Final Round(後)
この中の誰が一番強いのか。
そう聞いたレンリに争いを煽る意図があったわけではありません。
けれど、自分が強くなることや戦うことに興味がない彼女には、理解できていなかったのでしょう。その質問を受けた皆が何をどう思うのか、を。
『あはははは、我が一番に決まってるの!』
ウルの腕の一振りで、荒れ果てた大地が一瞬にして大樹が密集する森と化しました。打撃に自らの『世界』を乗せて放った余波みたいなものでしょうか。
もちろん森が出現してそれで終わりではなく、散った木の葉の一枚一枚が鋭い刃と化して他の参加者に向かい、鋼鉄のワイヤー以上に頑強な根や枝が対戦者を拘束せんと鋭く伸びます。
『ふふ、流石ですね姉さん。では、こういうのはどうでしょう?』
木の葉の刃に狙われたゴゴは、自らの腕を銃口へと変形させて、そこからこれまた変身した自分自身でもある黄金色の散弾を放ちました。
一発一発が意思を持った弾丸は不規則な軌道で迫る木の葉を悉く貫き落とし、その勢いのまま進路を変えて他の皆へと向かいます。
『あら、今何か当たった? 弾丸?』
とはいえ、自らの肉体を液化させているヒナには一切のダメージなし。彼女に攻撃を効かせるには、シモンの奥義のような技を用いるか、周囲一帯を蒸発させるか凍結させるか、あとはもう神殺しの性質を持つ武具か武技でも使うしかないでしょう。
『とはいえ、頭を使えばやりようはあるのです』
物理攻撃に極めて強いヒナも、その流動性そのものを『弱化』させられては十分な耐性を発揮できません。特にモモは自分自身を『強化』することで同程度の神力を有した姉妹達と比べても格段に強いフィジカルを発揮できるのです。単純な殴る蹴る、走る、跳ぶ、などの威力と速度に関しては姉妹でも一番でしょう。
『油断大敵。油断禁物。その速さが命取りだよ』
しかし、ヨミの言うようにその速さが今回は逆効果でした。モモが走る進路上に『奈落城』の一部を展開。神相手では効きが悪いものの、速度に応じて体感時間を狂わせる性質によりモモの動きがほんの数秒程度鈍りました。
「危ない危ない。その辺りの空間にすでに城を広げておったな。まあ斬ったが」
が、ヨミがモモの隙を突く間もなくシモンによる斬撃が迫ってきました。自らの『世界』を展開して戦う神々にとって、その位置を鋭敏に察知して斬り伏せることが可能なシモンは天敵のようなもの。彼ならばヒナにも攻撃を通せますし、ある意味この中で一番有利な状況かもしれません。
『ん。甘い』
そんなシモンに真上の雲を突き破って雷速の蹴りが飛んできました。ライムが雲の中に潜んで隙ができるタイミングを計っていたのです。シモンは咄嗟に剣の腹で受け止めるも、あまりの威力にそのまま五百メートル以上も地面深くに。周囲一帯の地面が崩落して底も見えないクレーターが出来上がってしまいました。
◆◆◆
「何これ? この世の終わり?」
レンリが軽い気持ちで話題を振ったら、とんでもないことになってしまいました。一応周囲百キロに一人も人間がいない秘境を選んではいましたが、手足の一振りで山が真っ二つになったり、大津波が地表を洗い流したり、電撃や炎の熱でドロドロに融解した大地が真っ赤に燃えていたりします。大事を取って、あと千キロほど余裕を見ておくべきだったかもしれません。
『くすくす。皆元気が良いですねぇ』
『あぅ、がんばぇー』
ちなみに姉妹でも強さ比べに関心のないネムと、まだ赤ん坊のアイは不参加。ついでに言うと、ウルやライムから参戦を熱望されたルカも参加を断っています。もしかすると今では仲間内で一番強くなったのかもしれないルカですが、だからといって急に戦い好きになったりするはずもありません。今は観戦用に確保した安全地帯に持ってきたバスケットを広げてピクニックの準備をしています。
「まぁ、そのうち飽きてやめるでしょ。おや?」
観戦を始めてどのくらい経った頃でしょう。
これまでも耳が痛くなるほどの戦闘音が響いていましたが、ひときわ大きな衝突音がドンと鳴りました。同時に、まだ昼間だというのに辺りが暗くなりました。
「こんな時間に月……いや、月じゃなくてアレは」
空を見上げれば、いつぞやゴゴが黒くなった時のように巨大な球体が空に浮かんでいます。しかし、そのサイズは第二迷宮『金剛星殻』よりも更に三十倍以上はありそうです。惑星とまではいかずとも衛星に迫る、本物の月が比較対象になるくらいのサイズ感はあるでしょうか。
その見た目は色鮮やかな緑色。高性能の望遠鏡で見れば、地表にびっしり樹木が生えていることが分かるでしょう。
『……な……の』
「うん?」
『ぎゃー、なの! 勢いが付きすぎて止まれないの!?』
「この声、もしかして空のアレってウル君かい?」
「ん。いい角度でカウンターが入った」
その正体はウルの第一迷宮『樹界庭園』を球体上に展開したモノ。ライムの打撃を受けて惑星の重力を振り切る勢いで上空にかっ飛ばされたウルが、体積を増して空気抵抗で勢いを弱めようと咄嗟に自身の迷宮を広げたのでしょう。
とはいえ時すでに遅し。あまりに大きすぎるため近くに見えますが、すでに宇宙空間に飛び出しかけている状況では空気抵抗も何もあったものではありません。
星を飛び出したウルはそのまま遠くへ飛んでいき、やがて重力と遠心力とが釣り合う地点で停止しました。これだけ離れると空の明るさも戻ってきていますが、空には先程までなかった緑色の月が浮かんでいます。
「ふふふ、今頃世界中の天文学者が大慌てしていそうですな」
「慌てたり発狂したり天文畑の人達は毎度ご苦労なことだね。ほぼほぼ身内が原因だけど。ところで、来てたのかいコスモスさん」
「ええ、実は来ていたのですよ。離れた位置でドローンを飛ばしながら、映像作品の素材として使えそうな画を集めたりなど。私、映画産業にも手を出しておりまして。それにしてもウル様は良かったですな」
「ふむ、その心は?」
「ああしてお月様にまでなってしまうとは流石の私も予想外。これなら世界中の皆様に注目されて、存分に承認欲求を満たすことができるでしょう」
「あ、そういえば元々はそういう話だったんだっけ?」
真昼の月を見上げながら、コスモスとレンリはそんなことを呑気に話しておりました。
これで番外編は終わりです。
迷宮シリーズ名物、戦闘力の雑インフレ。
そろそろアリスやリサに追いつくのも現実味が見えてきたかも?
この後は迷宮レストランを何話か更新してからアカデミアの次章に入ります。




