
「うん、ただいまメアリ。ほら、ルカ君達は覚えてるだろう? うちの家妖精のメアリおばさん……って、おや? なんで離れていくんだい?」
レンリの家の自家用馬車を操るのは、昨年と同じように迎えに来てくれた家妖精のメアリ女史。一見すると身長1メートルほどの幼児にしか見えませんが、こう見えて何代にも渡ってレンリの一族に仕えてきた歴戦の女傑です。
爆発事故や異臭騒ぎが日常的に頻発する異常な家で働いているだけあってその胆力は大したもので、例えば今も周囲の人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う異形の馬車に乗ってきたというのに眉一つ動かしていません。
『ねえ、お姉さん。この馬車……これ、馬車なの?』
「そうとも、去年ウル君も乗っただろう? また改造したのかな、ますます格好良くなってるね」
レンリの家の自家用馬車は、去年の時点でも兵器と呼ぶのが相応しいシロモノでした。大量の装甲板にトゲや刃物、屋根上の弩で遠距離戦にも対応可能。それを軍馬用の鎧を着せた巨馬が三頭がかりで牽いていたわけですが、一年の間に改造したのか今年は一味違います。
まず屋根の上にあるのが弩ではなく大砲になっていますし、各所のトゲトゲの数も五割増しに。とはいえ、その程度なら周囲の人々も見ただけで逃げ出しはしなかったでしょう。
最大の改良点はなんといっても、馬車の底部からウネウネと伸びる大量の触手。黒い触手が常に伸縮を繰り返し、見る者を威圧していました。触手の色合いに合わせてか車体の色も黒ベースに塗り直しています。
「パッと見は生き物っぽいけど、よく見たら金属製のワイヤーを束ねてそれっぽくしてあるんだね。この術式のクセは母様の仕事かな?」
「ええ、奥様が新しい理論を試したいと仰いまして。自己再生機能とか自動防御機能とか。この触手ちゃん達も見慣れると結構可愛いくて……おっと、いけない。お客様をお待たせしたままでしたね。さあさ、遠慮なく乗ってくださいな」
非常に高度な技術ではあるのでしょう。
見た目は怪生物の触手にしか見えませんが。
「そうだよ、いつまでも遠慮してないでさっさと乗りたまえ。へえ、車内の制御装置でこの触手を操れるのか、どれどれこんな感じかな?」
「うおぉぉぉ!?」
未だ尻込みする面々でしたが、レンリが操る触手が素早く伸びるとルグの足首へと絡みつき、そのまま持ち上げて宙吊りに。その後にドアが開いたままの馬車の中へポイっと放り込みました。まるで人喰い怪生物の捕食風景のようです。
「こらっ、レンこの野郎! 滅茶苦茶怖いだろうが!?」
「へえ、思ったより射程も長いし力も強いんだね」
「ええ、触手ちゃん達が自動で地面との支えになってくれるから走ってる時の振動も少ないし、馬の負担も抑えられるんですよ」
「なるほど大したものだね。さて、それじゃあ次は誰に――――」
ルグの抗議を無視してレンリは次なる獲物を見定めています。このまま乗車を拒否していたらルグのように公衆の面前で触手に襲われかねません。
まあ残りのメンバーなら避けるなり引き千切るなりもできるでしょうが、仮にも友人宅の自家用車を壊すというのは気が引けますし、恐らくはかなりの費用がかかっているであろう馬車を下手に損壊させて修理費用でも請求されたら大変です。
渋々ではありますが、仲間達も馬車らしき何かへと乗り込むと、人騒がせな乗り物は何事もなかったかのように駅前の喧騒を後にするのでした。
◆◆◆
移動手段こそ少々アレでしたが、馬車の乗り心地はかつてないほど快適なものでした。無事レンリの実家に到着して用意された部屋に荷物を置いたら、今日は夜まで自由行動。一泊だけしたら明朝にはもうルグの故郷に向かう強行軍となっています。
「観光とか行きたい場所があったらうちの馬車を足代わりに使えるように言って……え、いらない? 普通の乗合馬車を使う? 遠慮しなくてもいいのに」
