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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十三・五章『迷宮武者修行 ~Extra Round~』

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Round7 ~ベビー・スター~


 とある世界の大宇宙のどこか。

 果てなく続く暗黒を切り裂くかのようにして、四百を超える数の宇宙戦艦からなる艦隊が進んでいました。艦ごとの距離は僅か十キロメートルほどしか離れていない密集状態にも関わらず、その動きには微塵の迷いもありません。高度な科学力による造船技術と、それに驕らず日夜重ねている厳しい訓練の賜物でしょう。


 そんな宇宙艦隊群の中央後方、全部隊の要たる旗艦テバーサの艦橋で、このような会話が繰り広げられていました。



「艦長、予定通りあと百六十秒で亜空間超光速航行を終了して通常空間へと復帰。目標を視認可能な宙域へ入ります」


「うむ、ご苦労。諸君、何度も繰り返し伝えてきたが、目標と接触した直後から厳しい戦闘状態に移行するものと予測される。装備の最終確認を怠らぬよう努めよ。銀河帝国の興廃はこの一戦にあり!」



 これほどの大軍勢が一堂に会することなど、宇宙の三割を支配する銀河帝国の歴史上ですら初めてのこと。三百年ほど前、未踏宙域における未発見文明との大戦争に発展した時でさえ、この半分の戦力すら必要とはしませんでした。


 補給艦を除く全艦が一撃で惑星を破壊可能な主砲を備えており、全部で万単位にもなる無人戦闘機や無数の自爆ドローンで近距離の遭遇戦でも抜かりなし。いかなる宇宙人が相手だろうと負けるはずがありません。


 相手が宇宙人であったなら、姿形は違えど意思疎通が可能な「人」であったなら、たしかに負ける心配など皆無だったことでしょう。しかし今回の敵は意思疎通など一切不可能。そして、これだけの大戦力を以てすら各艦に配備された軍人達は間近に迫った死の気配を強く感じていました。



「“星喰い”テーン・ムースか……宇宙怪獣など千年も前の開拓時代に狩り尽くされたものと思っていたが、あれほどの大物が残っていたとは……」



 その恐るべき敵とは宇宙怪獣テーン・ムース。

 “星喰い”なる異名で呼ばれ、その名の通り過去にいくつもの宇宙文明を喰らい尽くしてきた凶悪極まる生命体です。


 ただでさえ単体で惑星規模の巨体を誇る上に、厄介なことに特殊な炭素(カーボン)成分で構成された皮膚が、現帝国軍の主力武装である光学(ビーム)系兵器を悉く無効化してしまうという特徴を備えています。その為、今回の目標が発見されてから急ピッチで時代遅れの実弾兵器への換装を余儀なくされてしまいました。



「千年以上前の宇宙開拓時代に発見された同種は、最終的にエネルギー炉を暴走させた戦艦が口内に飛び込むことで辛うじて倒したと聞く。できれば真似たくはないものだが……」



 旗艦テバーサの艦長の言葉からは、いざとなればそれも止む無しという重々しい覚悟が伝わってきます。用意してきた実弾兵器が通用しなければ、艦隊丸ごと怪獣の口に飛び込んで毒餌とするしかないでしょう。誰も言葉にはしませんが、この場にいる誰もがその覚悟を決めた上でここにいるのです。


 そして、とうとうその時がやってきました。



「三、二、一……通常空間へ復帰しま……え? はっ、えぇ?」


「どうした、何があった! 報告は正確にせよ……は?」



 亜空間を航行していた船が通常空間へと復帰。事前の想定通り、そこには恐るべき“星喰い”テーン・ムースが待ち構えていました。


 ただし、その状況は彼らの想定した状況から大きく外れていたのです。





 ◆◆◆





『だぅ、あー……きゃい!』


 恐るべき宇宙怪獣“星喰い”テーン・ムース。

 惑星に迫る巨体を誇るソレが、それ以上に超々巨大な赤ん坊にギュッと握り締められて、力いっぱい振り回されていました。トカゲやワニのような姿をした怪獣が胴体を拘束されて、必死にジタバタともがいています。



「こらこら、そんなのお口に入れたらいけませんよアイ様。ほら、あっちにポイいたしましょう?」


『やー!』



 怪獣はあちこちヨダレまみれでベトベトです。

 オモチャを口に入れるのと同じ感覚で散々しゃぶり倒されてしまったのでしょう。

 どんな未知の病原菌を持っていようがアイがお腹を壊すことはないでしょうが、保護者としてお散歩に連れてきたコスモスもこれには困り顔。言葉が通じる相手であれば如何様にも丸め込める彼女も、言葉の通じない赤ん坊相手だとついつい押され気味になってしまうようです。



「困りましたな、すっかりお気に入りのようです。おや?」



 宇宙服(NASAからの放出品)を着ていたせいで視界が狭まって気付くのが遅れていましたが、コスモスもここでようやく宇宙艦隊の登場に気付きました。そして彼らが自分達を注視していることも察したようです。



「至急報告せよ、偵察艇ウィロー! 偵察艇ABフリャーは逆方向から回り込め! あのデカい赤ん坊はなんだ! なんで“星喰い”が捕まっている!?」


「それには私からお答えしましょう。やあやあ、どうもお邪魔しております」


「なっ、侵入者だと!?」



 次の瞬間、コスモスの姿はもう旗艦テバーサの艦橋にありました。

 重苦しい宇宙服も脱いで普段通りの格好です。

 陣形や艦の形状などから推察し、このテバーサこそが艦隊全体の指揮を担う旗艦であろうと見抜いたようです。まあ半分は当てずっぽう。外れていたらすぐ他に行っていただけのことですが。



