インターバル
もうすっかり寒くなってきた年の暮れ。
ドワーフ国を擁する巨大山脈が北方からの冷たい空気を遮るため、大陸の中央以南にはいわゆる豪雪地帯は少数。真冬でも比較的過ごしやすい国が多いのですが、それでもそろそろ雪がちらつく日も出てきました。
学都から列車で北に半日ほど進んだ先にある迷宮都市でも、今朝方に少しばかり雪が降り、建物や馬車の屋根が薄っすらと雪化粧をしています。まだまだ雪遊びをするには心許ない量ですが、この調子なら子供達が街角で雪合戦や雪だるま作りに興じる姿を見る日も遠くはないでしょう。
『むむむ……』
さて、そんな迷宮都市の街中をウルは一人歩いていました。
真っ白いコートとふわふわのマフラーという冬コーデ。まあ亜神である彼女が寒さを苦にすることはないのですが、ファッションを楽しむために季節感を取り入れているのでしょう。
『うーん、どうしたものかしら?』
ですが、そんなウルの面持ちはあまり芳しいものとは言えない様子。
きっと悩みでもあるのでしょう。なにしろ、これ見よがしに腕組みをして唸りながら歩いているのだから誰だって分かります。
わざわざ外でお悩みアピールをしながら練り歩くくらいなら、迷宮都市での居候先である魔王宅の大人に相談するのが建設的かつ効率的ではあるのでしょうが、ウルとしては彼らに相談するほどではないという程度の塩梅であるようなのです。
かといって別の相談相手を探そうにも、いつも遊んでいる街の子供達やおつかい先の店員さん達が相手では神様関連の秘密に類する話をするわけにはいきません。もし言ったとしてもウルが望むような回答は得られないでしょう。
学都側の仲間に聞くのも少しばかり気が進まない事情があります。
どこかに気兼ねなく何でも話せて、適切な助言ができそうなアイデアと知識を持っている都合の良い人物はいないものか。しかし、そんな相手などそうそういるわけが……。
「ほっほっほ、そこ行くお嬢さん。何やらお困りのようですな?」
『うわっ、雪だるまが喋ったの!?』
道端に放置されていた雪だるまが急に声をかけてきました。
かなりの大きさです。
上下二つの雪玉を合わせると二メートル近くにはなるでしょう。
今朝の降雪量では大きな雪だるまを作るのは難しいはずですが、どこかの奇特な暇人がわざわざあちこちに薄く積もる雪を集めてこの場で雪だるまを作成したのでしょうか。
『あっ。雪だるまが喋ったかと思ったら中にコスモスさんが入ってたの。ビックリして損しちゃったのよ』
「ふふふ、がっかりさせて申し訳ありません。ところで雪がみっちり詰まり過ぎてまるで身動きできなくてそろそろ寒さで意識が朦朧としてきたのですがウル様ここは一丁自慢のパワーで引っ張り出しては頂けないでしょうか」
雪だるまに入っていたことへの指摘はありません。
コスモス案件では彼女が奇怪な状態になっているのはよくあることです。いちいち律儀に反応をしていたらツッコミのしすぎで過労死しかねません。シモンに聞いたらきっと首がもげかねない勢いで首肯してくれることでしょう。
放っておいても平然と自力で生還しそうな気はしましたが、一応ウルとしては見捨てるわけにもいきません。軽めのボディブローを雪だるまに入れて砕き、中に入っていたコスモスをあっさりと引きずり出しました。
「おかげさまで助かりました。どれ、お礼がてら奢りますのでそこの喫茶店でホットココアでもシバきませんか。この店はタン塩が美味しいのですよ」
『うん、……うん? どういうコンセプトのお店なのかしら?』
ウルとしてはお礼を固辞してこのまま帰りたい気持ちが半分くらいありましたが、今回はココアに釣られてあげることにしました。というか、ここで下手に断ると後でもっと面倒なことになる気がしたのです。
「さあさあ、まずは駆け付け一杯。ほら、一気! 一気!」
『ジョッキでココアが出てくるのは初めて見たのよ。世の中にはまだまだ我の知らないお店がいっぱいあるのね。もぐもぐ……でも、タン塩とは絶望的に合わないの……』
「それはそうでしょうな。私は普通に烏龍茶などを。で、そろそろウル様のお悩み相談コーナーと参りますが、ズバリその悩みは恋のやつですか? その是非によって私のやる気が大きく上下するシステムを採用しているのですが」
『うーん、この暇潰しのネタに使われてる感。ちなみに恋のやつではないの』