レンリと同じくこの王都が故郷であるルカは、今日のうちに行っておきたい場所がありました。特に楽しい場所ではありませんが、行っておかねば、言っておかねばならないことがあったのです。
「お父さん、お母さん……久しぶり、だね」
ほぼ一年ぶりのお墓参り。
墓所の管理所で借りた道具でお墓を綺麗に掃除し、途中で買ってきた花を供えると、ルカはぽつりぽつりとお墓に向けて語り始めました。
思い返せば今年は大変な一年でした。
いったい何回くらい世界の危機に居合わせたのか、すぐには数え切れないくらいです。まあ、そういう方向性の大変さは一旦置いておくとして。
「ええと、お久しぶりです……って言うのも変かもしれないけど。娘さん、ルカさんとお付き合いをさせていただいてます、はい」
「そ、そうなの……えへへ」
ルカ個人として一番の大事件は、やはり恋が成就したことでしょう。
去年はまだそういう意識がなかったルグも、今は恋人の両親の前、墓前とあってかカチコチに緊張している様子。ちなみに何故かついてきた他の面々は、掃除の手伝いが終わってからは少し離れた位置でその姿をニヤニヤと見守っています。
「それで、その、いつになるかはまだ分からないけど」
まだ具体的な予定などまったくありませんが、ルグにはこの機会に言っておきたいことがありました。近くでニヤニヤ見ている連中が少々邪魔ではありますが、男としてケジメを果たすというか、ある種の決意表明をするつもりでここに来たのです。
「お義父さん、お義母さん! 娘さんを俺に……!」
『やるかぁぁー!』
「んなっ!?」
しかし、ルグが言いかけたところで、思わぬ邪魔が入りました。
ルグの見覚えのない赤髪の巨漢がどこからともなく現れ、いきなり殴りかかってきたのです。咄嗟に飛び退いて回避はしたものの、相手の男は怒り心頭。明らかに尋常の様子ではありません。ルグも腰に差した剣に手を伸ばしかけました、が。
「お、おおおお父さん……!?」
『おお、ルカ! 会えて嬉しいぜ!』
『得心。実父。さっきから妙に動きの激しい幽霊がいたから試しに見えるようにしてみたよ。なるほど、ルカさんのお父さんだったんだね』
どうやら、この事態はヨミの仕業だったようです。
たしかに彼女の能力ならば造作もないことでしょう。ヨミ曰く、世の中の全ての死人が幽霊になるわけではない、また幽霊になっても自分の墓に大人しく留まっているとは限らないらしいのですが、ルカの父はたまたまこの場所にいたのでしょう。
『こんガキャァ……さっきから聞いてれば勝手なことを! お前なんかにやるかバーカバーカ!』
「いや、でも、お義父さんっ」
『テメェにお義父さんと呼ばれる筋合いはねぇぞ、ゴラァ!』
ルカの父はまたしてもルグに殴りかかりましたが、またもや回避。体格や身のこなしから生前はかなり喧嘩慣れしていたことが窺えますが、ルグも冒険者として命懸けの実戦と訓練を積んできた身。本職の軍人や武術家が相手ならともかく、街の喧嘩自慢レベルが相手なら避け続けるのは難しくありません。
かといって逃げ回るだけで事態が好転するはずもなし。
相手が相手なだけに反撃するのも躊躇われます。
どうにか説得の糸口を窺っていたルグですが、そこに更なる爆弾が。
『あぇ、だぁれ?』
「アイちゃん、えと……あの人は、わたしのお父さん、なんだけど」
『ままの、ぱぱ……? じぃじ!』
「そ、そうなんだけど……そうじゃないというか……っ」
『赤ん坊っ、しかもルカのことを「ママ」だとぉ!? ルカ、そういうのはお父さんまだ早いと思うな! っつーか、ガキ! テメェ、もう手ェ出してんじゃねぇかぶっ殺す!』
「まだ出してねぇよ! ホント話を聞かねぇな、このオッサン!」
そして事態は更に混迷を極めていきました。




