Final Round(前)
ある日の学都にて。
「ずるい」
ライムが珍しくそんな言葉を口にしていました。
その言葉を向けられた相手、コスモスは……。
「いえ、ライム様。そう申されましても……」
「むぅ。ずるい」
なんとかライムを宥めようとするも、すっかりヘソを曲げてしまったライムはまるで聞く耳を持ってくれません。普段であればワガママを言って周囲を困らせたりすることはほとんどないライムですが、今回ばかりは一歩も引く気はない様子。さしものコスモスもその剣幕に押され気味です。
さて、その原因はと言いますと。
「まあ落ち着け、ライム。気軽に身体を使い潰せるウル達と、一度死んだらそれで終わりの俺達を同じように扱うわけにはいくまい。正直、俺も気持ちは分からんでもないが。いや、かなり興味はあるが」
「むぅ」
ここ最近、コスモスと迷宮達とが様々な異世界で行っている活動が理由でした。平たく言うと、自分も違う世界の強者や神々と腕を競い合ってみたいとライムは希望しているわけです。
とはいえ、コスモスとしても素直に頷きにくいものがあります。シモンが言うように、いくら強くなっても彼女達は生身の人間。雑に肉体を使い潰せる迷宮と同じように危険な世界に送り込むわけにはいきません。
弱い相手しかいない平和な世界であれば連れて行っても問題ありませんが、それではライムは納得してくれないでしょう。今回の希望は腕比べであって観光ではないのです。
「こらこら、ライム。コスモスが困っているだろう、いいぞ、その調子でもっと困らせてやれ……っと、すまん本音が出た。が、まあ今回はコスモスの言うことに理があるように思う。珍しいこともあるものだ。明日は空からカレーでも降ってくるかもしれんな」
「ふふふ、シモン様援護していただきありがとうございます。それ、援護ですか? 援護ですよね? まあ援護という体で進めますが、ライム様も愛しい彼ピがこう言っているのですから今回は諦めて頂けないかと」
「彼ピ言うな。援護する気が一瞬で失せるわ」
立場上、勝手に死んだり大怪我したりできないシモンは珍しくコスモス側に付いていますが、彼も本音を言えばライムと同じように異世界の強者と戦ってみたい気持ちはあります。
ここしばらくの迷宮達の目覚ましい成長ぶりを意識すると、その気持ちはますます強くなるばかり。ちょっと前まではほぼ互角だったウル達に、今ではまるで歯が立たないくらいの差を付けられているのです。
そもそも生身の人間が神様と張り合うのがおかしいというか、最近まで張り合えていたのが異常なのかもしれませんが、ライムの強さへの渇望はそんな常識的な言葉で収まるものではありません。
いくらか常識人寄りではあるもののシモンも同様。この二人、迷宮達はおろか、己の師匠達や魔王にも将来的には本気で勝つつもりでいるのです。
「ふむ、ならば折衷案でこういうのはどうだ?」
とはいえ、いくら気持ちの強さをアピールしてもコスモスが首を縦に振ることはないでしょう。故の、シモンからの折衷案。彼の提案によって、ようやくライムとコスモスはお互いに妥協できる着地点を見つけることができました。
◆◆◆
数日後。
シモンは屋敷の庭で鍛錬を行なっていました。
「すぅ……はぁ……」
地面に腰を下ろして深呼吸を繰り返しながら、体内外の『気』の流れを意識する。いつもの『魔力』ではなく『気』であるのが今回のポイントです。
「よし、次は霊力とやらを試してみるか。どれどれ」
『気』の鍛錬が一段落すると、今度は間を置かず『霊力』の鍛錬へ。この後も『仙力』や『自然力』や『闘気』、『チャクラ』や『オーラ』、『呼吸力』なども控えています。シモンの手元の手帳には、それらのコツや修行法についてびっしり書かれていました。
いずれもこの世界の技術体系ではありません。
別の世界で扱われている未知の技術、異能、超能力。
単に『魔力』と呼び名が違うだけの実質的に同じ能力であったり、他の能力と相性が悪く他の力を阻害してしまう能力、特定の血筋や体質やリスキーな肉体改造が必須となるスキルは除いていますが、それでも思った以上に残りました。
「たしか、こんな感じだったな? よし、できた」
普通なら一つを習得するだけでも膨大な時間が必要になるものばかり。使い物になるだけでも年単位、極めるとなれば一生がかりになるのでしょうが、そこはシモンの元々のチカラで大幅に習得過程のショートカットをしています。
目に見えない、形のない曖昧なモノを理解し把握するという点において、今のシモンの右に出るものはそうはいないでしょう。実際に現地に足を運び、一流の使い手が技を使うのを見れば、それだけで大体の術理は分かります。欲を言えば実際に未知の能力による攻撃を受けてみれば更に完璧なのですが、そこはコスモスとの約束があるので泣く泣く断念。
様々な世界の色々な技の使い手を見て、場合によっては直に話して教わって、僅か数日でこれだけの成果を得ることができました。
命を懸けない。
これがシモンが出した折衷案です。
折衷というか普通は言うまでもない当たり前のことなのですが。
現地で戦うにしても事前に公平公正なルールを取り決めた上で、相手の合意が取れなければ絶対に戦わない。それを破ったら二度とコスモスの協力を得られなくなるという約束でやっています。
必然、よその世界での活動は戦闘よりも修行法の収集がメインとなり、元々のライムの目的からは外れるものとなりましたが、それでも成果はこの通り。ライムも持ち前の天才性と自由業ゆえの時間の融通を駆使して、シモンに劣らぬ勢いで未知の技術を次々と習得していました。
「魔力との併用は今は三つが限界か。実戦でとなると二つを短時間維持するのが精々だろうが……うむ、悪くない」
未知の能力と魔力との同時使用は、単純な足し算となるだけでも十分な戦力アップですが、中には予想以上の相乗効果を発揮して掛け算式の強化がなされるモノもありました。
シモンの魔力による身体強化が、仮に素の肉体スペックを一万倍くらいにする練度だとして、それが百倍強化可能な他能力との併用によって一気に百万倍や一億倍になったりするわけです。
他の能力の練度は魔力に比べてまだまだ低いですし、スタミナや精神力の消耗も扱う力の種類が増すにつれ格段に大きくなります。最終的な出力が大きくなるほど使いこなすのは難しく、繊細な力加減を要する技術を扱えなくなりかえって弱くなる可能性もある。下手をすれば、ちょっと走ろうとしたら勢い余って宇宙空間に飛び出してしまうような恐れすらありますが、それらはいずれも地道な鍛錬によって補える欠点。
シモン達ならいずれ克服して使いこなすでしょうし、出力面でのスペックも迷宮達に負けず劣らずのペースで増していくことでしょう。
◆◆◆
さて、それからまたしばし後。
修業に励んでいた面々がそれなりに仕上がってきた頃に。
「で、キミ達。いったい誰が一番強いんだい?」
迷宮達とシモンとライム。
彼ら彼女らの前で、レンリがそんなことを尋ねました。




