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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十三・五章『迷宮武者修行 ~Extra Round~』

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Round5 ~いただきゴッド利権~


 とある世界にとある宗教組織がありました。

 それも、あまり性質の良くない類のものが。


 立ち上げた初期段階では清貧を重んじ、貧しい人や病に苦しむ人々を助けるような活動をしていたはずが、何十年何百年と歴史を重ねるうちに国家ですら迂闊に扱えない強大な権威集団となってしまった。模範となるべき幹部ほど飽食と享楽に明け暮れる。まあ大して珍しい話でもないでしょう。よくある話です。


 大抵はそのような実情が明るみに出て糾弾されるとか、敵対する国家や組織から暗殺だの焼き討ちだのされるとか、財政的に破綻して素寒貧になるとか、そんな感じのしょうもない最期を迎えることになるのでしょう。


 この組織もほぼそうなる寸前の末期段階。

 いつ何がきっかけで終わるか分からないけれど、その瞬間までは不道徳の追求に余念がない。そんな救いがたい状態だったのですけれど……それでも救いはありました。あってしまいました。


 彼らが奉じる神ではない。

 というか、最早彼らは彼らが奉じる神からすらも見捨てられていたのですが。そんなどうしようもない存在を、それでも拾う神が現れたのです。現れてしまったのです。





 ◆◆◆





『くすくすくす』


 まるで大国の王城のように広大な大聖堂。

 豪奢を尽くした建物の中をネムが一人歩いていました。


 ここは様々な国に根を張る巨大組織の中枢。法王や枢機卿といった者達が詰める場だけあって、平時は厳しい警備体制が敷かれています。

 たとえ子供であろうとも、普通ならば暗殺や窃盗を警戒して捕縛され、情け容赦のない尋問を受けることになるでしょう。



『くすくすくす。こんなに広いとお掃除が大変そうですね』



 だというのに、ネムを止める人間は誰一人としていません。

 他のバトルジャンキーの気がある姉妹達と違い、ネムが自分から誰かを攻撃したりすることはありませんが、その身体能力は決して劣るものではありません。その気になれば兵隊の千や万は容易く薙ぎ払える力はあります……が、そういった強引な手を使っているわけでもありません。


 いえ、強引と言うならばこの上なく強引ではあるのですが。



「うわぁ、からだがちいさくなった!」


「おれもこどもになってる!?」


「よろいがぶかぶかでうごけないよぉ」


『あらあら、皆さんお可愛らしい』



 警備の人間はネムに気付いて近付くや否や、三歳かそこらの幼児へと『復元』されてしまったのです。これでは侵入者への対処どころではありません。ぶかぶかの服や鎧に足を取られてロクに歩くことしかできませんし、どうにか抜け出して動けるようになった子供は揃いも揃ってはだかん坊(・・・・・)。無論、警備以外の神官や労働者も全て同様です。

 

 とはいえ、ネムには敵意も悪意もありません。

 あるのはただ純粋な善意のみ。



「しごとなんかつまんないよ。みんな、あそぼうぜ」


「うん、ぼくはね、おみせやさんやりたい」


「おままごとがいい。わたし、およめさんね」



 『復元』の影響は肉体のみならず精神にも及んでいます。

 別に大人の記憶が失われたわけではないのですが、子供となった彼らにとっては嫌々していた仕事などより好きな遊びをするほうがよほど重要。そこかしこで楽しそうに遊び始めていました。



『くすくす。ここが一番奥、法王様のいらっしゃる場所でしょうか?』



 広い建物内で迷子になっていたネムが目的地に着いたのは、侵入してから三時間ほども経ってからのことでした。本当はもっと早く来ることもできたのでしょうが、子供が触れて火傷しないように調理場で火の始末をしたり、鎧が脱げなくて困っている子を助けたりなどしていたら、すっかり遅くなってしまったのです。



「ヒィィィ、よ、寄るな化物ォォ!?」


『はて、化け物さんですか? そういった方は見当たりませんが、どちらにいらっしゃるのでしょう? あ、申し遅れました。我はネムと申しますわ』



 大きな扉を開くと、でっぷり太った法王がそれはもう可哀想なくらいに怯えていました。この部屋は聖堂の最上階にあるのですが、もしかしたら窓からネムがここまで来る際の様子を見ていたのかもしれません。



「くそっ、護衛の連中まで迎撃に向かわせたのは失敗だったか! ガキの化け物一匹殺せないとは、あの役立たず共め!」


『あらあら、人のことを役立たずなんて言ってはいけませんよ? めっ、です』



 本来は法王の護衛に就いているような精鋭がここまでの道中にいたようです。ネムに区別は付いていませんでしたが。きっと今頃は童心に還って楽しく騎士ごっこでもしていることでしょう。