「それは残念。では友達関係でケンカなどして仲が拗れたとか?」
『ううん、お姉さんと食べ物を取り合ったりとかはよくしてるけど、シリアスめの洒落にならないタイプのケンカは誰ともしてないの』
「なるほど、仲良きことは美しき哉。しかし、それも違うとなると……洒落で済むケンカ。誰かにケンカで負けたとかですかな?」
『あ、それはちょっと近いの! 別にケンカってわけじゃないんだけど、実は――――』
ウルの悩み事とは何のことはありません。
つい先日、せっかく大パワーアップを果たしたというのに、同時にとてもとても強くなってしまったルカに仲間内の注目を全部持っていかれてしまったのを未だに気にしているだけなのです。
「ほほう、ルカ様がそんな面白ユカイなことになっていたとは。ふぉっふぉっふぉ、ルカ様お見事です。もう何も教えることはない……」
『というか最初から何も教わってないの。ルカお姉さんも自分の知らないところで無断で師匠ヅラする人が生えてきたと知ったらビックリすると思うのよ?』
「それはそれで可愛らしい反応を楽しめると思うのでつまり名乗り得では、エア師匠。それで何の話でしたか? たしか、ウル様が承認欲求を満たしたいとか。チヤホヤされて良い気分になりたいとか」
『言い方!』
「ははは、良いではありませんか、承認欲求。私も好きですよ。朝晩欠かさずに食べています。それで早速その回答ですが、特に難しく考える必要はないかと」
ウルの悩みがこれでは、まあ学都の仲間には相談できません。
当のルカにウルをどうこうする意思など微塵もないのに、そんな相談をしたら変に気を遣わせて困らせてしまいます。
魔王家の面々に相談するほどの内容でないのはウル自身も分かっています。
妹迷宮達はルカに張り合おうなどと思ってすらいないようです。製造時期はほぼ同一のため半ば便宜的なものですが、ウルにも長女としてのプライドがあります。妹達が大人の対応をしている中で一人だけ駄々を捏ねるのは流石にみっともないという気持ちがありました。
そんな中、ほとんどなし崩しとはいえちょうど良い相談相手としてコスモスに話をしているわけですが、その答えは実にシンプルなものでした。
「簡単です。ウル様がルカ様より強くなればよいのです」
それができれば最初から悩んでいない、とウルが返すよりも前にコスモスが言葉の続きを口にしました。
「ただし、普通の方法では難しいでしょう。あちらの特長であるパワー以外の分野で同じくらいのインパクトを出すにしても、お話を伺った限り今のままでは少々厳しい。かといって、地道に信仰を増やしたり技術面を磨いたりして長く時間をかけるほどの話でもない?」
『それは、まあ、そうなの』
「つまり必要なのは修業です。それもただの修業ではありません。短時間で効果は絶大。もちろん神様にも効果アリ。そんな都合の良いド級の修業法が……あるのです」
『えっ、あるの!?』
「ええ、もちろん。ふふふ、今回それを特別にウル様だけにお伝えしようとですね」
駄目元で聞いてみたウルとしても、都合が良すぎて怪しく思えるような話です。しかしコスモスは奇人変人ではあっても、悪意を持って人を陥れるような真似はしないだろうという信頼はあります。それ以外の真似については何でもやりかねない不安はありますが、ウルも一応詳細を聞くくらいはしてもいいのではないかという気分になってきました。
「それでは詳しいお話に移りましょうか。おっと、その前にそちらの店員の方。ウル様にココアのおかわりをピッチャーで。それとタン塩とライスもお願いします」
『ココアキャンセル! 我も烏龍茶がいいの!』
「なんのキャンセル返し! 店員の方の裁定は……カウンター成立! この店の特殊ルールによりウル様には倍量のココアが向かいます」
『返し!? なんなの! 我は何の勝負をしているの!?』
「さあ? 現場の方々の裁量任せにしているせいか、ここを経営している私でもイマイチ店内ルールを把握しきっていないところがありまして。あ、ロースはタレと塩どちらにしますか?」
『経営者!? ズル!』
ウルは早くも自分が何の話をしていたのか分からなくなりつつありましたが……兎にも角にも、追加修業編のはじまりはじまり。
今回の番外編は十話前後の予定。
時系列的には次の十四章と同じか少し過ぎるくらい。
本編の裏側で色々やる感じです。




