Re:グランニュート号事件
がたんごとん、がたんごとん。
列車は進むよ、どこまでも。
「今更だけどさ、キミ達、自分の足で走ったほうがずっと速いんじゃない?」
学都から東へ進む大陸横断鉄道。
レンリ達はその一等客車を丸々借り切る格好で冬の旅行を楽しんでいました。
なにしろ今回は昨年とは人数が違います。レンリ、ルグ、ルカにシモンとライム、それから迷宮が七人。合計で十二人もいるので、一等客車の三部屋全てを合わせてもちょっと狭苦しいくらいです。
そんな中で出たのが先の発言でした。
『それはまあ、そうね。走ればお金もかからないし』
『でも、それだと旅情がないのです』
ベッドの上でカード遊びの札を手にしながら、ヒナとモモがレンリの質問に答えました。そもそも迷宮達だけならば、大陸各地に展開している迷宮達を通じて、瞬間移動のように一瞬で行き来ができるのです。
決して安くない運賃を支払って、わざわざ自分達の足より遅い乗り物で移動するのを無駄と見る意見もあるでしょうが、しかしそれでは旅情というものが味わえません。
車窓から眺める景色。
食堂車での食事。
昼寝中のリズミカルな振動音。
他にも挙げていけばキリがありません。
うんうんと頷いている他の姉妹、生身の人間やエルフでありながら彼女らと同等以上の運動能力を有するシモンとライムも、モモの意見に同意している様子
以前に迷宮達があちこちの国で修業をした時は無駄のない移動で現地まで一瞬で移動したものですが、今回はあくまで娯楽として楽しむのが目的の旅行。あえて無駄を楽しむくらいの心の余裕が肝要です。
「それにしても懐かしいね、二人とも。特に意識して予約したわけじゃなかったんだけど、あの時と同じグランニュート号に当たるとは。乗り込む時にチラっと見えたけど壊れた部分も綺麗に直ってたね」
「う、うん……その節はご迷惑を……」
「いいっていいって。別にルカ君を萎縮させたかったわけじゃないから。気にしない気にしない。若気の至りってやつさ」
「そ、それはそれで……どうかと」
特に大きな意味があるわけではありませんが、今回レンリ達が乗っているのは彼女がルグやルカと初めて会った時と同じ『グランニュート号』。当時ちょっとしたアクシデントに見舞われたこの列車は、一部車両の屋根が大きく凹んだり、鋼鉄製の連結部が引き千切られたりもしましたが、今では何事もなかったかのように運行を続けています。
『質問。疑問。この列車がどうかしたのかい? 我はそのあたりの事情を知らないのだけど』
「ははっ、なに、大したことじゃないさ。あれはルカ君がまだワルだった頃……」
『興味。津々。え、ルカさんってグレたりしてたの? 何それ気になる……スケバン? 盗んだ馬車で走り回って夜の神殿の窓ガラス割って回ったり?』
まだ仲間入りして日が浅い迷宮達は、ルカ達一家が起こした事件について知らなかったようです。レンリとしても過去の罪を責める意図などあるはずもなく、むしろ本気で何も気にしていないからこそ話題に出したのですが。
「たまたま私達が乗り合わせた列車で――――むが?」
「レン、そのあたりでストップ。な?」
「む、まあそこまで言うなら。ルカ君に気を遣わせてもいけないし秘密のままということにしておこう」
『不満。再考希望。そこまで焦らして秘密というのは酷ではないかな』
今回はルグが物理的に手のひらでレンリの口を塞ぐことで、強引に話題を打ち切りました。当のルカは件の強盗事件についてはしっかり反省し、何を言われても受け入れる覚悟を決めていたのですが、彼氏の立場としてはそれを看過できないということなのでしょう。ヨミは不満を訴えましたが、少なくともこの場で判断が覆ることはなさそうです。
「皆、寛いでいるところすまぬが、そろそろ食堂車に移動したほうがよいのではないか? 昼飯には早めだが、ピーク時から外さねば相当に混み合うからな」
話題が一段落したところで、シモンがそんな提案をしてきました。
まだ正午まで一時間近くありますが、彼の言う通りもう少ししたら食堂車が混雑してかなりの時間待ちが発生することでしょう。特に今回は人数が多めですし、全員一緒の時間に食事をしようと思ったら他の乗客が多く利用する時間帯を外すのが合理的というものです。
「じゃ、早めの昼食といこうか」
「レン、他のお客さんの分まで全部食べるんじゃないぞ? いいか、絶対だぞ?」
「おや、ルー君。それはもしかしてフリというやつかい?」
「違ぇよ!」
……などという(恐らく)冗談を交わしつつ、一同は一等客車のすぐ隣にある食堂車へとぞろぞろ歩いていきました。
◆◆◆
それから一時間ほど後。
そろそろ食事を終えようかという頃でした。
「強盗だ、金を出せ!」




