神話的冬休み
十四章スタート
はらはらと雪の粒が舞うような空模様。
大陸でも比較的温暖な地域に属する学都では本格的に積もるまではいかないでしょうが、それでも家々の屋根や道を行き交う馬車の幌はうっすらと白く染まりつつあります。
雪のせいで実際の気温以上に寒く感じられるせいか、夕方頃にもなると足早に家路を急ぐ勤め人、あるいは寒さに対抗すべく燃料を入れていこうと酒場に急ぐ人の姿もちらほらと。今年もいよいよ年の暮れに差し掛かってきました。
『ゆき!』
「ほう、アイ君は雪を知っているのかい? ルカ君か誰かに教えてもらったのかな。でも、これはまだ知らないだろう? ふっふっふ、こうしてジュースを口に含んでから上を向くと、そこに雪が入ってきて天然のかき氷がだね……」
「レン、この野郎。教育に悪いから変な遊びを教えるんじゃない」
「ブブー、野郎じゃないから聞きませーん!」
『せーん!』
「屁理屈で返すな! ほら、アイがすぐ影響されちゃうだろ!」
さて、年末になっても相変わらずレンリはいつもの奇行に走っていました。この日は朝からいつもの面々を集めてシモンの屋敷の大掃除をしていたのです。
最近はラックが抜けた穴を埋めるべく長女のリンが働きに出ているため、広すぎる屋敷のメンテナンスはどうしても疎かになりがちでした。そうして積もった汚れを落とそうと皆で頑張っていたのです。神々を雑用にこき使っているのが神殿にバレたら大問題になりそうですが、つまりバレなければ一切問題ありません。
ちなみにレンリもルカの手が離せない時にアイの面倒を見ているか、あとはソファで本を読んでいるかという大役を任されていました。一見するとサボっているように見えて実際サボっているのですが、彼女が慣れない掃除などしようとすると逆に汚れが広がるので、これも合理的な役割分担の形と言えなくもないのではないでしょうか。
「寒いから、そろそろ……中、入ろ?」
「うん、そうしようか。アイ君、雪はまた明日にしよう」
『あい、ゆき、ばいばい!』
なかなか大変な一日でしたが、おかげでスッキリと片付きました。
迷宮達がまとめて暴走した一件が解決して以降、何故だかアイの能力も落ち着いたおかげで屋敷が木っ端微塵に吹っ飛ぶこともなくなりました。
その理由は時間の流れが狂った混沌迷宮で体感時間で数百年も濃密な神気に晒され続けて覚醒し、また今はもう現われることのない大きなアイがずっと能力制御のための努力を続けていた成果だったりするのですが、当のルカもアイも記憶を無くしているので誰も理由は分かりません。
アイがいつのまにか覚醒したことには他の姉妹達は気付いたものの、その理由も不明。よく分からないけれど上手くいっているからまぁいいか程度に軽く流しています。
……と、少しばかり横道に逸れましたが肝心なのは屋敷がまたもや吹っ飛んで、今日の大掃除が無駄にならないであろう点です。どうせこれからしばらく空ける家ではあるのですが。
「――――で、私は今年も帰省するつもりだけどキミ達も来るかい? 来るなら手紙を送って部屋の用意をさせておくけど」
屋敷の食堂で熱々のシチューを頬張りながら、一同は年末の過ごし方について盛り上がっていました。
年末といえば帰省や旅行のベストシーズン。
まあ騎士団で働いているシモン以外は全員いくらでも時間の融通が利くので、行きたければいつでもどこでも行けるわけですが、逆に何かしらのキッカケがないとズルズルいつまでも先延ばしにしてしまうこともあり得るわけで。
「帰省か~。あ、そういや俺も村に顔出せって手紙で言われてたな。でもなぁ……」
「うん、何か問題でもあるのかいルー君?」
「問題、でもないんだけど……手紙にルカのことを書いたら、早く嫁の顔を見せに来いって何度も何度も。まだ嫁じゃないっての。それにほら、俺だけならともかくルカの都合もあるだろうし……」
「ルグ君」
「な、なんだルカ?」
「わたしは、いつでも、大丈夫……だよ?」
「お、おう」
ルカからの言外の圧力に押されてルグがのけぞっています。
これは顔を見せに行くのは決定事項でしょう。
「じゃあ、ルー君の村まで冷やかしに行くのも確定だね。色々楽しいものが見られそうだし」
「おいこら」
「それで、他には? 何か予定ある人いる?」
「うむ、俺は年末から城に戻るつもりだぞ。あれこれ城中の行事に参列したりもあるが、本命は武術大会だな。是非とも昨年の雪辱を晴らしたいのだが、ガルド殿が今年も来てくれるかどうか」
「ん。勝つ」
他の大きな予定としては、G国首都で開催される武術大会でしょうか。特に昨年参加して敗北しているシモンとライムは密かにリベンジに燃えています。
『へえ、なんか面白そうなの! それって我も参加できるのかしら?』
「はて、子供の参加はどうだったかな? 力量は問題ないだろうが……」
「師匠が去年のチャンピオンなんだっけ? 流石に勝つのは無理でも、俺も久しぶりに会いたい気持ちはあるかな」
こうして大会への参加および見物も決定。
滞在中はお城で何不自由ない暮らしが堪能できることでしょう。
「ライムよ。お前の母上殿もそろそろではなかったか?」
「ん。もうすぐ」
「俺にとっては将来の義理の弟妹ということになるのか。城の用事が済んだら急いで挨拶に出向かねば。なにしろ二十人兄弟の末っ子なものでな、実は下の兄弟というのに憧れていたのだ」
そして同時期の大事な予定としては、ライムの弟か妹が新たに産まれるのも忘れてはいけません。こちらは流石に部外者が大勢で押しかけて騒ぐわけにはいきませんが、母子ともに元気であれば運が良ければ赤ちゃんの顔を拝むことぐらいはできるでしょうか。
「たしかエルフの村って迷宮都市から行けるんだっけ? だったら、ついでにそっちも行っておきたいよね。久しぶりに地球にも行ってみたいし。あ、でもあっちの家も今妊婦さんが二人いるんだっけ。押しかけて迷惑かけるのは悪いかな」
『それなら我があとで聞いておくのよ?』
「頼んだ、ウル君! そうだ、地球に行けそうなら向こうでの活動資金として換金できそうな物を用意しておいたほうがいいかな」
と、この場で出るアイデアはこのあたりでしょうか。
概ね昨年の焼き直しではありますが、なにしろ今年は人数が相当に増えています。ウルとゴゴしか同行しなかった去年と違い、今年は七人全員。どこに行っても大変な騒ぎになるのが今から目に見えるようです。
全員が全部の場所に行くことになるかは分かりませんが、迷宮達の能力を駆使すれば移動時間は大幅に短縮できますし、決して無茶なスケジュールではないはずです。
「じゃあ行く順番を決めて、現地でのやりたいことや行きたい場所のリストなんかも作って……あ、シモン君の仕事は何日までだい? ふむ、ではそれに合わせて出発は十日後くらいかな?」
◆◆◆
……などと言っていたのが今からちょうど十日前。
では、これより神話的冬休みのはじまりはじまり。