「大丈夫です? ちゃんと言葉通じてますか? おや、こちらに向けているソレはもしや光線銃ですか。ほう、そのコンパクトさで十分な殺傷力を確保できるとは大したものです」



 明らかな異常事態に戸惑いつつも、旗艦テバーサのクルー達も歴戦の軍人ばかり。すぐに平静を取り戻して侵入者へと光線銃を向けました。とはいえ、そんな程度でコスモスが怯むはずもなく興味深げに銃を観察し、そのままキョロキョロと艦橋にあるアレコレを見渡していきました。



「ワープ装置にバリヤーに……ふむふむ、ありがとうございます。大体分かりました(・・・・・・・・)。まあ技術を余所で公開するかどうかについては一旦置いておくとして、まずは自己紹介と参りましょうか。どうも、通りすがりのベビーシッターさんです」



 艦内に設置されている装置の操作パネルを見たり、クルー同士の会話を聞いたりして、早くも銀河帝国の言語を習得してしまったコスモスは流暢に自らの正体を語りました。今、彼らが知りたい内容ではなかったと思われますが。



「で、あちらの赤ちゃんがアイ様です。スピーカー……は宇宙空間では意味がありませんね。おや、これはホログラムの投影装置ですか。ちょっとお借りしますね」


「あ、こらっ」



 乗員が止める間もありません。迷いなく操作パネルを叩くと、テバーサ前方の空間にコスモスの姿が映し出されました。



「表示サイズを最大にして、と。さあさあ、アイ様。皆様にご挨拶をいたしましょうね?」


『あいっ』



 実体のないホログラムのコスモスは奇妙な身振り手振りでアイに合図をすると、それが正確に伝わったのかは不明ですがアイも挨拶らしき声を返してきました。アイの声だけは真空の宇宙空間でも、完全に密閉された宇宙船内でさえも支障なく聞こえるのは恐らく『夢現』の能力が作用しているためでしょう。今更ですが彼女が巨大化している理由についても同様です。



「こっちのお船には人が乗ってるので振り回したらメッですよ。オーケー?」


『あい! おぅえぃ!』


「だそうです。ひとまずアイ様が皆様に危害を加える心配はないかと。なので、皆様もアイ様への先制攻撃とかやめて下さいね。怖い保護者が山ほどカチ込んできますので」


「う、うむ、分かった……何も分からんが……」



 艦隊にとって最悪なケースは、本来の目標だった宇宙怪獣を簡単にやっつけてしまえる巨大赤ちゃんが敵意をもって自分達に襲い掛かってきた場合でしょう。

 まだほとんど何も分かりませんが、目の前の侵入者(コスモス)が赤ん坊とある程度の意思疎通が可能であること。また先に攻撃されるまでは艦隊に手出ししてくることはないということは察せられました。

 もし最初から敵意があるのなら、腕の一薙ぎで艦隊は半壊してしまうでしょう。わざわざ手間をかけて騙す必要などありません。



「おっと、ちょうど作戦行動表が開いてありますな。艦長様、皆様の目的はあの……アイ様のヨダレでベトベトのアレということでお間違いない?」


「う、うむ、如何にも」


「では、あのヨダレトカゲはどうしましょうか? 手柄を横取りされたなどとお怒りになるタイプの方はいらっしゃらない? そういった面倒がなさそうなら、このまま当方で処分いたしますが」


「や、やれるのか!?」


「ええ。アイ様が遊び飽きたら……まあ怪獣とはいえお肉には違いないでしょうし、迷宮様方の焼肉パーティー用にでも転用する感じで」


「何を言ってるのか一切分からんが、頼む!」



 艦長としてはまったくワケが分からない状況ですが、自軍に被害を出すことなく悩みの種の宇宙怪獣が消えてくれるというなら万々歳。謎は多々あるものの、まずは本来の作戦目標の達成こそが最優先です。



「では、そのように。アイ様、そろそろお家に帰る時間ですよ。そのヨダレトカゲはお土産に持って帰ってもいいそうですので。お船の皆様にちゃんとバイバイいたしましょうね?」


『あい! ばぃばぃ!』


「では、そういうことで。お邪魔しました」



 コスモスが言い終えた瞬間、艦橋からその姿が消えていました。

 艦内の如何なるセンサーにも反応はありません。



「偵察艇ウィローより報告、目標の反応ロスト!」


「同じくABフリャーからもです。当艦のレーダーにも反応ありません!」


「本当にいなくなったのか? まったく報告書にどう書いたものか……」



 コスモスと一緒に宇宙怪獣“星喰い”テーン・ムースと、それを握り締めた赤ん坊もパッと消えてそれっきり。超科学の産物であるレーダーでいくら調べても、流石に異世界まで追いきれるはずがありません。


 こうして銀河帝国史上最大の危機は、何が何やらまったく分からないまま何故か解決してしまい、銀河には再び平和が戻ってきたのでありました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] レポートには巨大な赤ん坊と変なベビーシッターが星食いを退治して持って帰った 事実を歪曲されて艦隊の無血勝利 でもよろしいかと [気になる点] ファンタジーからのSFになるかと思たら ファ…
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