『それで法王様。我、今日はお願いがあって来たのです』


「な、なんだ何が望みだ! それをやれば帰ってくれるんだな!? カネか、地位か? ワシの命以外なら何でもくれてやる!」


『くすくす。太っ腹ですのね。では、パンをお願いします』


「ぱ、パン?」


『ええ。ここの近くにお腹を減らした方々が沢山いらっしゃいましたの。すぐ近所なのですけれど、ご存知ないですか?』



 知識として存在は知っていたのでしょう。

 しかし、欲に塗れた法王にとって寄付金も払えない貧民など路傍の石も同然。わざわざ手間とカネを費やして救うつもりなど毛頭ありませんでした。



『それと後出しのようで申し訳ないのですが、病気や怪我をされている方にお薬もお願いできないでしょうか? 我が目にした方々は治しておいたのですが、残念ながら我もずっとこちらにいるわけにはいかないもので』


「食い物に薬? わざわざ貧乏人に?」



 法王が想像していたよりも遥かに軽い対価です。

 彼の一日分の食事代や酒代だけで、貧民一人が優に一年は暮らせる程度の金額になるはず。いくら人数が多くとも聖堂の予算の何割かを当てれば、この街の貧民全員を食わしていく程度はできるでしょう。


 ならば自身の身の安全を買うことはできる。

 しかし、ここへきて法王にはある疑問が浮かびました。



『ええ。厚かましいようですが、我がいない間に皆様の手助けをお願いできればと』


「だ、だがっ……そ、それは連中の望みだろう? そんなことをして何の得がある。貴様は何を得るというのだ?」



 どうやら即座に危害を加えてくる気はないらしいと判断したからでしょう。落ち着きを取り戻した法王はそんな問いをネムに投げかけました。ネムにとっては当たり前すぎて、しばし何を聞かれているのかも分からない様子でしたが。



『だって自分がしたことで誰かが喜んでくれるなら、それはただそれだけで自分にとっても嬉しいことではありませんか? そうして皆で助け合って喜び合えたら、それはすごく素敵だと思うんです』


「……っ! な、なんと!?」



 ネムの答えを聞いた法王は雷に打たれたように後退りました。

 そして彼がぶつかった勢いで文机の隅に置かれていた聖典が床に落ち、あるページを開いた状態で止まったのです。これは純然たる偶然。当のネムはまるで知らないことでしたが、彼女の先程の言葉のような内容がちょうどそこに書かれていました。


 その偶然の符号をどう解釈してしまったのやら。



「き、貴様……いえ、貴女は! 貴女様が神だったのですね!」


『ええ。そうですわね』



 ここで些細なすれ違いがありました。

 法王の質問は「貴女は自分達の宗教が奉じる神ですか?」という意味。

 対するネムは『自分が神(正確には亜神)である』というそのままの意味で。



「や、やはり! 数々のご無礼、どうかお許しをォォ!」


『いえいえ、お気になさらず。それで先程のお願いなのですが』


「おお、寛大な御心に感謝いたします! ネム様より直々に賜った神命、この身に代えても必ずや成し遂げてみせまする!」



 流石に組織運営に差し障るため、ネムの帰り際に子供化した人々も元通りに。とはいえ記憶はそのまま残っているわけで、法王の言葉を信じるには十分な証拠となる体験でしょう。


 腐敗した法王へと神が神罰を与えに来た。

 だが偉大なる神は慈悲深くも法王に許しを与える。

 この日を境に組織は大きく生まれ変わり、以降は奢侈(しゃし)を自重し弱き人々への手助けへと力を注ぐ方針へと転換したのであった……と、後世の歴史書に書かれたりするのです、が。



「ネム様バンザーイ! バンザーイ!」


「偉大なるネム様に栄光あれ!」



 結果的に既存の宗教体系を丸々乗っ取る形になってしまったわけで。

 幸か不幸か元々いた神が愛想を尽かしてこの世界を去っているため、神同士の神力利権争いにはなるかというと微妙なところ。仮にそちらの問題がなかったとしても知らぬ間に人違いならぬ神違いが発生して、この世界の誰もそれに気付いていない(最初にネムをこの世界に連れてきたコスモスは、すぐに気付いた上で面白いので黙っていることにしやがりました)という状況は果たしてどうしたものか。



『くすくすくす』



 どうもしません。

 どうしようもありません。

 ネムはただただ微笑むばかりです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こうしてまた一つの異世界の改革を進める迷宮たち [気になる点] モモとレンリとコスモスでトリオ組ませたら腹黒に磨きがかかりそう! モモも普段から腹黒く思わせられそうな、クスクス笑いなので!…
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